凪に振られてからも、毎日、嫌な貼り紙は続いたし、ゴミも荒らされている。ゴミは、朝に出しても、回収までの短い時間で荒らされているというのも解って、腹立たしい。このマンションの住人たちは、大抵、収集箇所があるので夜に出す。最近、達也は朝にゴミ出しをするようになったが、それでも、達也の出したゴミだけが荒らされるので、辟易していた。
ポストに貼り付けられる付箋紙も、同じだ。念のために、いつどんな付箋が付けられたかというのを記録して、保存しているが、正直なところ、部屋の中に、そういう、怨念めいたものを残しておきたくなかった。
なぜ、こういうストーキングというか、嫌がらせのようなことをされるのか、達也には、心当たりがまるでないのが、さらに怖い。
(まさか、昔付き合っていたヤツじゃないだろうし……)
自宅まで知っているのは、二三人だったが、どの相手も、それなりに相手の家とは距離がある。朝一番で、嫌がらせをするのは、大変だろう。そして、ゴミ漁りと、付箋の暴言だけというのも、だんだん飽きてきた。
ゴミ漁りは、他の人に迷惑が掛かるから止めて欲しいが、付箋は、証拠の写真を撮影して、ゴミを回収、保存というのがルーチン化しているので、本当に無心で対応出来る。
それに加えて……、ここ数日、家電とスマートフォンのほうに深夜時間に無言電話が来るようになったのと、迷惑メールが凄い量届くようになったというのは、変化があった。が、勝手にピザを五十枚注文されるというようなことはないので、あまり、実害はない。
仕事のほうは、トラブルもない。
むしろ、好転しているといって良いだろう。
おにぎり屋・グッデイのほうは、全体的な商品の見直しと価格帯の見直しを行いたいということは、先方から言われた。その上で、知って貰う工夫の案として、タカシマフーズとのコラボや、スーパーでの催事など視野に入ることになった。コラボ相手とも、話を進めている。コラボレーションや催事は、本業以外に出向かなければならないので、実は、出ていく費用がかなり掛かるし、支度に時間を取られる。現在、松園がワンオペで進めているおにぎり屋・グッデイは、人材の確保も急務だった。
良い事も、悪いことも、毎日、それなりにはある。それは確かにそうだった。
良い事ばかりあれば良いが、現実はそうは行かないことも多いだろう。
今は、とりあえず、仕事が面白い。それで、良いような気がした。
ただ、職場で凪の姿が視界に入ると、なぜかドキッとするし、何かを話していれば、それが気になる。
(そもそも……なんで、もう二度と会わないってコトになったんだろう……)
鬱陶しく思っていたというなら、それは教えて欲しい。理由が知りたかったが、凪には、あまり近づかない方が良いような気がして、達也は、自分から、凪に近付く事は出来なかった。
淡々と仕事を進めていると、不意に、会社のメール宛に『ご予約の確認』というメールが来ていた。
(予約って、なんだ……?)
一瞬、スパムか迷惑メールかとも思ったが、念のため確認しておくと、寄せ鍋屋からの忘年会のメールだった。
たしかに、予約は入れていたが、まだ、仮押さえだった。
(まだ、チーム寄せ鍋って、有効なのかな……)
仮に忘年会を開催しても、凪は参加してくれるだろうか?
妙に緊張しつつ、達也は、チーム寄せ鍋メンバーに確認のメールを送る。初めて、幹事を経験する新人でも、こんなに緊張して確認のメールを出さないだろう。
程なく、全員から『参加』の返答が来た時には、ホッとした。
まだ、二月も先のことだが、忘年会が出来るのはありがたい。そして。
(凪が欠席するって言わなくて良かった……)
もし、凪が不参加とメールを寄越してきたら、しばらく、落ち込みそうだったからだ。
(あれ、なんで、俺落ち込むって思ってるんだろ……)
勿論、今まで、一番『親しく』やっていると思っていた後輩が、急に距離をとってきたら、嫌だろう。ただでさえ、凪とは、割と頻繁に一緒に飲みに行っていたはずだった。そして、それは皆が知っている。目に見えて急に疎遠になれば、周りの人からも不審がられるだろう――……と考えて、達也は、顔が熱くなった。急に、恥ずかしくなった。
凪に、疎まれているかも知れないというのを『他人』に知られるのが嫌だという、見栄っ張りな自分に気が付いたからだった。
(ああ……なんか、恥ず……)
自分が認識して居たよりも、ずっと、達也は、周りや他人の目が気になるタイプだということを、今更自覚させられて、顔から火が出るほど恥ずかしかった。
取り急ぎ、忘年会は本予約と言うことで連絡してから、達也は、気を落ち着かせるために、一度、休憩することにしたのだった。