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第131話 誰とおにぎりを食べたいか


 朝起きて、身支度をととののえて会社へ行く。仕事をする。仕事をし終えて帰る。帰宅したら、食事をとったり家のことをしたり、動画を観たり、すこし勉強をしたりして過ごす。そしてシャワーを浴びて寝る。


 それが、達也の毎日だったし、大方の人間が、似たり寄ったりの生活をしているだろう。


 そういう中で、『大事な人と大切な時間を分かち合う』というコンセプトは、光のように眩しくて、胸に甘い。


(じゃあ……俺は、誰とグッデイのおにぎりを食べたいかな……)


 自分の性嗜好のせいで、実家とは疎遠だ。多分、正月にメールをするくらいだ。そして、実家に戻る気はない。今の法制度では、パートナーを作ることも難しいだろうし、そもそも、オープンにしていないので、誰か特定の男性と一緒に生活するというのは、あまり考えられないことだった。


 神崎の件があってから……その気持ちは、より強くなっている。


 一生、一人で過ごすのかも知れないな……とはうっすらと覚悟しているが、改めて自覚すると、恐ろしさもある。それは、底の見えないブラックホールのようなものだ。一生、誰とも分かち合うモノがなく、ただ、一人で過ごす―――それは、恐ろしい。


 グッデイのおにぎりの新しいラインナップ案を見ながら、達也はため息を吐く。

 身体に優しそうなラインナップ。


『じゃこと小松菜の混ぜご飯おにぎり』『チーズとコーン、いり卵の混ぜご飯おにぎり』『明太だしまき玉子のおにぎり』『鮭と高菜と昆布のおにぎり』……。

 どれも美味しそうだった。


(例えば……俺が、コレ食べるとすると……)

 一人で会社のデスクで食べる。これはいつもの事だ。ボリューム感のあるおにぎりが良い。たまにはもっと、身体に優しそうなものを食べる……。


 それは、容易に想像出来た。


(他の人なら、ピクニックとか、お出かけかなあ……)


 そういえば、家族で出掛けた経験というのが、達也は乏しい。両親は忙しい人だった。

 ピクニック。例えば会社の人たちとピクニックをするなら……こういうおにぎりを、沢山の種類並べておいて、自由に食べて貰うのが良いだろう。美味しくて種類が沢山在れば会話も弾む。それは、楽しそうだった。


「達也さん、何やってんですか? にやにやしながら書類見て」

 池田が、不審そうな顔を向けてくるので、達也は恥ずかしくなりつつ「おにぎり屋・グッデイの企画だよ。シチュエーションを考えてたんだ」と口早にいう。


「シチュエーション……っすか」

「そうそう……。どういうシチュエーションで、おにぎりを食べるかなって思ってて……」


「そういうの、社内で聞いてみたら、イロイロ集まるんじゃないですか?」

 池田の提案に「たしかに」と達也は納得したので、とりあえず、簡単なアンケートフォームでも作るかと思っていたら、「ちょっと今、時間いいっスか?」と池田に声を掛けられた。


「えっ? 良いけど……」

「じゃ、ちょっと……外出ましょう。コーヒー飲みたいんですよ」




 池田に連れられて、近くのコーヒースタンドへ行く。


 シーズン商品がよく出ているようだった。もうそろそろ、ハロウィンが近付いているので、パンプキンを使ったラテなどに心を引かれたが、無難なカフェラテを選ぶ。


 二人で公園へ行き、並んでベンチに座って、テイクアウトしてきたカフェラテを飲み始めると、池田が口を開いた。


「この間、凪を付けていったら……あいつ、遠田となんかトラブってそうなんですよ。遠田の会社から、スカウトもされてるみたいだし……」

 ドキっとした。確かに、凪のカバンの中に、推薦状が入っていた。


「凪は何か言ってた?」

「特には……。ただ、うちを辞めるつもりはなさそうでしたけど」


 そのことには、少しホッとした。


「最近、凪と達也さん、ちょっと変じゃないですか。だから……心配してるんですよ。俺」

「うん……俺も凪が心配なんだ」


「ですよねー。ただ、あいつ、多分なんか、頑固なんだと思うんですよ」

 頑固、というのはなんとなく解った。


「あと、多分、思い込みも激しい」

「あ、解ります。じゃなかったら、うちを選ばないッスよね」


「そうだな」

 マッチングで出会っただけの男と、一緒に居たいという理由で、将来を振ったのだ。思い込みが激しくなければ、出来ないだろう。


「凪、は、運命の出会いだって言ってましたけどね」

 運命、という言葉が、達也には、少し重い。


「とにかく、なんか、遠田は変だったし、凪も達也さんも変だから……、俺で出来ることがあったら、言ってください」

 池田の言葉は、心強かった。





 席に戻って、冷めたカフェラテを飲みながら、達也は凪の様子を見やる。

 淡々と、仕事をこなしている。会社としても上司としても、それでいい。問題ない。


(でも、多分、俺が嫌だ)


 凪が、信じた運命というのを、なぜ手放せるのだろうかと、不意に思う。

 思い込みの激しい凪が、別方向に何かを思い込んだとしか思えない。


『おにぎりを食べたいシチュエーション』のアンケートフォームを作りながら、達也は、ふと、こういう一文を書き添えておいた。



『おにぎり屋・グッデイさんでは、毎日の生活に寄り添い、『大事な人と大切な時間を分かち合う』おにぎりを作りたいと考えています。

 皆さんが『大事な人と大切な時間を分かち合う』シチュエーションを募集します』



(俺は、そんなの居ないけど……)

 凪ならばどう回答するだろうか。『運命』とまで信じた達也と、一緒におにぎりを食べたいと言うだろうか。


(……おにぎり……か)

 一緒に、朝ごはんを買いに行って、ふたりでおにぎりを選んで、店で食べたり、近所を散歩して、その途中に食べたり。


 一緒に、軽い昼食としてどこかへ出掛けて食べたり。

 仕事がしんどいときに、夜食として、おにぎりを食べる―――。


 凪とそうして過ごすのを想像したら、すとん、と達也は納得した。


(あっそうか……俺、凪が好きなのか……)

 凪が好きだから、ずっと気になっていて、今、凪の心が離れているのが、寂しくて、辛いのだ。


 そんなことを、やっと、自覚した。




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