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下剋上

下剋上 1

 レイード地方の山奥、ここでは生活の役に立つ魔石が取れる鉱脈があった。


 鉱脈の周辺は魔物が現れ、山自体も危険なので、魔石は欲しくても、鉱夫になりたがる人間は少ない。


 ナツヤという男はここで鉱夫をしている。


 ナツヤの先祖は奴隷制度があった時代、奴隷であった。


 平等宣言がされた今でも、後ろ盾が無い元奴隷の一族は、差別されることが多い。


 この鉱脈のタコ部屋にはナツヤの様な事情を持つもの。犯罪者や訳ありの亜人といった者たちが送り込まれている。


 現場は酷いものだった。違法を通り越した閉鎖的なそこは、労働者を奴隷のように扱い、怒声にムチまで使う。


 逃げ出そうとする者は見せしめに死ぬ寸前まで痛めつけられた。中にはそのまま命を落とす者も居る。


 今日も汗臭い部屋でナツヤは考える。何のために自分は産まれたのだろうかと。


 先祖を憎む、何故奴隷になどなったのだろうかと、何故奴隷の身分で子供を作ったのだろうかと、子孫も苦しむことを考えなかったのだろうかと。


 この鉱脈を持つ貴族を憎む世界を憎む、殺してやりたい。あぁ、全てが憎い。


 どんなに現実が酷くても、酷い疲れから睡魔はやって来る。今日も何も変わらず眠る。あぁ、明日なんて来なければ良いのに。




「お前ら、新入りだ」


 翌日の朝、現場監督がそう言って皆の前に立たせた人間がいる。


「よろしくお願いします。フユミトと言います」


 フユミトと言った男、いや、男のはずだが、彼は女のような整った顔立ちをして、髪も長い。


 外の世界であれば、その容姿は持てはやされるのだろうが、ここでは不幸なことだ。


 こんな女に飢えた男達の所に、そんな顔の奴が来たらどうなるだろうか、考えただけでかわいそうだ。


 だが、自分には関係が無いとナツヤは思い、今日の仕事について考えていた。


「お前が新人を教えろ」


 監督は目に付いたナツヤにフユミトの事を任せた。最悪だと思った。自分は男に興味が無い。ただ面倒事を押し付けられただけだ。


「わかりました!」


 心でそうは思ったが、殴られたくない。威勢よく返事をしてその場をしのいだ。


「よろしくお願いします。先輩」


 朝礼が終わった後、やって来たフユミトはナツヤにそう声を掛けた。


「別に先輩なんて良いよ、年も同じぐらいだし。俺はナツヤ、よろしく。えーっと、フユミトだっけ」


「そう、ありがとう。よろしくナツヤ」


 第一印象は良いものだった。だが、この重労働にコイツが耐えられるのかとナツヤは思っている。


「それじゃ、道具持って鉱脈に行こう」


 ナツヤは鉱脈の中でツルハシを振るった。今日も鉱石をノルマに達するまで掘らないと殴られる。


 フユミトがあの細い体で発掘作業が出来るのか不安だったが、意外にも疲れを見せずにやり遂げていた。


「なぁ、何であんたは……、フユミトはここに?」


 ふと気になった事をナツヤは聞いてみた。


「親が悪い連中に騙されてね、僕がここに来ることになったんだ」


「ふーん」


 コイツも親のせいで苦労しているんだと思うと少しだけ親近感が湧く。あと、自分のこと僕って言う奴に久しぶりに会った気がする。


「親はどうしてるんだ?」


「僕にもわからない。今何をしているのかはね」


「そっか」


 あまりお喋りをしすぎると、監督に見つかった時がうるさい。後は黙々と発掘をしていた。


 昼には一応昼食が出る。旨味なんてものは取り除いた塩のスープに、硬いパンといった素晴らしいランチだ。


 そして、日が暮れるまで魔石の発掘をする。その後は水をかぶって泥を落とす。まぁ、その水も汚れているのだが。


 部屋に戻り、また最低な夕食を口にすると、1人の大男がフユミトの元へやって来た。


「なぁ、新入り。ちょっとこっち来いよ」


 あぁ、可哀想にとナツヤは思った。助けなくちゃとも思ったが、あの喧嘩慣れしている大男に勝てるわけがない。


「お断りします、先輩」


「生意気だな、ちょっと分からせてやるか」


 そう言って男はフユミトの腕を掴む。その瞬間、大男が吹き飛ばされ、床に仰向けに倒れていた。


「皆さん、お騒がせしました」


 フユミトは一礼する。皆、何が起こったのかとその光景を眺めていた。


「お、おい、何だ今の」


「フユミト!? 今のは……」


 ナツヤが尋ねるとフユミトは片目を閉じ、人差し指を口に当て小声で言う。


「護身魔法をちょっと使ったんだ」


「すげえなお前……」


 大男は気絶していたが、死んではいないみたいだ。


 消灯時間になり、明かりが消えると、真っ暗な熱気と汗臭い匂いが充満した部屋になる。


 早く寝て夢の世界へ逃げ込もうと思っていたナツヤの背中を誰かがつついた。


 振り返るとフユミトだった。そして言う。


「何か外で面白いことが起きているみたいなんだ。見に行かない?」

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