直感的にアシノは感じ取っていた。あの半透明の女に触れるのはまずいと。
「お前等、あの女には絶対に触れるな!! 死ぬかもしれん」
「あら、勘が良いですね」
ルクコエは微笑んで言う。その言葉にアシノ達はゾッとした。
ムツヤはルクコエから杖を奪おうとするも、そのスピードに半透明の女はピッタリと付いてくる。
「この世は残酷です。生きていれば老いがあり、病気があり、苦痛があります。それらを体験した後には残酷な死が待っています」
そう言ってルクコエは続けた。
「それならば、すぐに死んでしまった方が苦しみが少なくて済む。そう思いませんか?」
「全く思わないな!!」
ムツヤから少しでも注意を背けるためにアシノは反論する。
「こんな世の中を、あの方なら変えてくださる。そう、ミシロ様なら」
ミシロという聞き覚えのある名前をアシノは思い出した。魔人ラメルと共に居たあの少女だ。
「ミシロか……、お前の口ぶりからすると魔人にでもなったか?」
「ミシロ様は最強の魔人です。この世を破壊し尽くして下さります」
ルクコエはうっとりとした表情で言う。
「くそっ!!」
ムツヤはルクコエに向かって魔法の炎を打ち込むが、黎明の呼び手のメンバーによって分厚い防御壁を作られてしまう。アレも裏の道具だろうか。
「ムツヤ殿に加勢をしなくては!!」
飛び出そうとするモモをアシノは静止する。
「まて!! 今向かえば死ぬだけだ!! アイツを信じろ!!」
「私は死なないと思いますが」
ヨーリィが喋るも、それにもアシノは待ったをかけた。
「万が一がある。やめておけ」
ムツヤは追手の半透明の女から逃げつつ、防御壁に剣を振るって攻撃をし続けている。
「よし、精霊の召喚が終わったわ!!」
ルーは長めの詠唱をして強力な精霊を召喚し終えた。それらを向かわせ防御壁に体当たりをさせる。
「だいぶ向こうもジリ貧みたいね」
壁が弱くなっていることを確信し、ムツヤと共に一気に叩いた。
すると、壁が割れ、ルクコエへ攻撃が通るようになる。ムツヤは加速して洞窟内に入り、黎明の呼び手のメンバーを倒し、一気に剣でルクコエの杖を真っ二つにした。
「そんな!!」
半透明の女は消え、ルクコエはがっくりと膝から崩れ落ちる。
アシノ達も後ろから出てきて洞窟へと入った。
「これでお終いだな」
後はムツヤが記憶を消し飛ばして、治安維持部隊に引き渡すだけだが。その時、後ろから声がした。
「お前、お前はっ!!」
そこにはか細い少女の姿は見る影もなくなったミシロが立っていた。
「お前は、ラメル様の仇!!!」
恐ろしい形相をしてミシロが一直線にムツヤに向かって来た。
水の魔剣『ジャビガワ』と炎の魔剣『ムゲンジゴク』がぶつかり合い、ジュワッと湯気が出る。
ミシロは瞳の奥に殺意を込めてムツヤの顔を間近で見た。
剣同士が弾かれ合うと、ミシロは地面に魔剣を突き立てて水の刃を飛ばす。
ムツヤはそれを避けて反撃に左手から業火を射出した。
背中の羽を前に出し、魔力を込めミシロは攻撃を防いだ。だが、ムツヤは飛ぶようにこちらに向かい、剣を振るった。
「っつ!!」
左の羽をバッサリと切り落とされ、ミシロは小さく声を上げる。
「ミシロ様!!」
ルクコエはそう叫んでミシロの元へと駆け寄る。ムツヤは一瞬ためらい、その出来た隙にルクコエはミシロを抱きしめた。
「私の全てを受け取って下さい」
そう言うと、ガクリと絶命する。フフッとミシロは笑ってルクコエの死体をムツヤに向かって蹴り飛ばし、目眩ましに使った。
