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第130話 方向性


 おにぎり屋・グッデイとの二回目の打ち合わせは、レンタル会議室で行われることになった。


 都心ではよく見かけていたレンタル会議室やレンタルコワーキングスペースというのは、最近では地方都市でも見かけるようになっていた。


 毎回、ORTUS社で会議をするのもおかしいというので、レンタル会議室ということになった。営業終了後の店舗でも構わなかったが、松園が店舗では打ち合わせをしたがらなかったというのもある。


 レンタル会議室は、空調も効いていて、フリードリンクもあり、ホワイトボード、インターネットも使うことが出来る上、綺麗な会議室なので、気分良く打ち合わせに挑むことが出来る。


 それぞれ、テーブルに着いて、準備を終える頃合いで、松園が口を開いた。


「店の方向性が、迷走していると……この間、興水さんからアドバイスを貰いまして……それで、考えたんです。それで、僕は、元々、経理畑に居たんですけど……会社中のお金を管理していると解るんです。会社の方向性と違う方向を向いている人がいるなっていう部署は」


「方向性……」

 達也は呟く。会社のとしての『方向性』というのは、今まで、あまり意識したことはなかった。


「そうなんです。この、方向性っていうのが、理念だと思います。ブラック会社だと、毎朝、経営理念を唱和させるっていうのが在るんですけど、あれって、会社の理念を身体に浸透させるって言う意味があるんです。毎日アレをやってれば、潜在意識に刷り込まれるので」


 潜在意識に刷り込まれ、無意識に会社の思うように動くようになる―――というのを考えた時、達也はぞっとした。かるい洗脳のようではないか。


「……それで、理念の話です。この間、榊原さんが言ってた、アレです」



『朝ご飯とか昼ご飯を、ちゃんと食べて欲しくて作った仕事なんだよ。

 一日、良く過ごせますようにという意味を込めて、【Good day】なんだ。

 毎日、うちのおにぎりを食べて、毎日、グッデイになってくの。そういうお店が理想だったんだよね。』



 熱く語る榊原を思い出す。


「毎日に寄りそいたい……ってことですよね」


「はい。だから、今の、『映えそうな高級ライン』って、ちょっと違うと思いました。今、ちょっとすると、千円を超えちゃうんですよね、ランチセットとか。それだったら、ちゃんと、席に座ってその辺のファストフードを食べたほうがよくなっちゃいます。だから……、ラインナップを絞って、あと、高級ラインではなく『デイリー使い』を目指したいと思いました。

 あと、誰に売りたいかと言ったら……本当は、男性とか女性とかに絞ったほうが良いと思うんですけど……、僕は、そこは絞りたくないんです」


「えっ、どっちかに絞ったほうが、プロモーションはやりやすくなりますけど……?」


 興水が戸惑った声を出した。広告の世界では、『ペルソナ』を作る。商品を購入するならこんな人という仮想の人物を作るのだ。このペルソナをどれだけリアルに作れるかで、広告の精度が上がると言っても過言ではない。時間を掛けて『この商品を買う、たった一人』の仮想ターゲットを作る。


 それくらい広告業界では重視されているものなので、最近では、大手広告会社が、AIで『ペルソナを作成するサービス』を提供しているくらいだ。


 なので、広告のセオリーから外れることを言い出した松園に、戸惑ったのだった。


「……ターゲットを絞ったから、この間は高級路線で失敗したと思います。……なので、イメージの刷新をする為にも、一度『リニューアル』オープンする必要があると思います。強いて言うなら。家族とか、そういう単位がターゲットかも知れません。働くお父さんお母さん、勉強する子供達……こういうところが、ターゲットです」


「また……難しいですね……世代も、性別も……全部バラバラで……」


 興水が難色を示す。達也も、同じ気持ちだった。経理畑出身というので、あまり、こういう広告や商品開発のセオリーというところとは、意識が違うのだろう。


(だとしたら、どうして、榊原さんは、松園さんに任せたんだろう……)

 それだけは、少し謎だった。ORTUS社には、松園以外にも、沢山の人材がいるはずだった……。


「ただ、コレって、なんだろうなと思ったら、ちょっと、解ったことがあったんですよ」

 ふふっと松園が笑った。なんとなく、可愛らしいというか、ドキっとするような微笑みだった。


「解ったこと……ですか?」

「そう。解ったことです……一人飯の為に購入されるお客さんが多いかとは思うんですけど、『大事な人と大切な時間を分かち合う』っていうのが大事で、一人飯の人も、それが自分であれば良いなって思ったんですよ」


「大事な人と大切な時間を分かち合う……」

 その言葉が、達也の胸に、じんわりと広がっていく。


 自分を大切にする。誰かを大切にする。毎日を大切に過ごす――――そんなことは、忙しくて、世知辛い毎日の中では、失われるものだ。

 それを、大切にしたいという、コンセプト。


 唐突に、腹に落ちてきた感じがあった。


「……じゃあ……、多分、めちゃくちゃ高級路線じゃなくて、身体に良いもの。優しいものとかを増やしましょうよ。で、子供からお年寄りまで、安心して食べられるもの! こんな感じじゃないんですか!?」

 達也は、たち上がって提案する。


「であれば……この間、お話ししたタカシマフーズさんとかは、良い素材とかを扱ってると思います」

「それ……です。そんな感じです!!」


 松園もたち上がって、達也の手を取った。


「良かった……。僕、ちゃんと、こういうの、言語化できないタイプだったんで……。ちゃんと、形にしてくれて嬉しいです。……僕は……あんまり、こういう実務系は向いていないのですが、やっと、やって行けそうな気がしました」


 これからも、よろしくお願いします、と頭を下げられて、達也は胸が熱くなる。


「こちららこそ……」

 ぎゅっと手を握り返したら、同じくらい、強い力で、手を握りかえされた。



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