ボビの発した『ジークフリート出身』『ジークフリートの技術協力』という言葉にアイコリーはとても驚いていた。アイコリーの驚き様が気になった俺はその理由を尋ねる。
「何をそんなに驚いているんだ、アイコリー?」
「ジークフリートは他国へ製造物を送る事はあっても他国と手を組むことなんてないだろ? あそこはずっと中立性を重んじてきたはずだ」
「なんだか随分とジークフリートに詳しいな。訪れた事があるのか?」
「ウッ! いや、その、あれだ、新聞や本で知っただけさ」
アイコリーは露骨に動揺している、きっと何かを隠しているはずだ。普段ならこれ以上詮索はしないがジークフリートに関わる話となると放っておくのもよくない気がする。とりあえずジークフリートの話を続けよう。
「そういえば、俺が首にぶら下げている銀細工なんだが、これも実はジークフリート育ちの友人に作ってもらったものでな。俺の大事な宝物なんだ」
俺はサーシャが手作りしてくれた銀細工をアイコリーに見せた。するとアイコリーは眉をピクりと動かし、銀細工の出来に言及し始める。
「おいおい、ジークフリートの技術者がこんな形の歪んだアクセサリーを作ったっていうのか? あ、いやガラルドの友人を悪く言いたくはないんだが、正直かなり出来が悪いぞ」
「う~ん、その友人の親であり実質町の代表でもあるアイアンさんって人は手先が凄く器用なんだけどな。友人は幼い頃にアイアンさんに拾われてきた16歳の子供だからな。多少下手でも仕方ないんじゃないか?」
「まぁガラルドの言う事は一理あるが……しかし、ラナンキュラ家の跡取りになるような奴がこんな不器用ではなぁ……ハァ……」
アイコリーは何故かとてもイラついている様に見える。それに『町の代表のアイアン』という情報を出しただけなのに、それがラナンキュラ家だという事まで分かっている。そこまで有名なんだろうかと考えていると、ボビが何かを疑うようにアイコリーの顔を覗き込む。
「アイコリーさん、間違ってたらすまねぇが、あんたもしかしてアイアンさんの息子の『シルバー』じゃないだろうね?」
「ゲッ、いや、何のことだかさっぱり分からないなぁ、俺の名前はアイコリーだぜ?」
アイコリーはあからさまに動揺しているようだ、ボビは更に追撃を続ける。
「いいや、間違いないぞ。確かシルバーは16歳ぐらいの頃に家出をしてな。その時は今のシルバーと違って体も大きくなかったから初見で気がつけなかったが、あの頃と変わらず右目の下に2つのホクロがある! そんな他人の空似があるはずない!」
名探偵ボビの活躍によってあっさりとアイコリーもといシルバーの正体が分かった。流石のシルバーも堪忍したようで自分の事を語りはじめる。
「分かった、偽名を使っていたことを認めるよ。万が一、親父が俺を探し始めても見つかりにくくなるように偽名を使っていたんだ。アイコリーという偽名も父さんと母さんの名前から抜粋して合体した雑な名前なんだ」
なるほど確かに『アイアン』と『コリー』でアイコリーになる。そんな偽名を使うなんてシルバーにも意外と可愛い所があるようだ。
それにしてもシルバーは何故偽名を使ってまで長期間家出を続けているのだろうか。確かアイアンさん曰く『都で一番の鍛冶師になってくる』と言ってジークフリートから出て行ったらしいが……。俺は率直に理由を尋ねてみた。
「どうして偽名を使ってまで長く家出を続けているんだ?」
「元々ジークフリート人らしく物作りが大好きだった俺は小さな町で閉じこもって物作りをしているのが凄く嫌だったんだ。中立的でありたいという町の方針も分からなくはないが、これだけの技術を持った人達が世界に貢献できていないことが我慢できなかったんだ。だから俺が何年か掛けて他国から技術を吸収して持ち帰り、故郷の皆の好奇心を刺激してやろうと思ったんだ」
「なるほどな。しかし、気持ちは分からないでもないが10年の家出はやり過ぎじゃないか? 実家を継ぐつもりはなかったのか?」
「それはまだ何とも言えないが少なくともいつかは両親と話すつもりだぞ。今はまだちょっと親父に会うのが恐いけど……。ただ俺の家出が長くなったのには訳があってな。エナジーストーンもそうだが世界には俺の好奇心を刺激するものがあまりにも多過ぎるんだ。秘境に行きたいとか秘宝を探したいとか技術を学びたいとか色々と寄り道をしているうちに気がつけば10年経っていただけなんだ!」
何というかシルバーは俺と同じ冒険バカの匂いがする。もっとも俺より数倍バカな気がするが。そんなシルバーが200日以上も滞在しているコメットサークル領にはやはり大きな魅力があるのだろう。シルバーがこれからどうするつもりなのかを聞いてみよう。
「冒険大好きなシルバーがエナジーストーンに長期滞在している理由は何なんだ? これから何をするつもりなんだ?」
「よくぞ聞いてくれた! 今、俺がもっとも冒険心を刺激されているものは……死の海の攻略だ。実質、幻の地扱いになっている『イグノーラ』に行くのが今の俺の目標なんだ」
「本当か! 実は俺達ドライアドの人間も死の海を越える方法を探っているところでな。死の海が近いコメットサークル領に来たのも渡航前の準備と下見が狙いだったんだ」
「そうだったのか。嬉しそうに話すガラルドを見ていると何だか自分と同じ匂いを感じるな。同じ目標を持つ者として是非応援してやりたいところだが、残念ながら先に死の海を越えるのは、この俺シルバー様だ! その為の準備も既に3分の2は進んでいるしな」
シルバーは自慢気に宣言した。それにしても気になるのが3分の2は進んでいるという言葉だ。この言葉がどういう計算式で出たのかは分からないが、シルバーがいれば死の海を越えられるかもしれない。俺は全力でシルバーに頭を下げてお願いした。
「頼むシルバー! 俺達も同行させてくれ、何なら準備も全力で手伝う。俺達は何が何でも帝国より先にイグノーラへ渡らなければならない……急いでいるんだ!」
「うぅ……悔しがってもらえると思ったらまさか頭を下げられるとはな。考えてみれば自由気ままに旅をしている俺と違い、ガラルド達は国を背負っているんだもんな。なら俺が選ぶべき道は……」
シルバーは俺達と出会ってからはじめて何かを深慮する様子を見せた。少し破天荒な奴ではあるが普通にいい人なのだろう、アイアンさんの息子なわけだし。シルバーは20秒ほど唸り続けたあと悩んでいた内容を教えてくれた。
「ガラルドに協力するのはオッケーだが2つ条件を付けさせてくれ。1つは次の
やはりシルバーはアイアンの息子なだけあって義理堅い男のようだ。俺達に良くしてくれているエナジーストーンの人達を助けない選択肢なんてない。俺は即座に了承した。
「ああ、もちろん参加させてもらうよ。とはいえ手練れ揃いのエナジーストーン民の中で役に立てるか分からないがな」
「おお、ありがとうガラルド。お前がいれば100人力だ。じゃあ1つ目の願いはオッケーだな。次に2つ目の願いだが……ガラルドの友人――――つまり、アイアンの義理の子供と会わせてくれ。もちろん親父と俺が鉢合わせないようにセッティングも頼むぞ。そいつと友人であるガラルドなら出来るよな?」
「ええぇぇ?」
シルバーはかなり変わったお願いをしてきた。親父さんとは会わずに義理の子供であるサーシャにだけ会いたがる理由はさっぱりだが、シルバーは至って真剣な表情をしている。