「お前らみたいなクズは死んだほうがいい、僕が殺してやる!」
はっきりとカッツ達を殺す意思をみせるディザールとは対照的に横にいるシルフィは天使を見上げながら震えていた。
「そ、その召喚はなに? も、もしかしてスキルが発現したの?」
どうやらディザールの生み出した天使は仲間であるシルフィも知らないようだ。恐らく窮地に追いやられ、カッツの罵言が引き金となり発現したスキルなのだろう。スキルは極限まで集中している時や土壇場で発現することが多いからだ。
天使の詳細を尋ねたシルフィの言葉が聞こえなかったのか、それとも無視をしたのか、ディザールは無言でカッツの方へと歩いていく。
落とし穴を抜け出したうえに、不気味な天使まで召喚したディザールに恐れをなしたカッツ。尻もちをつき、唇を震わせ、青ざめた顔で命乞いを始める。
「ゆ、許してくれディザール! ほ、本当はお前が羨ましかったんだ! 圧倒的な魔術の才に加えて、優しくて強い仲間を持つお前の事が! 俺は今すぐ村長の所へ行って自首して罰を受けると約束する! だから頼む……殺さないでくれ!」
顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら謝るカッツだったが、ディザールは冷たい目でカッツを見下ろしていた。ほとんど目の見えないディザールはカッツと目を合わせることは出来ないけれど、もし目を合わせられたならカッツは今以上の恐怖を感じていたかもしれない。
ディザールはアスタロトとして対峙した時よりも何倍も恐ろしく冷ややかな声でカッツに言い放つ。
「カッツ、お前は僕の父さんが建てた大切な家に火を付けた。シルフィのことも傷つけた。それも肉体だけじゃなく心もな。お前が助かる要素は1つもない。僕の怒りが生み出した天使ネメシスで一気に首を刎ねてやる、じっとしていろ」
ディザールの宣言と同時に天使ネメシスは剣を頭上に振り上げる。過去の映像を見ている俺達はこのままディザールが人殺しになるのを見届けるしかないのか……と目を背けそうになっていたその時、遠くの方から叫び声が聞こえた。
「ダメッ!」
シルフィではない女性の叫び声は俺の聞き慣れた声リーファのものだった。叫び声にピクリと反応したディザールだったが、天使ネメシスに剣を止めろと指令を送るには時間が足りなかった。
ネメシスはカッツ目掛けて剣を振り下ろしはじめる。カッツの首が跳ね飛ぶのを見たくなかった俺は反射で目を閉じたが、俺の耳に肉を絶つ音は届かず、代わりに金属が激しく衝突する音が鳴り響いた。
どういう事だ? と目を開ける俺。そこにはネメシスの振り下ろした剣を錫杖で受け止めるリーファの姿があった。俺が神託の森でハイオークに殺されそうになった時もリリスが瞬間移動で助けてくれたことを思い出す。極限状態だというのに何だか懐かしい気持ちになった。
剣を受け止められたディザールは目の前に一瞬にして現れたリーファの魔力に驚き、何をしたのか尋ねる。
「リーファ! どうやってあの距離を一瞬で……」
「ハァハァ……私にも何が何だか……もしかしてこれが私の後天スキルなのかも。1回飛んだだけで息が……凄く苦しいけど、ディザールが人殺しになるのを止められてよかった……」
「……そうか、瞬間移動がリーファの後天スキルなのか。先天スキルと同様にお人好しのリーファに相応しいスキルだな。だが、余計なお世話だ! カッツ達は僕がこの手で殺すと決めたんだ! 邪魔をするな!」
リーファが初めてアイ・テレポートを会得したのはこの時だったのかと驚かされた。きっと仲間を助けたいと強く願った気持ちが後天スキルを開花させたのだろう。
その時の俺はアイ・テレポート修得に驚くと同時にディザールの発した『先天スキル同様にお人好しのリーファに相応しいスキルだな』という言葉が引っ掛かっていた。この言い方だとリーファは既に先天スキルを使えることになる。
確かウンディーネはリリスをスキル鑑定した際に『リリスさんの先天スキルは何かを取り込むような記述がされている』と言っていた。女神ではないリーファも同じ先天スキルを持っているのだろうか?