羽はすぐに再生し、ミシロは洞窟の外へと飛び立つ。追いかけてムツヤも洞窟から出た。
「まずい! お前等隠れろ!!」
アシノは皆に言う。今から始まるのは、想像も出来ない異次元の戦いだ。自分達が居ても邪魔になるだけだろう。
「ムツヤ殿……」
モモは心配そうにムツヤを見る。皆も気持ちは同じだった。
ムツヤはラメルと戦う時に取り出した相手が消滅する玉を取り出し、空中に数個投げた。
ミシロは軽々とそれらを避け、地面に着地し、思い切り剣を突き立てた。
ムツヤの四方八方から水の刃が現れ、切り裂こうとする。
ギリギリの所で避け、高く飛び上がるとミシロはニヤリと笑う。
「死ねっ」
螺旋状に伸びる水がムツヤに襲いかかった。とっさに防御壁を張るが。なんと破壊されてしまい、ムツヤの右肩を貫通した。
落下しながらムツヤは回復薬を飲み、地面に着く頃には傷が癒えていた。
「やっぱり、そのカバンは厄介だね」
剣の切っ先をムツヤに向けてミシロは言った。だが、同時に焦りも生まれた。あのカバンがムツヤにある限り、自分に勝ち目は無いかもしれないと。
「ミシロ様!! お引き下さい!!」
黎明の呼び手のメンバーが洞窟から現れて武器を構えていた。
「逃げられるわけないでしょ!!」
「ミシロ様!! この男のカバンは必ず我々が取り上げます!! この男を倒せるのは貴方様だけです、その時までどうか!!」
血が出るほど唇を噛み締めてミシロは沈黙のまま飛び立つ。
「待て!! 逃がすか!」
ムツヤは後を追うが、ミシロの速さに付いていけない。それに、黎明の呼び手のメンバーに囲まれている。
黎明の呼び手のメンバーに囲まれたムツヤだったが、裏の道具持ちは居なかったので軽く蹴散らしていた。
隠れていたアシノ達も現れて加勢する。ものの数分で、立ち上がっている者はムツヤ達以外に存在しなくなった。
「ユモト、探知盤でミシロが飛んでいった方角を見ろ」
「はい!」
探知盤を取り出してユモトは方角を確認した。
「東に向かっています」
「そうか。ムツヤ、記憶を消す前にこいつ等を尋問するぞ」
ユモトとムツヤの拘束魔法で自由を奪った者達にアシノは問いかける。
「お前等、まずミシロはどこへ行った?」
返事は無い。沈黙の中、アシノはムツヤに言った。
「ムツヤ、ナイフを貸せ。コイツ等の指を一本ずつ落とす」
「……、わがりまじだ」
ムツヤはカバンからナイフを取り出してアシノに渡す。
「さぁ、答えろ!!」
ナイフを首に突き付けてアシノが言った。
「誰が答えるものか、やるのならやれ。それに俺達もミシロ様の居場所は知らぬ」
口を割らない男の手にアシノはナイフを突き立てた。
「ぐっ、ぐがあああ」
「アシノ!? まさか本当にやるなんて……」
ユモトは思わず目を背けた。雪が鮮血に染まっていく。
「くそっ、本当に知らないんだ!!」
アシノは黙ってもう片方の手も同じ様に刺した。
「あがあああああ」
一向に口を割ろうとしない男を見て、真実を知っているのか、知らないのか、これ以上は無駄だとアシノは判断する。
男に回復薬を掛けると、奇声を上げて傷が治る。
「ムツヤ、裏の道具に関する記憶を消しておけ」
「わがりまじだ……」
ムツヤが記憶を消し終わると、黎明の呼び手のメンバーを連れて治安維持部隊の拠点まで連れて行き引き渡した。
それと同時に、ミシロが魔人になった事を報告する。
宿に戻り、部屋の中へ入る。暖かいそこで皆は緊張がほぐれた。
「あー、暖かい。生き返るわー」
ルーは暖炉の前で体を暖めていた。アシノが皆に話し始める。
「まずはお疲れ。皆、今回もよく頑張った」