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外伝【地獄の旅は道連れに】

地獄の旅は道連れに 1

 「お前の魂で災厄の魔人を殺すことできるんだ。光栄に思えよ?」


 トレイは目の前の勇者が何を言っているのか分からなかった。いや、分かりたくなかった。


 腹に突き刺さった剣からは光が漏れる。今まで経験したことのない痛みが襲った。


 薄れゆく意識の中で何かを考えようとしたが、何も考えられない。


 何もかもが分からない中でトレイは死んだ。






「おい」


 トレイは何か声が聞こえて目を覚ます。


「おい、お前」


 酷い眠気だった。眠気と言うより気を失うような、意識を持っていかれる感覚をトレイは味わっている。


 ここで意識が途切れれば、二度と目を覚ます事が出来ない気がして、無理に意識を保つが、目の前は真っ暗だ。


「返事をしろ…… と言っても、実体がなければ無理か」


 何を言っているんだ、ここはどこだ、アンタは誰だとトレイは言葉を出したいが、声が出ない。


「私の生命を分ける。感謝するんだな」


 えらく上から目線で、おそらくは少女が言った。その瞬間、一気に視界が開ける。


「おはよう、10年間眠った気持ちはどうだい?」


 10年間とは何か。いや、それよりもここはどこだ。そして、目の前で話す美しい少女は何者か。


「私は魔人ドソクの娘。率直に言おう。私と勇者を」


 そこまで言って彼女は息を吸い直す。


「殺さないか?」


 勇者を殺す。魔人の娘。


 トレイは突然の連続で思考が追いついていなかった。地面にへたり込んだまま、片手で頭を抑える。


「返事が遅い、そんなんだから勇者に殺されたんだよ」


 勇者に殺された……。


 トレイは思い出したくない記憶が鮮明に蘇ってくるのを感じる。



「お前の魂で災厄の魔人を殺すことできるんだ。光栄に思えよ?」



 思い出してしまった、勇者の言葉を、自分が人生最後に聞いた言葉を。


 目眩と吐き気がした。信じていた勇者に自分はあっけなく殺されたのだ。自身の茶色い短髪を思わず両手で握りしめる。


「思い出したか?」


 その声の主を今一度じっくりと見る。褐色の肌に凛とした佇まい。長い黒髪の美しい少女はニヤリと笑っていた。


「アンタは魔人ドソクを倒すための生贄にされたんだ」


「いけ…… にえ……?」


 少女は「そうだ」と言って話を続ける。


「アンタの魂は、そこに転がっている魔剣『ムゲンジゴク』に封じ込められた。それで魔人ドソクを殺すための武器が完成したってところかな」


「どういうことだ?」


 はぁーっと少女はため息をついて呆れた。


「ここまで言っても分からないのか、アンタの魂は魔人を倒すために、勇者によって利用されたんだよ」


 トレイも馬鹿ではない。半分聞いた辺りで何となく話の筋は掴めていた。だが、どうしても事実を認めたくなかったのだ。


「アンタも私も、残された時間はそう長くない。勇者に復讐をするのか、しないのか? 早く決めてくれ」


「俺は……」


「復讐は…… しない」


 そうトレイが言うと、当然だが、少女は失望の眼差しを向ける。


「あんた、悔しくないのか?」


「お前、魔人の娘だと言ったな?」


 トレイは話を遮って言った。


「魔人はこの世を、人間を沢山殺した。その魔人を倒すためには……」


 数秒間を置いてゆっくりと話し続ける。


「仕方が無かったんだろう……」


 そうトレイは少女に、何より自分自身に言い聞かせた。


「そうかい」


 少女はトレイのもとまで歩み、しゃがんで慈愛に満ちた顔をする。


 その顔に見とれていると、少女は。


 思い切りトレイの頬をぶっ叩いた。



 吹き飛んだトレイに少女は吐き捨てるように言った。


「仕方が無いで、奪われていい命なんかあってたまるか!!」


 そして、地面に伸びているトレイの胸ぐらを掴む。


「戦え、男だろ!!」


「戦えったって何の為に戦えって言うんだ!!」


 トレイが言い返すと少女は叫ぶ。


「お前の尊厳のためだ!! 人として、奪われた尊厳の為に戦え!!」


 そう言われてトレイは目を丸くした後に、フフッと軽く笑う。


「魔人の娘が、人としての尊厳を語るなんておかしな話だな……」


「この世なんてそれ以上に狂ってるよ」


「違いない」


 少女はトレイに手を差し伸べた。それを掴んで立ち上がる。


「私はサーラ、アンタの名は?」


「トレイって呼んでくれ」


 少女は屈託のない笑顔で話し始めた。


「もう一度言う、私と勇者を殺さないか?」


「そうだな……。と言いたい所だが、ちょっと待ってくれ」


「なんだ、まだ何かあるのか?」


 サーラは今にも出発をしたくてウズウズしているので、トレイの言葉にむず痒さを覚えた。


「俺は、勇者に……。勇者オガネに俺を殺した理由を聞きたい。それで気に食わなかったら」


 トレイは息を吸い直してハッキリと。


「殺す」


 そう言った。それを見てサーラは笑顔になる。


「それなら心配なさそうだな、今の世の中を見ればすぐに分かるさ」


「どういう事だ?」


「それよりさっさと外に出るぞ、魔剣を忘れるなよ、アンタの魂はまだその中にあるんだ」


 傍らに転がっている剣をトレイは握り、鞘に収めた。


 さっさと歩いていってしまうサーラの後を小走りでトレイは追いかける。


「おい、ここはどこなんだ?」


「私の名前は『おい』じゃない。サーラだ」


「アンタだって俺の名を呼ばないじゃないか」


 トレイが言い返すと、はいはいとサーラは返事をする。


「ここは元魔人の根城だよ。勇者はここで魔剣『ムゲンジゴク』を使って魔人を殺した。いや、封印したって言う方が正しいかな」


 父親のことなのにサーラは淡々と話す。その後しばらく会話もなく歩くと出口で人形の魔物が待っていた。


「試し斬りにちょうど良いんじゃないか?」


 サーラは魔物に向かって顎をしゃくる。


「仲間じゃないのか?」


 そうトレイが聞くとサーラは首を横に振った。


「命も知性も無いからね。石ころと変わらないさ」


 それならばとトレイは魔剣とやらに力を込めてみる。


 次の瞬間、剣身が熱せられて陽炎が揺らめく。

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