――――ワアアアアァァァァァ――――
俺の勝利に遅れて気がついた観客たちは審判のコール後、大歓声をあげた。もっとも祭舞台の西半周は帝国兵が取り囲んで応援していたこともあり、シンバード側は真逆に驚くほど静まり返っている。まるで東西で別の世界に分かれているようだ。
場外へ押し出されたレックは悔しさのあまり何度も何度もレイピアを地面に叩きつけていた。とはいえあいつは厳格な家で育った男だ。興奮を抑えたあとは、しっかりと互いを称え合う握手を求めてきた。
「悔しいがお前の勝ちだガラルド。約束通り陣地の一部をお前らに渡そう」
言葉を発するレックの顔は怒っているのか悲しんでいるのかも分からない複雑な表情をしている。ヘカトンケイルの街中で俺に助けられた時には悔しさで只々泣いていただけなのだが。
屈辱をバネに努力を重ねて、それでも負けてしまった今回は質の違う敗北感を味わっている事だろう。
レックは相変わらず口の悪い奴ではあるが、それでも頑張ってきた点に関しては認めなければならない。俺は俺なりに精一杯敬意を払って言葉を返した。
「ほんの少しの差だった、本当に肝を冷やした。次戦えば俺が負けるかもしれないが、それでもまたお前と戦ってみたいよ。その時が来るかは分からないが、お互い研鑽を積んでおこうぜ」
「…………ああ、そうだな」
レックは同意の言葉を返してくれたものの覇気の感じられない声色だった。少し心配ではあるもののレック自身が頑張って乗り越えるしかない。とぼとぼと歩くレックの後ろ姿が見えなくなるまで俺は見送った。
その後、レックの部下が誓約書を持ってきて、本格的に一部陣地の吸収が始まった。両陣営の旗が動くのを眺めているとストレングが俺に話しかけてきた。
「ほんの少しの差ねぇ……随分と優しいじゃないか、ガラルドは」
「一応本当の事だ、茶化さないでくれよ」
「そうだな、確かに
「レックのプライドを傷つけたくなかったし、帝国兵達の隊長に対する敬意も損なわせたくなかったのもある。それと個人的な感覚なんだが緋色の魔力は何だか自分の力じゃないというか、借り物の力の様に思えてな。一緒のパーティーにいた頃の俺の力で決着をつけたかったという気持ちもある」
「フッ、ガラルドらしいというか何というか。色々考えているのじゃな」
俺の言葉を聞いたストレングはいつもの豪快な笑い方とは違い薄っすらと笑みを浮かべている。何か含みのあるような笑みにも思えたが尋ねる程のことでもないような気がしたから深掘りはしなかった。
模擬試合の片づけが終わった後、俺達は夕飯を兼ねてささやかな祝勝会をすることにした。本来ならまだ修行をしている時間だがストレングの機嫌がいいのかゆっくりさせてもらえることとなった。
それどころか明日からは修行の時間を半分にし、もう半分を復興作業の方に移らせてくれるらしい。嬉しい事だらけだ。明日は嵐でもくるのだろうか?
