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おっさん勇者 7

 イタヤが大きな声を出したので、ユモトは思わずビクリとしてしまう。


「彼らも冒険者です。命を賭ける覚悟はしていたでしょう」


 アシノが言うとイタヤは首を振る。


「だからって……」


「イタヤ、私達は魔人と戦わなくちゃいけない。その回復薬があれば、命が1つ2つ増えるようなもんだろ?」


 ウリハにも言われ、イタヤは悩む。確かに魔人との戦いにこの薬は必須だろう。


「それでも、それでも!!」


 皆がイタヤを見る。


「俺の分を使わせて下さい」


「そういった問題ではありませんよ、イタヤさんの分が無くなれば結局は回復薬を分け合わなければなりません」


 アシノはフーっと息を吐いて空を見上げた。


「ムツヤを助け、魔人と戦い、国を助ける。そんな使命を持った勇者としては、賛成できません。ですが……」


 フッと笑ってアシノは言う。


「個人的には、その選択。物凄く好きですよ」


「アシノさん……」


「ユモト、アレやるぞ!!」


 名前を呼ばれ、ユモトは笑顔で返事をした。


「はいっ!!」



 アシノ達は重傷を負った冒険者の前へ向かった。。


「お願い、死なないで!!」


「馬鹿野郎!! お前…… こんな所で!!」


 冒険者の仲間が泣きながら声を掛けている。サワが必死に出血を止めているが、もう限界だろう。


「アシノ様!?」


 アシノに気付いた冒険者の仲間達はすがるような思いで言った。


「アシノ様!! どうか、どうか助けて下さい!!」


「少し、失礼します」


 ユモトは杖を持ち、光を出した。左手に薬を隠し持って。


 光の魔法を強め、視界を奪うと同時に回復薬を振りかける。それは冒険者の体に染み込んで、みるみる内に傷は癒えていく。


「お、おいもぽんぽん!!!!」


 重傷だった冒険者は奇声を上げて飛び起きた。


 冒険者の仲間達は一瞬ポカーンとしていたが、飛び起きた仲間を見て震えだす。


「よかった、よかったよおぉぉぉ」


 泣き崩れる者、黙って泣く者が居た。他にも3名の重傷者が居たが、同じ様に治してやる。


 皆、アシノとユモトに感謝を述べていた。


「イタヤ様、アシノ様、本当にありがとうございました!! でも、俺、情けないです。こんな怪我を……」


「気にすんなって、冒険者に怪我は付き物だ。今回はアシノさん達が居て運が良かったけどな!」


 ハッハッハとイタヤは笑って肩を叩く。


「この魔法は莫大な魔力を使います。軽症者の方は、他の方の回復魔法で治療を受けて下さい」


 そう言い残してアシノ達は宿屋へと戻り、部屋の一室でユモトが音の妨害魔法を張った。


 モモは早く本題に入りたくてウズウズしている。


「さて、ムツヤの件だが……」


「ムツヤ殿は、ムツヤ殿は無事なのでしょうか!?」


「あぁ、無事だと思うぞ」


 思わず言ってしまったモモに対し、あっけらかんとアシノは返す。


 面食らってしまい固まったモモにアシノは説明を入れてやる。


「仮にだ、殺すのが目的だとしたら、あの場でやっているはずだ。それをわざわざかっ攫うとしたら何か考えがあるんだろう」


 それを聞いて確かにとモモは少し安堵したが、それをまた不安にさせたのはルーだ。


「ムツヤっち攫われて、解剖実験とかされてないかしら?」


「か、解剖実験!?」


「いや、可能性は無くはないが、アイツのことだから上手い事、抵抗するだろ」


 アシノの発言にまたモモは安堵する。


「そ、そうですよね!!」


「何にせよ、早くムツヤくんを助けなくちゃいけないな」


「あぁ、そうだな」


 イタヤとウリハもそう言ってくれて心強かった。


「だけど、いま現状で1つ問題があるのよねー」


 ルーが言うと皆がそちらを見る。


