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第105話 ジークフリートのお祭り




 シルバーとの勝負に応じるサーシャの思惑が全く分からない。俺は真っ白になっていた頭を落ち着かせてサーシャに理由を尋ねる。


「とんでもない条件の勝負を受けるからには勝算や狙いがあるんだろうな、サーシャ」


「もちろん自信もあるし考えだってあるよ。ねぇシルバーさん。サーシャと勝負がしたいのならこちら側の条件ものんでくれる?」


「元々仕掛けたのは俺だから可能な限り聞くさ。で、条件は何だ?」


 シルバーが問い返すとサーシャは真っすぐ目を見つめながら答えた。


「サーシャから出す条件は2つ。そのどちらもサーシャが勝負に勝ったら聞いてもらいたいの。1つ目はサーシャが勝ったらお爺ちゃん、お婆ちゃんと直接会ってほしい。別に家を継いで欲しいとかそんな事は言わないよ、ただ両親と会話するだけいいから」


「その『直接会う』が何よりもハードルが高いんだけどな……。だが、俺もサーシャへ厳しい条件を出している身だ、条件をのもう。あと1つの条件は何だ?」


 サーシャはシルバーに『両親と今後のことについて話し合え』とは言わず、単に『直接会え』とざっくりとした条件を出した。何か考えがあるのだろうか。


 そして次にサーシャはポケットから手帳を取り出し、これからの予定を見せながら条件を提示した。


「2つ目の条件はサーシャが勝ったその日から400日間だけでいいからドライアドの人間として働いてほしいの。期間を定めたのは色んなところを旅したいシルバーさんの気持ちを尊重したからだと思って。長い人生のたった400日ぐらい大丈夫だよね? サーシャなんて引っ越しと転職が掛かっているんだから、これくらいの条件は聞いてもらうよ?」


 400日という中途半端な数字が何を示しているのか俺には分かる。恐らくサーシャは八十魔日はちじゅうまじつ九十魔日きゅうじゅうまじつが重なる日までシルバーに仲間でいて欲しいと考えているのだろう。


 『魔獣の大群は2つのグループに分かれている』というローブマンの言葉から逆算すると、ヘカトンケイルでオーガ達と戦った日が九十魔日きゅうじゅうまじつの始まり、つまり0日とした場合、次に俺達が戦った九十日後の九十魔日きゅうじゅうまじつはシンバード防衛戦だ。そこからは180日,270日,360日、450日,540日とどこかの町が襲われる事だろう。


 そして、ヘカトンケイルを出てから140日後にはエナジーストーンで八十魔日はちじゅうまじつの防衛戦があった。こちらの大群は次に220日、300日、380日、460日、そして540日という流れで襲われる事となる。


 2つの勢力が同時に活性化する540日目こそが我々モンストル大陸の踏ん張りどころとなる可能性が高いと考えたのだろう。そんな先々のことを瞬時に見定めたサーシャは精悍な面持ちでハキハキと力強くシルバーに条件を言い渡していた。


 代表として勤めを果たすうちに逞しくなったのか、それとも元々強く賢い人間だったのかは分からないが交渉や言動に凄味を感じる。もはや圧倒されるぐらいだ。


 シルバーも同じように感じたのか一瞬、目を見開いていた。そして、薄く笑みを浮かべると直ぐに答えを返す。


「ああ、それで構わない。負けたら精一杯働かせてもらうぜ。それじゃあ早速勝負方法を決めよう。とは言っても男女でなおかつ戦闘のロールも違うだろうから決闘という訳にもいかないしな……どうしたものか」


 俺は心の中で『こいつは何も考えずに勝負をふっかけたのか……』と驚いていた。そのうえ候補の中に決闘が入っているのも、あまりに単細胞すぎる。レックといいシンといい俺の周りはバトル馬鹿ばかりなのだろうか……。


 シルバーもサーシャも勝負方法を決めあぐねていると横で見ていたボビがハッとした表情を浮かべたあと、勝負方法を提案する。


「ここはレースで決めてみてどうだろうか? ジークフリートには大昔から川・山・岩場を創意工夫で駆け抜けて競い合う催しがあってな。俺が若い頃なんて各工場の腕自慢たちが乗り物を作り上げて、こぞって技術を競い合ったもんだ」


 これは良い案かもしれない。直接攻撃を禁止にして色々なルートを用意すれば不平等ではなくなるからだ。地元ジークフリートの競技ということもあって2人とも納得がいったようで両者賛成で勝負方法が確定した。


 勝負方法が決まったあと、シルバーは周辺地図を眺めながら問いかけてきた。


「あとはどのルートを走るかだが、これは本番直前まで伏せといてほしい。その方がワクワクするからな。それとどこを走るかはガラルドに決めてもらいたい、いや、ガラルドしか適任がいないと言った方がいいかな。頼めるかガラルド?」


「ん? 構わないが何で俺しか適任がいないんだ?」


「そりゃサーシャの立場を考えたらそうなるさ。仮にボビさんに頼めば、かわいがってるサーシャに贔屓するだろうし、他のドライアド民に頼んでもファン心理が働いてサーシャに有利なルートを選びかねない。だが、ガラルドは超真面目だからな、きっと誠実にルートを選んでくれるだろう?」


 信用してくれるのはありがたい限りだが、その決め方だとリリスでもいい気がするのだが……。気になるから一応尋ねておこう。


「だったらリリスが決めても大丈夫だよな。ジークフリートの人間でもなければファンでもない。半分旅人みたいなもんだから完全にドライアドの住民という訳でもないし」


「いや、駄目だ。リリスは『全知のモノクル』を見た時に真っ先に金儲けを考えていたからな。『儲かったら美味しいもの食べ放題ですよ、グヘヘヘ』なんて言ってるような奴が信用できるとは思えん」


「な、酷いですよ、シルバーさん! グヘヘヘの部分を皆にバラさなくてもいいじゃないですか! もう許せません……ボコボコにしちゃってくださいサーシャちゃん! フンッ!」


 図星を突かれたリリスはシルバーに敵意を持ち、野良猫のように威嚇していた、まるで子供の喧嘩だ。


 とりあえず俺に出来るのはシルバーの信用に応えてルートを制定する事だけだ。俺は勝負開始の日時だけを伝えて解散してもらう事にした。


「それじゃあ、とりあえず明日の正午にここへ来てくれ。その時にスタート地点とルートを説明する。一応チェックポイントを幾つか作って人員も配置するからショートカットやズルは出来ない様にしておくからそのつもりでな。では解散!」


 そして、サーシャとシルバーは互いの目を見て微笑み合ったあと、部屋から出て行った。各々仕事や準備へ取り掛かりに行ったのだろう。


 俺もドライアドの周辺をぐるぐると歩き回り、どんなルートがいいかを考え続けた。本家であるジークフリートの祭りのように色々な走行環境があった方が総合力が求められるし、逆転の要素も増えて面白くなるだろうと考え、少し変わったルートを作る事が出来た。


 あとは明日のレース本番を待つだけだ。平等なルートを作ったつもりだし両者には力を出し切ってもらいたい。だが、今後のドライアドの為にもサーシャには絶対勝ってもらわなければならない。


 俺はサーシャの勝利を願いながら眠りについた。





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