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第100話 全知のモノクル




 シルバーの『アイアンとの接触を避けつつ、義理の子供と会って話をする』というお願いは俺の立場からすれば叶えてあげることは容易だろう。しかし、シルバーの狙いが分からない、俺は率直に理由を尋ねることにした。


「なぜ義理の子供にだけ会いたいんだ? それに義理の子供に会うのなら、ついでにアイアンさんとも会ってしまえばいいじゃないか」


「親父は……ぶっちゃけると気まずいんだよ。10年も会わなきゃどんな言葉を掛ければいいか分からないし、どうやって謝ればいいかも分からねぇ。それに今は義理の子供が親父にとって最愛の子供な筈だ。親父とお袋はそいつの事だけを考えればいい」


「アイアンはシルバーの事だって心配しているさ。それに謝ればちゃんと許してくれる良い親父さんだと思うぞ?」


「ああ、善人なのは俺も分かっている……だが、やっぱり、その……」


 シルバーはモジモジして何も言えなくなってしまった。彼なりに色々と悩みや気まずさがあるのだろう。これ以上追及するのも酷だから話を変える事にしよう。


「ならこっちの質問には答えてもらうぞ。シルバーが義理の子供に会いたい理由を教えてくれ」


「端的に言えば説教……いや、激励だ!」


 何やら変な事を言い始めた。シルバーは更に話を続ける。


「色々と学んできた今の俺でも親父の背中はでっかくて大きな存在だ。そんな偉大な親父の跡取りを務める次男坊ならば例え血のつながりが無くても職人の魂は持っていなきゃならねぇ。それなのになんだこの銀細工は! 幼少期の俺の方が100倍上手く作れるぞ! こんな不器用な男にラナンキュラ家を継がせる訳にはいかねぇ」


 どうやらシルバーは盛大に勘違いしているようだ。サーシャは息子ではなく娘だし、そもそも工場を継ぐつもりもない。シルバーの言葉を聞いたボビが訂正しようとしたが、その瞬間に俺はシルバーの勘違いを利用した悪知恵を思いつき、ボビが喋り出すのを咄嗟に腕を出して制止した。


「ん? 何だガラルド君、今から誤解を解こうと――――」


 俺はボビが言葉を言い切る前にウインクで合図を送った。ボビは俺が何を考えているかは分からないと思うが、とりあえず喋らない方がいいという事だけは理解してくれたようで、言葉を飲み込んだ。


 そして俺はシルバーに提案する。


「分かったシルバーのお願いを聞くことにするよ。だが、アイアンさんの子供は色々と多忙な人間だからエナジーストーンまで来てもらう訳にはいかない。だからシルバーから会いに行ってもらうことになる、その時は俺もついていくから、とりあえず今はエナジーストーンで八十魔日はちじゅうまじつを乗り切ることに集中しよう」


 俺の提案を飲んでくれれば、優秀な技術者であるシルバーを1度ドライアドに連れて行って色々と手伝ってもらいつつ、サーシャとも会わせることが出来る。


 理想としてはサーシャやジークフリート出身の作業者たちと触れ合う事でシルバーが故郷を懐かしみ、アイアンと再会したい気持ちになってくれたらベストだ。事実を伏せてドライアドへ誘導する事で後々俺が怒られる事になるだろうが、それは頑張って我慢する事にしよう。


 俺の提案を受けたシルバーは少し考えたあと了承の返事をくれた。


「そうだな、もう十数日もすれば八十魔日はちじゅうまじつが訪れる。それまでの期間に出来るだけ死の海を越える為の準備を整えておこう。とは言っても荒波を超える為に大きくて頑丈な船を用意する必要があるから航海はまだまだ先になるがな」


 なるほど、やはり相当立派な船が必要になりそうだ。そうなると死の海用に船を作ることになり、こちらへ大量の技術者を送り込んでもらう必要がありそうだ。結局、ドライアド・シンバード・ジークフリートの力をがっつりと借りる事になるだろう。


