誰から送られてきたのか分からない妬みの手紙を握りつぶしたディザールはシルフィに指示を出す。
「シルフィ、この手紙のことはグラド、リーファ、シリウスには黙っていろ、いいな?」
「ど、どうして言わないの? ディザールが手紙の主に攻撃されるかもしれないんだよ? 皆に伝えて守ってもらった方がいいよ!」
「駄目だ、リーファとシリウスは3日後にギテシンを採取して村を去るんだぞ? このまま気持ちよく帰ってもらった方がいいに決まってる。それとグラドに伝えるのはもっと駄目だ、お人好しのアイツに伝えようものならキレてしまって村中を走り回り、犯人捜しを始めてしまう。そうなったらリーファとシリウスにすぐバレてしまうからな」
「だ、だったらせめて私とは常に一緒にいよう! そうすれば犯人も迂闊には攻撃してこないよ」
「いいや、それも駄目だ。犯人がシルフィを巻き添えにして攻撃してこないとも限らないからな。シルフィは常に俺と距離をとってくれ」
「やだ、私は絶対に離れないよ。ディザールは大事な仲間だもん。何かが起きて守れなかったら一生後悔するよ。今晩だって一緒にいるし、明日以降も離れないからね! もし許可してくれなきゃグラド達3人に手紙の事を教えちゃうんだから!」
「クッ……分かった、好きにしろ。まったく……いつの間にかリーファみたいなことを言うようになりやがって……」
渋々了解したディザールはそのままシルフィと一緒に自宅で眠りについた。
※
翌日、目を覚ましたディザールとシルフィは手紙の事を伏せたまま、シリウス、リーファ、グラドと共にいつも通り狩りを続けていた。狩りを終えた5人は明後日のギテシン採取と送別会を約束し合って解散した。
手紙に書かれていた内容的にディザールとシルフィは襲われたり罠に嵌められるかもしれないと朝からずっと警戒していたが、特に何事もなく狩りを終える事が出来たようだ。
後は丘の上にあるディザールの家に帰るだけだ。明日以降も引き続き警戒しておこうと話し合いながら2人は丘への道を登っている。しかし、家の手前100メード程の位置に来たところで事件は発生する。
なんと道に巨大な落とし穴が設置されていたのだ。目の見えないディザールと案内に気を取られていたシルフィは夕暮れ時で暗くなっている地面にまで気が回らず、思いっきり穴底に落ち込む。
目の見えないディザールに対して落とし穴を仕掛けるなんて……あまりに愚劣で強い怒りがこみ上げてくる。
落とし穴に落ちたディザールとシルフィの安否が気になった俺は過去の映像だというのに必死になって穴を覗き込んだ。すると、落とし穴の中には薔薇のツタのような棘々しい植物が何重にも張り巡らされており、2人は全身に傷を負い、身動きがとれなくなっていた。
そして、2人が落とし穴に落ちたのを見計らって周囲の木陰から武器を持った10人の男たちが現れた。俺は、その10人になんとなく見覚えがあった、恐らくペッコ村の人間だ。
10人の中で一際逞しい切れ長な目をした坊主頭のボスっぽい男が落とし穴を覗き込み、ディザールとシルフィを見て嘲笑う。
「ふははは、ざまぁねぇなディザール! 目の見えないお前には暗い穴底がお似合いだぜ」
「クッ、その声は……カッツだな! 馬鹿な事はやめて早くここから出せ!」
「なるほど『出せ』と、お前が叫んだことで確信したぜ。やはりツタが強力過ぎて自力では出られないようだな。街の素材屋で大金払って買った甲斐があったぜ。これで安心してお前を殺せるよ。俺は前からディザールの事が大嫌いだったんだ。大きなハンデを背負っているのにも関わらず躍進していくお前が目障りで堪らなかったんだよ」
「自分の努力不足に僕を巻き込むな。カッツだってあと1段階上がれば
「お前のそういう口が悪いところも大嫌いだったぜ。まぁ、それも今日で聞き納めだけどな。シルフィ共々ここでぶっ殺してやる。そうすれば