「ヨーリィちゃんの魔力の補充なんだけど」


 そう言うとムツヤパーティの皆が「そうだった」と思い出した。


「確かに…… そうだったな」


 ちゃんとそういう所は考えていたんだなと感心をするが、これは現状一番の問題だ。


「ヨーリィ、魔力は後どれぐらい持つ?」


「節約をすれば3日持ちます」


「3日か……」


 アシノは頭を悩ませた、3日でムツヤを捜索せねば、ヨーリィが危ない。


「あの、私の魔力ではダメですか?」


 サワがそう言って身を乗り出す。


「お願いしても良いですか?」


 背に腹は変えられない。アシノが言ってヨーリィを見ると、トコトコとサワの元へ歩いていった。


 サワは手を握り、ヨーリィに魔力を送ってみる。そして無限に魔力が吸い取られる感覚に驚いた。


 その間、アシノ達はまた話を始める。最初に口を開いたのはモモだった。


「ムツヤ殿に、何か手がかりがあれば良いのですが」


「そんなもん、例の赤い玉でムツヤに連絡を取ればいいだろ」


 アシノが言うと、そうだったとモモは思い出した。


 予備の赤い玉を取り出して壁にぶつけるが、割れずにコロコロと転がるだけだ。


「何らかの妨害でも受けているのか?」


 アシノが言うと、うーんと考えてルーが発言する。


「そうだ! ムツヤっちは魔剣を持っているでしょ? 探知盤でどうにかならないかしら?」


 キエーウとの戦いで活躍した探知盤だったが、すっかり忘れてしまっていた。


「ギルスに連絡をして、探知盤を見てもらうか」


 アシノは赤い玉を壁に投げつける。すると、研究に没頭しているギルスが映し出された。


「はいはい、お久しぶり。何かあったのかい?」


「実はな……」


 アシノは今起きたことをギルスに話し始める。


「そうか、せめてムツヤくんが飛び去った瞬間に探知盤を見られれば、方角も分かったんだがな……」


 ギルスの言葉にうっかりしていたとアシノは反省した。


「そうだな、すぐにでも連絡をするべきだった。私のミスだ」


「終わったことは仕方がないよ、勇者アシノ。それよりこれからの事を考えないとな。そこでいい話が1つある」


「何よ、もったいぶらないで言いなさいよギルス!!」


 ルーが騒ぐと「うっせぇわ!」と言った後ギルスは話し始める。


「まだ試験段階なんだが、探知盤の距離が従来の10倍近く先を見られる様になったんだ」


「じゅ、10倍ですか!?」


 ユモトが驚く、モモもそれを聞いてかすかな希望を覚えた。


「あぁ、探知盤の核の石に雷属性のゴイスー超振動を秒間1万パルス以上与えると、ツカント反応が起きて、ガヤジクニ状態になる。それを……」


 サワとルー以外はギルスが何を話しているのか分からないでいる。それに気付いたギルスがあーっと言った後に話す。


「多分、サワさんに伝えればそっちの探知盤でも出来ると思うから、頼みましたよ」


「はい、分かりました!」


「やー!! 私だって出来るもん!!」


 ルーが悔しそうにしているが、知らんふりをしてギルスは話の続きをした。サワはヨーリィの手を握りながら聞き続ける。


「どうやら私達が聞いても意味は無さそうだな、その探知盤が出来るまでの間はゆっくりと休むか」


「えぇ、そうっすね。サワには悪いが任せて俺達は休みますか」


 そういう事で、いったん各自休憩を取ることにした。





 部屋でウトウトとしていたら、イタヤは夢を見ていた。昔の、自分がまだ村で自警団をやっていた時の事だ。





 イタヤとウリハの出身の村は、かなり強い魔物が現れる地域だった。


 裏庭が裏ダンジョンだったムツヤ程ではないが、そんな環境で過ごす2人は、その辺の冒険者の数倍強い。


「おし、今日もこんなもんで終わりか!」


 イタヤがふぅっと一息ついて言う。