※
模擬試合を終えた翌日、午前の修行を終わらせた俺は復興計画表を見つめながら各作業班に指示を出す仕事していた。やっと代表らしい仕事ができる……涙が出そうだ。
各エリアを巡回していると、東西の境界線付近のベンチで黄昏ているレックの姿を発見した。俺は境界線を越えないようギリギリのところでレックに声をかけた。
「おーいレック、投票戦が近いのに随分とのんびりとしているじゃないか。余裕のあらわれか?」
「…………。」
大嫌いな俺が声を掛けたというのにレックは反応せず抜け殻の様に沈黙している。レックの態度に困惑していると近くにいたリリスが俺の上着の裾を引っ張って離れた位置に俺を呼び寄せた。
「何だよリリス、こんな場所に呼び出して」
「レックさんの事ですが、そっとしておいてあげた方がいいと思いますよ。ガラルドさんに負けた事に加えて、投票戦も分が悪くなってきたので落ち込んでいるのですよ」
「俺は復興組に合流したのが今日だから復興状況が細部まで分かっていないんだが、そんなにシンバード側がリードしているのか?」
「戦力・魔獣討伐の実績は帝国側が10とすれば私達は8ぐらいで向こうの方が上ですが、街の整地・農耕・その他もろもろは全て私達が上回っています。こちらは技術者も多いですし、模擬試合で奪った陣地の影響も地味に大きいですから」
どうやら俺が地獄の修行をしている間にシンバード組はかなり復興を頑張ってくれていたようだ。色々な国の色々な人間が混ざったシンバード組を上手く纏めてくれていたサーシャには本当に頭が上がらない。
俺達が勝てる可能性が高いのは喜ばしい限りだが、叶う事なら最後までお互いに切磋琢磨し合った上で勝ちたかった。代表である俺がそんな甘い事を言っていては駄目なのだが。
レックには気の毒だが投票戦は不正でもしない限り俺達の勝ちは揺るがないだろう。小さくなったレックの背中から視線を外し、俺達はそれぞれ自分の仕事へ戻ることにした。
※
それからも俺は修行と復興の日々を送っていると、俺の居る元町長宅の玄関扉に大きく荒々しいノック音が鳴り響いた。扉の向こうからは「帝国第4部隊の者です、開けてください、お願いします!」と悲痛な叫びが聞こえてきた。
俺が慌てて扉を開けると、そこには顔面蒼白となった帝国兵が立っていた。息を整えた帝国兵は俺達に事情を話しはじめる。
「レック様が……西にある
帝国兵の言葉を聞いたストレングは目を点にし、憤りながら聞き返す。
「何故あんな危険な洞窟へ入ったんだ! レック殿は単身で入ったのか?」
「いいえ、数人の部下を借りていくと今朝、手紙を残しておりました……。恐らく投票戦までに少しでも大きな実績を残せるようランクの高い魔獣を討伐しにいったのだと思います」
抜け殻の様になっていたレックの様子からも挽回の為に無茶をしたのだろうと納得がいく。ストレングは眉間に深い皺を刻みながらぼやく。
「レックと数人の一般兵で何とかなる様な場所じゃないぞ……参ったな」
ストレングの困惑っぷりからも相当危険な場所のようだ。どれぐらい危険なのかをストレングに尋ねてみよう。
「
「……10年以上昔になるが、スターランクが70を超えるハンター15人が洞窟に潜ったことがあったのだが約半分が帰らぬ人となったな。帰ってこられた者もあまりの恐怖に震えてハンターを引退したらしい」
「恐ろし過ぎるな。
「その通りだ。洞窟自体は縦横に広い1本道の洞窟で迷う事は無いだろうが
話を聞くだけで嫌になってくる魔獣だ。しかし、レックの部下は目に涙を浮かべながら助けを求めている。帝国兵といえど、あくまで第4部隊だから超強敵と戦う力を持つ者がいないのだろう。
恥をしのんで顔色を悪くしながら俺達に助けを求めてきたことを考えると勝手な行動をしたレックもそれなりに慕われているのかもしれない。俺は帝国兵に対して改めて確認をする。
「仮に俺達がレックを助けようと動いたら帝国からシンバードへの救助要請に応えた事になる。つまり、それなりに礼を貰ったり立場的にも影響が出るかもしれないが、それでも構わないか?」
「はい! レック様の命が最優先です。私のクビどころでは済まない話かもしれませんが、覚悟は出来ております」
やはり部下は覚悟が出来ているようで即座に誓約書を取り出した。誓約書を見る限りこの部下がレックの次に偉い第4部隊のナンバー2にあたる男のようだ。
俺は誓約書に一通り目を通し、問題ない事を確認した後、リリス達仲間の確認を取ろうと周りを見渡す。すると彼女たちはとっくに準備を始めていた。驚いている俺を見たリリスが微笑む。
「ガラルドさんが助けに行く事ぐらい私達はとっくに分かっていますよ。それがたとえデメリットしかない戦いだとしてもです。さぁ、のんびりしている時間はありませんよ、急ぎましょう、皆さん!」
リリスの掛け声と共に腕利きのハンター達が一斉に飛び出した。俺の考えが読まれているのは気恥ずかしさ半分、嬉しさ半分といったところだが、やっぱり彼女たちの代表になれてよかったと思う。
彼女たちの背中を見つめながら俺も軽やかに走り始めた。