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第134話 ソラリスコーポレーション


 ソラリスコーポレーションに行く前に、一度、会社に戻って、藤高には断ってそのまま、凪と二人で早退させて貰った。凪が泣きはらした顔をしているので、尋常ではない状態だと、判断したのだろう。


 それについては申し訳なかった。


「凪、ソラリスコーポレーションの推薦状はもってるか?」

 移動しながら、達也は聞く。


「えっ? なんで、達也さんがそれを知ってるんですか?」

「この間、飲みに行ったときに、見ちゃったんだよ、カバンが倒れて……」

 悪かったとは一応謝った。凪は「そうだったんですね」と小さく呟く。


「達也さん、本当に、そばに居て……良いんですよね?」

「うん。むしろ、ソラリスコーポレーションに転職したら、怒るからな」


「転職なんかしませんけど……なんで、これを……?」

「アポとるの面倒だから。それがあったら、あちらさんの会社に入って、遠田を呼び出すくらい訳はないだろ」


 さらりと言った達也に、あっけにとられたらしく、凪が笑う。


「それは考えませんでした……断るのに、そんな呼び出し方があるなんて!」

「まあ……普通は……この展開で断られるとは思わないよな」


 普段ならばこんなに無茶はしないだろう。だが、今は、遠田がこれ以上、何もしないようにしなければならない。


「俺ね」と凪が小さく呟いた。「その紹介状……、人魚姫の短刀みたいだと思ったんですよ」

「えっ?」


「『そのナイフで王子様を殺しなさい』……それで、人魚姫は声と元の姿を取り戻して、全部忘れて海に帰るはずだったんです。でも、出来なかったんですよ。本気で愛した王子様が、別な人と結ばれて幸せになるなら、それで良かったんですよ。自分が消えても」


 紹介状を使って―――佐倉企画にいた凪を消して、そしてソラリスコーポレーションに勤務する。何もかも忘れて……。


 たしかに、それを考えれば、人魚姫の短刀というのも、納得出来るたとえ話だった。


「でもまあ、真実の愛のほうが勝った、と」

「そうなります」


 二人は、顔を見合わせて笑う。どちらともなく、手を繋ぎあう。そこから、ぬくもりが広がっていく。慣れた体温だった。どんな体温よりも、安心出来た。


「……凪が居なかったら、多分、ずっと、神崎さんのことを引き摺ってたと思うよ。恋愛しようとも思わなかったと思う。だから……ありがとう」

 手を繋いだまま、ソラリスコーポレーションの受付に行き、紹介状を渡して、遠田を呼び出す。


 ソラリスコーポレーションの、現代的で綺麗な建屋は、一階のエントランスの所に、応接ブースが幾つもあった。そこの三番応接室で待つように言われて、念のため、達也はICレコーダーをONにして、遠田を待つ。そして、先ほど、凪が取得してくれたログを確認して、達也は、ぞっとしたことがあった。


 達也のログと、遠田のログで、時間帯こそかち合わないが、ある場所の位置情報が、ピタリとかち合うからだった。

 十分ほどして、遠田が現れたとき、同席している達也を見て、顔が歪んだ。


「はぁっ? 何で、あんたがいるんですか? 凪に何を言ったんですか?」

 開口一番でこの応対というのも、かなり湧き上がってるなとは思いつつ、達也は、「お時間を取って頂いてありがとうございます」と一礼をする。


「だーかーらー!!! なんであんたがいるんだって言ってるの! なんで言われたことにも答えらんないの!?」

「弊社の水野を引き抜きたいということで、本人の意志を無視して話を進めていらっしゃると言うことを伺いましたので、抗議に参りました」


「はぁっ? 何言ってンの!? 凪は……」

 遠田の言葉を遮って「俺は、ソラリスコーポレーションに入社したいとは、一言も言ってないよ」と凪が、キッパリと言い切った。


「……この男に何を言わされてるのか解らないけど……、凪は、ずっと昔から、ここに入るのが夢だったと言ってたし、その為に大学だって頑張ってたんじゃないか。それは僕が一番良く知ってるよ。……ねぇ、凪」

 聞く耳を持たない。このやりとりにぞっとしながら、達也は続ける。


「……水野に、何か、言いましたか?」

「えっ? 別に、そんなのお前に関係ないだろう?」


「水野の件については、以後、こういった引き抜きはお止めください」

「何でだよ、どうせ、凪だって、そんなに大した仕事はしてないだろ?」


「水野は、弊社のエースですよ。チームを引っ張っていく大切な人材です。少なくとも、社外の人間と、そういう話し方をするような方に、水野を預けることは出来ません……それと」

 達也は、アプリの画面を見せた。


「……このアプリ。なぜ、アンインストールした後に、また再インストールされているんですか? そして、遠田さん、あなたは、度々、私の位置情報を取得して居ますね?」

 そう―――。遠田が、凪の位置情報を得ているならば理解出来る。だが、遠田のして居たことは、達也の位置情報の取得だった。


「っ……」

「えっ? なんで、遠田が?」

 これは、凪も、意外だったらしい。


「……そいつの、家に行ってたんだよ」

 なるほど、と達也は納得出来た。スマートフォンを操作して、写真を見せる。付箋紙がびっしりと貼り付けられた、集合ポストだ。


「えっ、なにこれ……」

「位置情報のログ……俺がいない時間帯に、お前がここにいる。……つまり、お前が……、俺の家で、嫌がらせをやっていたということだよな?」


 遠田の顔色が変わった。達也を指さして、遠田は口をぱくぱくとさせている。

「な、なに……何を言って……。名誉毀損……っ」


「出るとこ出ても構わないよ? 管理人さんにも、監視カメラの動画をくれっていえば、貰えると思うから」


「……ストーカーかと思ってたけど違うんだな。お前、まだ、凪に未練があるんだもんな」

 達也は、笑った。「凪に未練があるのに、やってることは、凪の彼氏にちょっかいを出して、地味な嫌がらせだもんな」


 笑える、と言った瞬間、達也の身体が壁に叩き付けられた。遠田に殴られたのだった……。


「達也さん……っ!!」




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