「……例え
「ここまで絶望的な状況でも命乞いをしないとはな。ディザールらしいと言うべきか。まあいい、お前達を殺したあと死体を家に放り込み、家ごと火葬して証拠を消してやる。そうすれば村の人間は目の見えないディザールが手違いで火事にしたと思うはずだ、放火とは思うまい」
悪辣なカッツは仲間に指示を出し、ディザールの家に火矢を放った。そして、他の仲間と共に落とし穴を覗き込むと、全員が一斉に弓と杖を構える。いくらディザールとシルフィが強くても身動きが取れない状態で一斉に矢と魔術を放たれれば無事では済まないだろう。
「よーし、お前ら一斉に矢と魔術を放てぇ!」
カッツの邪悪な号令が丘に響く。俺は誰か助けに来てくれ! と強く願ったが、願いは届かず落とし穴に大量の矢と魔術が注ぎ込まれる。
「グアアァァッ!」
「キャァァァッッ!」
目をそむけたくなるような光景、そして耳を塞いでも飛び込んでくる攻撃音とうめき声。俺は気が狂ってしまいそうだった。
落とし穴から上がる土煙が消えたところで過去のカッツと俺が恐る恐る穴を覗き込む。そこには身動きの取れない状態からでも魔術でシルフィを守るディザールの姿があった。
全身血だらけになってもシルフィを守ろうとするディザールの姿にカッツは言葉を失っている。ディザールはボロボロになりながらもシルフィを気遣い言葉をかけた。
「だ、大丈夫か、シ、シルフィ……怪我は……して……いないか?」
「私は大丈夫だよ。それよりもディザールの方がずっと大変な……グッ!」
シルフィは言葉の途中でいきなり自身の左肩を抑えて苦しみ始めた。ディザールの方が遥かに重傷で気を取られていたが、シルフィも左肩に大きな傷を負ったようだ。
ディザールの魔術でも完全には守り切ることが出来なかったようだ。ディザールは見えない目の代わりに自分の手でシルフィの肩に触れて傷の深さを確認する。
「この傷、かなり深いじゃないか……。くっ、すまないシルフィ、僕が守り切れなかったばっかりに一生残りかねない傷を負わせてしまった。女の子に……こんな傷を……」
「わ、私の事はいいから! それよりもディザールを早く止血しないと!」
ディザールは過去のアスタロトだということを度々忘れてしまいそうになるぐらい仲間想いな奴だった。死に掛けている自分よりシルフィの将来を心配するなんて。
そんな2人の友情に対し、カッツは吐き気を催すほどに汚い言葉を放つ。
「シルフィが傷者になって嫁の貰い手がいなくなっちまったかァ? だったら2人で結婚しろよ、あの世でな、ギャハハハハ!」
カッツに人の心はあるのだろうか? 俺がこの時代に生きる者だったら、ぶん殴ってやるところだ。そんなカッツの言葉はカッツ自身の人生を崩壊させる引き金となった。ディザールを本気で怒らせたからだ。
「その汚い口を今すぐ閉じろ、臭すぎて吐き気がする」
ディザールは重く冷たい声で言い捨てる。すると突然ディザールの体から青色の煙が噴き出して少しずつ形が定まっていき、最終的にはディザールの2倍ほどの背丈を有する剣を持った天使の姿となった。
天使は羽織ったローブも肉体も青く光っていて本当の色は分からず、目も閉じているから感情も読み取り辛い。天使故に性別も分からず喋りもしないから不気味で底が知れない。
魔術の中には火や水の精霊を召喚したりするものもあるが、あの天使は魔術6属性のどれにも該当しない気がするから恐らくスキルだろう。
ディザールは天使に剣を振らせてツタを全て切断すると、天使に自身とシルフィを担がせて落とし穴の外に移動した。
そして、ディザールはカッツの方へ向くと横から見ている俺達も震えるほどの憤怒に満ちた眼差しと怒号を放つ。
「お前らみたいなクズは死んだほうがいい、僕が殺してやる!」