横にいるリリスに今すぐ尋ねたいところだが、今は我慢して記憶の水晶に集中しよう。
怒鳴りつけるディザールに対してリーファは乱れた呼吸をゆっくりと整え、説得を始める。
「1度でも怒りで人を殺しちゃうと、ずっと憎しみと過去に囚われ続けるよ…。そうなったら、もう後戻りは出来ない。この先のディザールの人生を暗いものにさせたくないの!」
「……暗いものにさせたくないだと? 何を分かった様なことを……僕の人生は目の見えなくなった6歳の頃からずっと闇の中なんだよ! 僕には今のグラドとシルフィの顔すら分からないんだ……。だからずっと子供の頃のイメージのまま声だけが変わっていく2人を感じていくのは辛かった……。今だって殺してやりたいカッツの顔すら分からない……」
「それでもディザールは視覚以外の感覚で多くのものを感じ取ってきたはずだよ。ディザールがカッツさんを殺せばきっとグラドとシルフィちゃんは貴方と同じくらい悲しむ。私とシリウスだって辛いよ……」
「明後日には村を発つリーファが何を言ってるんだ。僕がどうなったって大陸北に帰る頃には忘れているだろ?」
リーファの懸命な説得も虚しくディザールは吐き捨てるように呟く。しかし、リーファはディザールを責めもしなければ落ち込むこともなく、優しい声色で宣言する。
「だったら私がどれだけディザールの事を大切に思っているか証明してあげる」
「証明? 一体どういうこ――――なっ!」
ディザールは話の途中で驚きの声を発する。それはリーファが突然両手をディザールの側頭部に添え、まるで熱でも測るかのように額を合わせたからだ。
2人が額を合わせると同時にリーファとディザールの左目が光りだす。数秒後に光が収まるとディザールは自分の手のひらを顔の前に動かし、声を震わせて囁いた。
「目が……いや、左目が、僕の左目が見える! リーファお前まさかスキル『イントラ』を?」
「うん、どうしてもディザールに今の私とシルフィちゃん、そして恐怖で怯えるカッツさんの顔を見てもらいたかったから。頑張っちゃった、えへへ」
「だけど、そうしたらリーファの左目はもう……」
「私がディザールの事を大切な仲間だと思っていると証明したかったからね。まぁ本当は『イントラ』を使わずに薬や医術で治す方法を見つけたかったけど、それは今後ゆっくりと探す事にするよ。それよりもどう? 私やシルフィちゃんが本気で心配している顔が見えるでしょ? それにほら、嫉妬と恐怖で震えるカッツさんの顔を見て。貴方が手を血で染める価値があるとは思えないでしょ? 虐める側も、また弱き者なのだから」
「……ああ、ようやく分かったよ。僕は思っていた以上に恵まれていたらしい」
リーファの優しさに泣き崩れるディザールを見て、俺は泣きそうになっていた。今初めて見たリーファの先天スキルは恐らく肉体状態の交換もしくは譲渡だと思う。
一応俺がリリスに尋ねるとフィアが映像を一時停止し、リリスが先天スキル『イントラ』の詳細を語り始めた。
「私の先天スキル『イントラ』は自分の状態を相手と交換できる能力です。私のご先祖様はもっと強力にイントラを使いこなしていたらしく受け取った病気などを自らの体内で浄化することで自分の体に異常が出ないように出来ていたらしいです。ですが私は未熟なので、そのまま交換する形になってしまうのです。使いにくい能力ですよね」
ウンディーネさんがリリスのスキル鑑定をした時に『何かを取り込むような記述がされている』と言っていた意味がようやく理解できた。イントラは確かに『取り込む』に該当するスキルと言えるだろう。
仲間想いで自己犠牲的なところのあるリリス・リーファらしい能力だと思う。だがイントラは先天スキルだから、リリス個人の性格よりも血筋によるところが大きそうだ。俺は今の率直な気持ちをリリスに伝える。
「先天スキルまで献身的で人助けに特化したものだとはな。きっとリリスやフィアさんの優しいところは大昔から受け継がれてきた教育と血筋によるところもあるんだろうな。立派な家系だよほんとに」
俺が褒めるとフィアさんもリリスも手を後頭部に添えて顔を赤くしながら俯いてしまった。まさか見た目だけではなく仕草まで似ているとは流石は姉妹だ。
「フィ、フィアちゃん、早く映像を再開して!」
恥ずかしくなったリリスは慌てて話を逸らしている。こんなリリスを見るのもたまにはいいものだ。