 俺とシルバーはお互いに納得のいく形に持ち込み、握手して約束を交わした。







 エナジーストーン到着の翌日、町長から借りている家で目を覚ました俺達は早速シルバーの家に向かった。その理由はもちろん『死の海を越える具体的な方法』と『八十魔日はちじゅうまじつ対策』を話し合う為だ。


 俺達がシルバーの家に辿り着くと、そこには町長の姿もあった。八十魔日はちじゅうまじつのことも話し合うからちょうどいい。まず『死の海を越える具体的な方法』について尋ねよう。


「教えてくれ、シルバーはどんな手を使って死の海を越えるつもりなんだ?」


「その前にまずは死の海の性質について説明しておこう。死の海には厄介な特性が4つあってな……。『謎の磁場によってコンパスで方角が分からない』『霧や悪天候で常に視界が悪い』『岩礁や岩場がかなり多い』『魔獣の数も強さも数倍規模』というのがある」


 どうやら俺が思っていた以上に死の海は最悪な海域のようだ。特に方角が分からないのと視界が悪い点は航海者にとっては死を意味するようなものである。


 あまりに酷くて解決策が微塵も浮かんでこない。そんな俺にシルバーが見た事のないレンズのような道具を見せてくれた。


「実は死の海を越えるのにうってつけの道具があってな、これを見てくれ。この1枚のレンズは俺が命懸けの冒険の末に見つけ出したアーティファクト『全知のモノクル』だ。このアーティファクトにどんな能力があるのか説明するなら実演が1番早い。使い方は簡単で顔に装着してレンズから垂れている紐に触れるだけで……ほら!」


 シルバーが全知のモノクルの紐に触れた瞬間、レンズから細く真っすぐ光が発射された。それと同時にレンズの表面に古代文字が浮かび上がってくる。この不思議なアーティファクトの性質についてシルバーが話し始めた。


「まずレンズから出た光なんだが、この光は当たった対象の性質を調べる特性がある。今は古代文字に詳しい学者がいないからある程度の内容しか分からないがな。例をあげれば地面に光を当てたら土の詳細が分かり、鉄盾に光を当てたら鉄盾の詳細が分かる訳だ」


 シルバーがレンズの向きを変えて、自分の革靴に光を当てるとレンズに浮かび上がる古代文字が少し変わった、つまりレンズに表記される性質が変わった訳だ。更にシルバーは話を続ける。


「この『全知のモノクル』には他にも特徴があってな。発射される光はあらゆる物を貫通して複数同時に鑑定できる。手前から順に銅板、銀板、鉄板と置いて真っすぐ光を当てれば、モノクルの上から順に銅板、銀板、鉄板の詳細が表記される感じだな。あと、調べる対象となるのは固体と液体だけだから気体は調べられないぞ」


「凄いな、全知というだけあって何でも調べられるのか? 距離はどれくらいまで調べられるんだ?」


「いい質問だガラルド。距離は大体3000メード、つまり3キードまでだな、めちゃくちゃ長いだろ? そして調べられるものについてだが……アーティファクトを拾った遺跡にあった石碑によると、どうやら全人類のうち誰か1人でも知っている性質ならレンズに表記されるらしい」


 なるほど『全ての人間の知識』だから『全・知』と名付けられているわけか。この全知が今現在生きている人間のことを示すのか、過去生きていた全ての人間を示すのかは分からないが、大陸内外全ての辞書があるようなものと思えば強力すぎるアーティファクトだ。


 しかし『全知のモノクル』が強力なものだとは分かったものの、これが死の海を越えるのにどう役に立つのかが全く分からない。シルバーが答えを言う前に先に答えてやろうかと気合を入れた俺だったが全く思いつかず、結局シルバーが説明してくれることとなった。


「次に『全知のモノクル』をどうやって死の海攻略に使うかを説明するぞ」


 このあと俺はシルバーのぶっ飛んだ発想を聞いて、この男は絶対に仲間に引き入れるべきだと確信する事となった。





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