「俺達はコメットサークル領である男に出会ってな、実は――――」
俺はサーシャ達にエナジーストーンでの出来事を全て話した。特にシルバーのことは出来るだけ詳しく話して彼がどんな人間なのかを会う前に教えておいた、これでサーシャの驚きも多少は軽減されることだろう。
「ふんふん、大体分かったよガラルド君。シルバーさん……つまりサーシャのお兄ちゃんにあたる人はサーシャの事が気に入らないんだね。そして、お爺ちゃんと会うのが気まずい……と」
「まぁ一応そういう事にはなるが、シルバーはかなり誤解しているからなぁ。その誤解を利用してドライアドまで連れてきたのは俺だから、きっとあとで凄く怒られるだろうな」
「別に嘘は言ってないから大丈夫だと思うよ? とにかく1回シルバーさんに会って話をしてみるよ」
「分かった、じゃあここにシルバーを連れてくる。少し待っててくれ」
そして、俺は一旦町の外にいるシルバーのところに戻ってアイアンがいないことを説明し、再度2人で復興本部の扉を開いた。すると、シルバーが開口一番大きな声で呼びかける。
「俺の名はアイコリー! ここにドライアドの代表でありアイアン氏の子供でもある人物がいるはずだ、会わせてくれ!」
こんなに堂々と偽名を名乗る奴は見た事がない。少し笑いそうになって堪えていると、サーシャがシルバーの前に駆け寄った。
「初めましてこんにちは。えーと、私がアイアン・ラナンキュラの養子、サーシャ・ラナンキュラです。今ここに父はいないので本名でいいですよシルバーさん。話はガラルド君から全て伺っております」
「え? あんたが子供なのか? 力仕事と油っぽさで溢れる鉄鋼の町の養子だから、勝手に男だと思っていたぞ」
「サーシャは工場を継ぐつもりはないんです。だから手先もこれといって器用ではありません。それにお爺ちゃんはサーシャの病気を治すために工場を売り払ってしまったから、今お爺ちゃんは工場を持っていないんです。ジークフリートから帝国がいなくなったことでだいぶお金は増えたから、もう少ししたら買い戻す事はできると思いますけど」
「工場が無くなっただと?」
「はい、シルバーさんが家出をしてから、お爺ちゃん、お婆ちゃん、そしてジークフリートに何があったかを説明しますね」
そしてサーシャはジークフリートが帝国に支配された事、反抗組織とハンターの協力で帝国から町を取り戻した事、全てを詳細に話した。
話を一通り聞いたことで半分喧嘩腰で訪ねてきたシルバーは目を点にして驚いていた。そして少しの間放心した後、シルバーはじっとりとした目つきで俺を見つめながら質問する。
「聞かせてくれガラルド。俺がエナジーストーンで『アイアンの息子に会いたい』と言った時に、何でお前は養子が娘である事実と跡継ぎではない情報を隠していたんだ?」
マズい……案の定恐れていた質問が来た。1度優秀な技術者であるシルバーを何とかドライアドに連れていきたかった事、そしてサーシャと最初に接触させることで何だかんだシルバーがラナンキュラ家に戻ってくる形になればいいと思っていた事、全てを正直に話すしかなさそうだ。
「えーと、俺には色々と考えがあって伏せていたんだ、実は――――」
俺は親に詰められている子供の様な気分でシルバーを誘導した理由を話した。シルバーは最初こそ険しい顔をしていたけれど徐々に表情が穏やかになっていき最後には俺の肩に手を置いて笑っていた。
「なるほど、つまりガラルドは俺と家族を繋ぎたかったんだな。頑なに親父と会いたがらない俺をとりあえずサーシャとだけでも接触させておこうと考えた訳だ。おおかた親父から『バカ息子を見かけたら連れてきておくれ』とか言われていたんだろ?」
「ああ、全くもってその通りだ……」
「そして俺を連れてきたもう1つの理由も理解できる。死の海を越えるには色々な意味で俺の助けが必要だと考えたんだろ? ドライアド技術班の様子も見せておかないと上手く造船計画が進まないから1度ここへ連れてきた……ってことでオッケーだな?」
俺は首を縦に振るとシルバーは少し考えこんだあと笑顔で納得してくれた。
「ラナンキュラ家の為、そしていち早くイグノーラへ渡って町や世界を守る力を得る為に俺を誘導したってことだな、やっぱりガラルドは良い奴だな。だったら俺はガラルドを責めない事にするぞ! とは言っても親父と会うのはまだちょっと勘弁してほしいけどな」
器が大きいというか優しいというか、シルバーはあっさりと俺を許してくれた。俺はシルバーの手を強く握り、礼をする。
「ありがとうシルバー! 改めてこれからよろしく頼む!」
「ああ、親父との接触を避けながらの作業にはなるがドライアドを全力で手伝ってやるよ。だけど、その前に俺のお願いを1つ聞いて欲しい」
「なんだ、お願いって?」
俺が聞き返すとシルバーは仰々しく人差し指を上に掲げた後、勢いよく振り下ろしてサーシャの方に向けて宣言する。
「サーシャ・ラナンキュラ、俺と勝負しろ。お前がラナンキュラ家の人間として、そして俺の妹として相応しいかを確かめてやる!」
「ええぇぇ?」
サーシャは声を裏返しながら驚いている。戦う理由も馬鹿げているから尚更だ。シルバーは更に言葉を続ける。
「サーシャがドライアドにとって大事な人間だというのは分かっているが、それでもサーシャは親父の子だ。だから俺個人としてはやっぱり親父のことを支えてやって欲しいし、ジークフリートの成長に手を貸して欲しいと思っている。それに仮にもラナンキュラ家の人間ならやっぱりある程度は工業に精通していて欲しいと思っている。だから、もし俺が勝ったらドライアドの代表は他の人に譲ってジークフリートに戻って親父の跡を継いでくれ」
シルバーはいきなり滅茶苦茶なことを言いだした。当然申し出を直ぐに拒否するかと思ったが、意外にもサーシャはシルバーの言葉を掘り下げ始めた。
「もしかしてシルバーさん自身は工場を継がないつもりなの?」
「……本音を言うとジークフリートに戻りたいとは思わない。ただ、誤解が無い様に言っとくがジークフリートが嫌いな訳ではないし親父や工場が嫌いな訳でもない。工場だって継ぎたいぐらいだ。ただ、俺は1つの町にとどまらず全世界を股にかけた技術者になりたいだけなんだ」
シルバーは故郷や家族への愛は持っている事を強調したうえでサーシャに訴えかけた。俺は正直シルバーの気持ちがよく分かる。単身で秘宝アーティファクトを見つけ出すぐらい力があって好奇心も強いシルバーなら、きっとモンストル大陸すら狭い世界なのだろう。
アイアンに会いたくないと言ったのも長期間家出をした気まずさよりも、むしろ跡を継がない事を伝えるのが辛くて発せられたのかもしれない。だからこそサーシャ相手に色々と必死になっているのではないだろうか。
皆がシルバーにどんな言葉を掛ければいいのか分からず無言の時間が続く中、サーシャが沈黙を破る。
「シルバーさんの気持ちはよく分かったよ、だからサーシャはこの勝負受けてあげるよ」
なんとサーシャはシルバーの滅茶苦茶な条件を飲んでしまった。全員が騒めく中、俺は口をポカンと開けたまま言葉を失っていた。