 その日、2人はカマキリのような魔物と戦っていた。産卵の時期に入っていたので、数を減らしておいたのだ。


「そうだね、帰るか」


 剣を鞘に収めて年の離れた幼馴染のウリハが言う。「おうよ」と返事をしてイタヤも帰り支度をした。


 帰り道、ふと思い出したウリハが話し始める。


「冒険者の推薦の件、受けないのか?」


 イタヤはうーんと言った後に、言葉を口にした。


「いや、良いんだ。俺もいい年だし、冒険者始めますって年齢じゃない。それに俺はこの村が好きだからな」


「そうか」


 イタヤは実力を認められて、中級の冒険者としての推薦を受けている。そりゃ若い頃は冒険者に憧れたが、今更って感じもしていた。


「サワは王都の学校に行ったんだろ? アンタだって夢を追っても良いんじゃないか?」


「俺が出ていったらお前が泣いちゃうだろ?」


「清々するな」


「釣れねぇなー」


 お互い慣れた感じに軽口を叩く。そんな時、イタヤがふと、嫌な予感を感じた。


「何か気配を感じる」


「あぁ」


 イタヤが言うとウリハは探知スキルを使った。気配は村の方からだ。


「村の方だ、急ぐぞ!!」


「何だと!?」


 2人は走り出した。村には自警団も、国からの兵士も交代で見張りが居る。杞憂であってほしい。


「っ!!!」


 加速の魔法を使い、全力疾走し、息を切らしながら村が見下ろせる場所まで来て、一瞬目の前の景色を認めたくなかった。


 どこから現れたのか、魔物の群れが村へ向かっている。


「このっ!!!」


 イタヤが走り出して村へ向かおうとするが、その手をウリハが握って引っ張った。


「何すんだウリハ!!!」


「馬鹿!! あんな軍勢、私達だけで相手に出来るか!! 助けを呼ぶんだよ!!」


 イタヤはウリハの手を振りほどこうとしたが、更に強く握られてしまう。


「それならお前だけ行ってくれ!! 俺は戦う!!」


「無茶だ!!」


「自警団が逃げたら!! 誰が村を守るんだ!!」


「いい加減にしろ!!!」


 ウリハはイタヤの顔を一発平手打ちする。


「あんな数の魔物、どう考えても異常事態だ。私達が行っても死ぬだけだ!! 今は助けを呼ぶしか無いんだ!!!」


 その後にウリハが付け加えた。


「助けが来たら戦う、逃げるわけじゃない!!」


 じんじんとする頬が頭を冷やしてくれる。確かに、あんな魔物の群れと戦ったら、自分は無駄死にするだけだろう。


 近くの街に連絡石の信号が送れる距離まで加速の魔法を使っても10分、それから援軍が来るとして30分、ダメだ。村が消えてしまう。


 そう分かっていても、イタヤは村に背を向けて走り始めた。悔しさで歯が折れるのではないかと思うぐらい歯を食いしばる。


 連絡石の信号が届く場所まで来ると、急いで指先で信号を送った。


 そして、くるりと来た道を引き返す。


 街には軍隊も治安維持部隊も居る。早く来てくれと願うしか無い。


「いいか、分かっているとは思うが、戦うのは軍隊が着いてからだ」


「あぁ……」


 上の空にウリハの言葉に返事をするイタヤ。


 だが、また村を見下ろして目を疑った。


「村が……」


 そこには、先程までうじゃうじゃ居た魔物が1匹も居なかった。しかし、それは喜ばしいことではなかったのだ。


 村中の建物は倒壊し、粉みじんになり、消えていた。


 全て、消えていた。




 イタヤは膝から崩れ落ちた。体も心も脱力し、目の前の残酷な現実を、非現実のように認めないことしか出来なかった。


「村が……」


 小さく呟く。


「ウリハ……」


「村が……」


 不思議と涙は出なかった。現実感が無かったからだろう。それはウリハも同じだった。瞳孔が開いた目で目の前を見つめて、口をパクパクさせる事しか出来なかった。

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