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第87話 樹白竜の心




 樹白竜じゅはくりゅうは力を使い果たして膝を着いたレックを天井付近から見下ろしていた。どうやらレックに力が残っていないと判断したらしく、ゆっくりとレックの前に着地する。


 そして、右の翼を大きく振りかぶり今まさにレックへとどめを刺そうとしている。レックも生きる事を諦めたのか生気の無い目で樹白竜じゅはくりゅうを見つめていた。


「グラァァ…………ガアァッ!」


 唸り声と共に力を込めた樹白竜じゅはくりゅうの翼がレックに向かって振り下ろされる。レックを殺させるわけにはいかない! 気がつけば俺は左手をリリスは右手を伸ばして動きだしていた。


「アイ・テレポート!」


双纏そうてん・サンド・ストーム!」


 俺とリリスは瞬時にレックの前へ瞬間移動し、全力でサンド・ストームを展開した。樹白竜じゅはくりゅうの振り下ろしがサンド・ストームとぶつかり合い、轟音を鳴らす。


 死を覚悟していたレックは驚嘆の声を漏らす。


「なっ……ガラルド!」


「よう、レック。この状況、ヘカトンケイルの時を思い出すな」


 言葉を失うレックを尻目に俺はサンド・ストームの回転を強めた。樹白竜じゅはくりゅうの翼はあと少しのところでサンド・ストームを破壊できず困惑しているようだ。樹白竜じゅはくりゅうは一旦後ろへ下がって距離を取った。


 今はとにかくレックを安全なところへ移動させて樹白竜じゅはくりゅうを黙らせることが先決だ。俺は皆へ指示を出した。


「リリスはレックを安全な場所へ運んでやってくれ。息を整えて再びアイ・テレポートが使えるようになったら戦列に復帰するんだ。サーシャはスキル・グラビティで少しでも樹白竜じゅはくりゅうを鈍足化してくれ。他のハンターは魔法職が援護、物理職は近づかずに弓か何かで援護してくれ。敵の攻撃は普通のハンターじゃ1撃1撃が即死級だ、俺が1人で引き受ける」


 俺の言葉を聞いたハンター達は一斉に了承の意味を込めた掛け声をあげた。帝国側を見捨てずに命懸けで援護している俺達を見て未だに困惑しているレックはリリスに肩を担がれながら呟く。


「お前ら一体どうして我々帝国を助けに……。それにガラルドの魔力……模擬試合よりも遥かに強力ではないか……」


「詳しく聞きたかったら生きてドライアドへ戻れ。ゆっくり説明してやるからよ」


「…………。」


 レックはそのまま何も言わずに運ばれていった。


 さて、強がったもののここからが本番だ。正直、樹白竜じゅはくりゅうは火力よりも耐久力の方が恐ろしい。レックが何度も傷を与え、葉っぱの大量放出をしていたにも関わらず全くといっていいほど疲労した様子がない。


 こうなると倒す事は諦めた方が良さそうだ。となれば逃走を考えなければならないが手負いの者もいる大所帯で一本道の洞窟を逃げ切るのは難しい。とれる手段は1つしかない。動きを止め、追いかけられない状態まで追い込むことだ。


「みんな聞いてくれ。樹白竜じゅはくりゅうはあまりにも頑丈で倒すのは困難だ。両目を狙って視界を塞ぎ、その間に脱出するぞ」


――――オオオォォォ――――


 ハンター達は掛け声と同時に魔術と弓を一斉発射する。樹白竜じゅはくりゅうは両翼をカーテンのように交差させ、目に迫る魔術と弓を悉く防ぎ切った。しかし、こうなる事は予想通りだ。むしろ両翼を前に出す事に夢中になり、頭上と胸の下ががら空きになっている。


