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第127話 遅刻


 凪と飲みに行ったのが金曜だった。


 それから土曜日曜と、ぼんやり過ごし、気が付いたら月曜の朝で遅刻しそうになったところを慌てて、シャワーを浴びて家を飛び出す。本当は、土曜日は在宅で仕事をしようと思っていたのに、それは出来なかった。頭が、全く動かなかった。


 普通に出社しても遅刻は確定だったので、藤高と興水に、『朝のおにぎり屋・グッデイの様子をリサーチしてから出社します』と言い訳のメールを送った。


(あれは……、俺は、フられたことになるのか……?)

 しかし、良く考えて見れば、達也は、凪と付き合った覚えはない。凪もそうだろう。ただ、今後は、二人きりで会うことがなくなったと言うだけで―――関係性は、さほど変わらないような気がした。


(めんどくさいって、常に言ってただろう……俺は)

 だから、せいせいしているはずだ。望みが叶った状態と言って良い。しかし、実際は違った。二日間、何も手につかなかった。


 そして、今は遅刻をごまかすために、客先に直行しているという『ダメ会社員』の見本のようなことをやっている。どうしようもない。


(とりあえず、気持ちを切り替えよう……)


 おにぎり屋・グッデイの朝の様子は、確かに確認しておきたいことだった。

 本当ならば、朝のおにぎり屋というのは、朝食や昼食を購入する人でごった返していなければならないはずだ。


(昼時が、あんな感じだったから……あんまり期待は出来ないけど……)


 おにぎり屋・グッデイの前にたどり着くと、人は、居なかった。

 ショーケースにはずらりとおにぎりが並んでいる。


 イートインに、一人、作業服姿の若い男が居て、味噌汁を啜っていたが、それだけだ。


「おはようございます!」

 松園に声を掛けると、「あ……、瀬守さんでしたか? おはようございます」と松園が返事をする。ワンオペで疲れ切っているのが、よく解った。


「今日は、こちらでおにぎりを買っていこうと思って……とりあえず、全種類貰えますか?」

「えっ?」


「ちゃんと、代金はお支払いします。全種類を……三個ずつお願いします!」

「あっ、ありがとうございます!!」


 松園は、慌ただしく支度を始める。おにぎりをショーケースからとりだして、包装して会計をする。それだけだったが、一人でなんでもこなしている松園は、慌てふためいている。


「済みません、いつも、あんまりお客さん居なくて……」

「いえ……」


 渡されたおにぎりは、ずっしりとしていた。この店を、立て直す手伝いか―――と考えたら、余計にずっしりと重たく感じた。





 ゆうゆうと十時後出社した達也は「すみませーん、おにぎりの感想欲しいです! おにぎりの感想をくれる方は、冷蔵庫におにぎり入れておきますんで、好きなだけもってってくださーい!!」と社内に呼びかける。後でメールも入れるつもりだ。朝のグッデイの様子については、印象を纏めて興水に連絡する。


 おにぎりは、自分の分はしっかり確保したので問題ない。

 藤高と興水に、遅刻を詫びるが「ああやってアンケートをとるって言うのは、良いアイディアだね」と褒められて恐縮だった。


「あとで、こっちに領収書かレシート回しておけよ。アンケートとったら、これは必要経費だ」

 と、興水に言われて、アンケートにしなければ良かったか……とは思った達也だったが、経費にして貰えるというなら、そうしたほうが良い。実は、種類が結構多かったから、結構な金額になった。


「うん、解ったよ……」

 ふと、凪を見やる。凪は、騒ぎを聞きつけたようで、すっとたち上がって近付いてきた。


「あっ、達也さん、お疲れさまです。俺も、おにぎり貰って良いですか?」

 凪は、普通だった。今までと、様子が変わったところは、何もなかった。


(元通り……)

 ただ、二人だけで時間を過ごすことがなくなったというだけだ。


「ああ、おにぎりの感想は、ちゃんと書いてくれよ?」

「解りました。……これって、この間言ってた、ORTUS社がらみの案件のヤツです?」


「まあ、そうなるな」

「そうですか……」

 凪は、少し神妙な顔になったが、すぐに、ニコッと笑顔を作る。あからさまな作り笑いだった。


「でも、この間みたいな案件じゃなくて良かったです。ちょっと心配してたんですよ、俺」

 ははは、と凪は笑う。


「心配掛けて悪かったな。……じゃ、おにぎりは、好きなだけ持って行ってくれ」

「ありがとうございます!!」


 明るく去っていく凪は、いつもの凪とまるで変わらない。


(俺は、モヤモヤしてるのに、凪は、モヤモヤなんかしてないんだろうな……)

 そう、思うと苛立たしい気分になって、胃を押さえる。胃が、キリキリと痛む感じがした。


 凪は、完全に、達也との『未来これから』をなかったことにするつもりだ。だが、達也は、そこまで割り切ることが出来ない。


(じゃあ―――俺はどうしたいんだろう……)

 自分自身に問いかけてみたが、答えはすぐには、出なさそうだった。



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