「それじゃ、戦場の下見でもしようじゃないか」
「戦場って、この村の事を言っているのか? もう少し言葉を選んだらどうだ?」
エルフ達の前でそんな事を言うサーラをトレイは嗜めた。
「それでは、孫娘のナヨを案内に付けましょう」
トレイとサーラ、エルフのナヨといった3人で村の下見をする。
村は殆どの家が空き家になっていた。トレイがそれを尋ねる。
「ナヨさん、空き家が多いみたいだけど」
「えぇ、多くの仲間達は森の中へと逃げていきました。森で静かに暮らそうと……」
「それならば、わざわざ国の兵隊が来るのを待っている必要なんて無いんじゃないのか?」
トレイの言葉を聞いてナヨはフフッと寂しげに笑った。
「私達は囮なんです。いくらエルフが森に慣れているとはいえ、国から逃れる深い森の中へ逃げるまでは時間が掛かります」
「そうですか……」
「胸糞悪い話だろ?」
「そうだな」
同じ人間という種族だというのに、トレイは人間に対して敵意を覚える。
改めて村を観る。防壁や柵といった気が利いたものはなく、ガランとして守りには適していなさそうだ。
勇者達に蹂躙される未来しか見えない。
そんな時だった、1人のエルフが慌ててこちらに走ってきた。
「先遣隊だ!! 国の軍がやってきている!!」
「来たか、行くぞ!!」
サーラは弾けたように駆け出し、トレイも遅れてその後を追いかけた。
村の入り口には30人ほどの小隊が居る。
「国の決定で貴様らは奴隷になることに決まった。抵抗すれば勇者様に皆殺しにされるぞ!!」
「どうか、どうかお許しを」
村長が言うのを鼻で笑って隊長が言った。
「逃げた者がいれば見せしめにお前を殺してみるか、その上で追いかけてとっ捕まえる。全く無駄なあがきを……」
「そこまでだ!!」
サーラは飛びかかって聖剣ロネーゼを抜いて魔力を込める。
短剣のようなそれが、白い光が補って、立派な一振りの剣へと形を変えた。
その刃は隊長の首元を捉えていた。そして体と首を切り離す。
「聖剣のくせに中々いい剣じゃないか」
考え無しにサーラは切り込んだわけではなかった。隊長が一瞬で絶命して部隊には動揺が広がる。
「おい、アンタも手を貸せ」
「だから俺の名前はトレイだって言ってんだろうが!!」
トレイは魔剣ムゲンジゴクへ魔力を込めた。剣身が熱くなっていく。
統率の取れていない部隊との乱戦が始まった。まず敵だと認識されているサーラに何人かが斬りかかった。
それを飛び退いて剣で受け止めて、サーラは聖剣を真横に振り、空を斬る。
その瞬間、光の刃が飛んでいき、兵士を切り裂いた。
「伝承通りだな、便利な剣だ」
トレイは魔剣を下に構えて突っ込むと、1人の兵士を斬り上げる。
剣も鎧もドロリと溶かして、真っ二つになる。断面からは業火が吹き出た。
サーラは舞うように次々と兵士を斬り捨てる。何名か逃げ出す者も居た。
その横でトレイが重い剣で確実に一人ひとりを斬る。
そこら中に死体が転がる頃、抵抗する者は居なくなった。
「いやー、アンタもやるじゃないか」
サーラは顔に付いた返り血を拭って笑顔で言う。
「アンタこそ、いや、魔人の娘だから強くて当然か」
トレイも剣を鞘に収めて、そう言葉を返す。
「サーラ様、トレイ様、ありがとうございます……」
物陰で隠れていたナヨがお礼を言いに来た。村長も同じく礼をする。
少し落ち着いた頃、トレイは村に残ったエルフ達と穴を掘っていた。
「なーんでコイツ等の墓なんて作るんだい? そんな義理無いだろう? その辺にでも投げ捨てておきゃ良いのに」
サーラは座って木にもたれ掛かり、呆れた様子でそれを見ている。
