号泣している凪に困惑していた達也は、通りすがりの人たちが『あの人後輩を泣かしてる』という冷たい視線で見ていることに気が付いて、冷や汗が出た。
「ちょ……ちょっと、凪……?」
「俺、勝手にそんなものを達也さんのスマホに仕込んでたんですよ……っ」
「まあ、それは前に聞いた。……で、ちょっと落ち着いて」
「やっぱり、俺、ダメなんですよ……。遠田に言われたんです。……神崎さんと一緒じゃないかって、執着して……達也さんに迷惑を掛けるんじゃないかって。やっぱり、そうなんですよ……っ」
わんわんと泣いている凪の、泣いている理由は分かった。
神崎を見て、神崎のようになったら怖いと思ったのだろう。そういう独占欲や、行動力があるという自覚があるのだ。
「じゃあさ、もしかして、お前が、もう会わないって言ったのって……」
「そうですよ……だって、俺、神崎さんみたいに……っ」
ごめんなさいと繰り返して泣きじゃくっている凪を見て、思わず笑ってしまった。
人目があるかも知れないなとは思いつつ、凪を抱きしめて、ぽんぽんと背中を叩いてやる。
「え……っ?」
凪は、戸惑っている。
人間、びっくりすると泣き止むとは聞いたことがあるが、その通りだった。
「……あのさ、凪」
「はい……」
「俺ね……いろいろ考えたら、おにぎりを一緒に食べたいなと思うのは、お前だったんだよね」
「はあ……?」
凪は、意味が解らないらしい。『大事な人と大切な時間を分かち合う』というおにぎり屋・グッデイの言葉については、凪にもメールを入れて居るはずだったが……、あまりにも遠回り過ぎた。もしくは、混乱しすぎて、言われている意味がわからないのかも知れない。
「俺ね。……職場で恋愛とか、メンドクサイって思ってたけど……。お前が、好き、みたいなんだ」
「えっ……!? な、なんて言ったんですか……達也さ……? えっ?」
あからさまに動揺している凪の耳元に、もう一度達也は、しっかりと囁く。
「凪が好きだよ。だから、俺が誰かと、グッデイのおにぎりを食べるなら、凪なんだ。何をやるのも、凪が一緒だったら嬉しい」
達也が凪の顔を見ると、凪のまなじりから、
「う……そ……」
「嘘じゃないよ。気付くのが遅れてごめん」
ぎゅっ、と凪の身体を抱きしめると、「嘘だとか言ったら、本当に恨みます」と言いつつ、凪も、達也の身体に腕を回してきた。
「嘘で、こんなこと言わないでしょ」
「うん……」
しばらく―――凪が落ち着くまで、凪を抱きしめて、その後、離れた。遠くから、様子を見ている人たちがチラホラ散見出来たのは、痛かったが、仕方がない。
(凪が居なくなるよりマシ)
そう思うことにした。
「それで……、これ、このアプリって……もしかして、アンインストールしなかったのかなと思って」
「いえ……アプリはアンインストールしました」
「アンインストールしたあと、再インストールされる仕組みになってたか……」
ぽつりと達也が呟く。技術的に可能なのか、達也には解らないが、それしか考えられなかった。
「技術的には……やってやれないことはありません。こっちの端末に、情報を残しておいて、不定期に再配信すれば、多分、バレないと思います。アンインストールも、完全に全てを消去出来る訳じゃないんです」
「なるほどね……」
「それで、さっきの、画面を良く見て解りました。これ……遠田が、俺と達也さんの位置情報を監視してますね。これで、収集出来るんです。このアプリに登録されてるのは俺と、達也さんと遠田なので、この三人がどこに居たか、全部解ります」
「何のために……」
「例えば……、俺と、達也さんが一緒に居たとかいないとか。達也さんが、今家に居るとか……そう言うの、全部解ります」
確かにそれはそうだ……。だが、それに何の意味があるのか、よく解らない。
「たとえば、俺が今、遠田がどこに居るか知りたかったら、解るってこと?」
「じゃあ、試しに、遠田のログを取得してみますね」
凪が、操作をする。この黒い画面からコマンドを入力して良く形で、ログを取得出来るらしい。程なくして、表示されたデータをちらっと見たとき、少し気になるデータがあったが、一度それは無視して、今の居場所を割り出す。今、遠田は出社しているようだった。
「とりあえず、凪の話を聞いていたら、どうも、遠田が、ウラで色々とやっているのが悪いような気がしてきた。少なくとも、色々そそのかしてきたのは、遠田だろう?」
「そそのかす……って」
「神崎さんみたいになるってヤツだよ……ったく、どこまで行ったって、凪は凪だろ」
凪は、少し、虚をつかれたような顔になってから、小さく「はい。俺は俺です。達也さんが好きなままです」と呟く。
「だから、まあ、一言、あいつには、キッパリ言ってやらないと気が済まないな」
達也はたち上がる。
「どこへ?」
「ソラリスコーポレーション」
「えっ……!?」
戸惑う凪の手を引っ張って、達也は行く。遠田に、一言、言ってやらなければ気が済まなかったからだ。