 大量の魔術と矢が両翼に衝突し、耳が痛くなる程の轟音が鳴り響く中、俺はサーシャへ指示を出した。


「サーシャ、今のうちに俺が高く飛び上がって目を狙う。黒猫の力を貸してくれ」


「黒猫の力を? あ、なるほど分かったよ!」


 俺の考えを直ぐに察してくれたサーシャは黒猫を召喚し、樹白竜じゅはくりゅうの足元まで走らせた。黒猫を追いかけるように俺も走る。


 そして黒猫の背中に両足を着地させた俺はサーシャのスキル発動と同時に飛び上がる。


「ガラルド君を斥力で跳ね上げて……リパルシブ!」


 黒猫の斥力を発生させるスキル『リパルシブ』で真上方向への反発力を得た俺の体は自身の跳躍との相乗効果でバネのように高く飛び上がった。


 その間も樹白竜じゅはくりゅうはハンター達の魔術と弓の迎撃に気を取られている。大砲の弾の様に飛び上がった俺の体が樹白竜じゅはくりゅうの目線の高さまできたところで奴はようやく接近に気がついたようだが、もう遅い。


 俺は両手にありったけの魔力を込め、樹白竜じゅはくりゅうの目を狙って解き放つ。


双纏そうてん! サンド・テンペスト!」


 猛々しい砂の螺旋が樹白竜じゅはくりゅうの両目に直撃する。


「ウギャォオォォォ!」


 ぶつかった砂は飛び散り樹白竜じゅはくりゅうは耳が割れんばかりのうめき声をあげながら、両翼で自身の目を抑えた。防御姿勢が解けた樹白竜じゅはくりゅうをハンター達が一層力を込めて遠距離攻撃を繰り出す。


 弓と魔術が樹白竜じゅはくりゅうの体のあちこちに命中していたが、目の見えない樹白竜じゅはくりゅうには反撃のしようがない。こちらに背を向けた樹白竜じゅはくりゅうはよろけながら奥の方へ走っている。


 もはや逃げる場所などないのに悪あがきだろうか? 曲がりくねった一本道を進み樹白竜じゅはくりゅうの後を追いかけると、1番奥でうずくまってこちらを威嚇する樹白竜じゅはくりゅうの姿があった。


 その様子を見た俺は何か違和感を覚えた。追撃を受けるにも関わらず、わざわざ背を向けて奥へ逃げたことも不可解だし今更うずくまって停止している理由も分からないからだ。


 俺は樹白竜じゅはくりゅうの懐をよく確認してみると、そこには大きな卵が沢山あった、どうやら樹白竜じゅはくりゅうの子供のようだ。


 卵の存在に気がついたリリスが気の毒そうに呟く。


「脅威と恐れられる樹白竜じゅはくりゅうも子を守りたい親に過ぎないのですね。普段洞窟から一切出ず、洞窟に入った者だけを攻撃しているのも子供を守りたいだけなのかもしれませんね」


 リリスの言う通りかもしれない。勝手に入ったのは我々もといレック達であって樹白竜じゅはくりゅう自ら人里を襲った話は聞いたことがない。俺たちハンターが魔獣を狩るのもあくまで生きていく為であり、生態系を破壊したい訳ではない。


 樹白竜じゅはくりゅうの視界を奪った今なら楽に倒せて高額な報酬を得られるかもしれないが奪わなくてもいい命は奪いたくない。俺は皆に問いかけた。


樹白竜じゅはくりゅうは強敵ではあるが害獣ではない。俺個人としてはそっとしておいてやりたいんだが、それでもいいか、皆?」


 正直かなりの報酬が得られそうなレア魔獣だから反対されるだろうと思ったが予想に反しハンター達は誰1人として反対しなかった。そして、リリスが前に出てきて俺に言った。


「ドライアドの皆さん、いえ、シンバードの皆さんはもうすっかりガラルドさん色に染まっちゃっていますからね、こうなると思いましたよ。さぁ、早く帰ってご飯にしましょう」


「みんな……。ありがとな」


 どうやら思っている以上に俺という人間は皆に支えられ、慕ってもらえているみたいだ。照れくさいし、ニヤついてしまいそうで顔に出ないかが心配だ。今いる場所が表情の見え辛い薄暗い洞窟でよかったと思いながら俺はレック達と共にドライアドへと戻った。





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