「そういう訳にもいかないだろう。コイツ等も国に利用されただけだ」
トレイは額に汗して穴を掘った。
「利用? 違うね、コイツ等も生きて国を支えて、兵として志願して、エルフの村を襲いに来た。国のお偉いさんと何ら変わりないさ」
「そうだとしても、若い者も居た」
「若けりゃ何しても許されるってのかい?」
「そういう訳ではないが……」
トレイは反論の言葉が出てこなくて、それを払拭するようにひたすら手を動かす。
「お前さんの言い分が正しいなら、勇者を支えた俺も……。非がある」
「お前じゃない、サーラだ。そりゃ魔物から見たら勇者は敵だし、現状こうなってしまったのなら、亜人から見て国と勇者は敵だ」
「そうだな……。どこで間違って、こうなっちまったんだろうな……」
「間違いなんて無いさ、正解もない。生き物は産まれた時から何かを殺して生きるしか出来ないのさ」
トレイはサーラの話を黙って聞いている。
「その殺す相手が、虫か豚か、魚か人間か、魔物か亜人か、それだけの違いだよ」
「随分と知ったような口を利くもんだな」
「知ったようなじゃない、知ってるんだよ」
トレイに対してサーラはハッハッハと笑って言い返した。
「お前、本当は何歳なんだ?」
「女に歳を聞くなんて、そんなんだから死んでも泣いてくれる女の1人も居なかったんだよ」
「それは関係ないだろ!?」
痛い所を突かれてトレイは慌てる。昔から女心はイマイチよく分からない性格だった。
トレイは死体を埋め終わると手を合わせて祈る。エルフ達は手を合わせることはしなかったが、ナヨが歌を歌ってくれた。
公用語でなく、エルフの古い言葉なので何を言っているのか分からなかったが、美しい歌声だ。
「エルフは死後、魂が空を大地を巡り巡ってまた生まれ変わると信じています。それを歌った死者への祈りの歌です」
「そっか、ナヨさん。ありがとうな」
憎い相手だろうにと、申し訳ない気持ちをトレイは抱く。
「終わったかい? それじゃこの村へやって来る勇者様にステキなおもてなしをする準備をするよ」
「はいはい、って言ったってどうするんだ?」
「休む」
「は?」
「ひたすら休むんだよ」
そう言ってサーラは適当な空き家に入っていってしまった。頼りになるんだか、ならないんだかとトレイはため息をつく。
「聖剣ロネーゼか、やっぱり魔物には厳しいね」
「魔人の娘の命、それをくれてやるからもう少しだけ使われてくれよ」
「勇者を地獄の旅の道づれにするためにね……」
次の日、村長と残ったエルフも村を発った。
「本当に感謝します。そして、申し訳ない」
「そんな感情を抱く必要なんか無いさ、利害の一致だよ」
サーラは笑って皆を見送る。
「私の予想だと、勇者は今夜襲撃に来るだろうね。しっかし怒った勇者が来るまで暇だねぇ」
トレイとサーラは空き家の中に入って椅子に座る。トレイはソワソワとしていたが、サーラは余裕たっぷりといった感じだ。
「どうした? 美女と村に2人きりで落ち着かないのか?」
「馬鹿言え、勇者がどう攻め込んでくるか考えてんだよ」
「考えたって仕方がないことは考えない方がいいよ、頭の疲れは体にも出る」
「そうは言ってもな……」
トレイは立ち上がって外へ歩き出した。
「ちょっと散歩してくる」
村をぐるりと一周してみる。長閑な村で故郷を思い出す。
まぁ、その長閑さが嫌で冒険者になり、勇者の仲間になったんだが。
勇者と会ったら何を話せばいいだろう。自分を殺めたことを問い詰めるか。
それとも、聞く耳も持たずに戦いになるだろうか。
その後はサーラと他愛もない会話をして、いつの間にか昼寝もして、夜までの時間を潰していた。