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第258話 思い出の丘




 今日は1日遊んでしまおう! と突然提案してきたグラドによって、ディザール、リーファ、シリウス、シルフィは村の外れにある丘に来ていた。


 グラドは目的の場所に到着すると後ろを振り返り、村の広場の時と同じように両手を広げて語り始める。


「シリウス、リーファ、この場所から見えるペッコ村周辺を見てくれ。本当に何もないだろ? イグノーラみたいな大きい街に行けば店も観光できる場所もいくらでもあるけど、ここには何にもない! ガッハッハ!」


 グラドは豪快に笑いながら自虐している。本当に彼が死の山に手紙を残した人物かと疑いたくなるほどに無邪気な男だ。手紙では自分の事を『私』と表記していたけれど、今は『俺』と言っているし、風貌も力強いから少しシルバーっぽさを感じる。


 きっと人間は歳を取ったり家庭を持つうちに変わっていくのだろう。とは言ってもグラドの場合は後々の人生が過酷だった点が大きいと思うが。


 楽しそうに笑うグラドを苦笑いで見つめるシリウスはわざわざここに連れてきた理由を尋ねる。


「そんな何もないペッコ村の丘に僕達を連れてきた理由はなんだ? 楽しませてくれるんだろうな、グラド?」


「楽しめるかどうかはお前らが童心に帰れるかどうかに懸かってるぜ。ここには昔、村の子供たちが遊ぶ公園があったんだ。網を伝っていく遊具やブランコなどなど、よりどりみどりだ。おまけに大きな池もあるからキャンプだって楽しめるぞ。だから今日はここで一泊しよう。シリウスはテイコクってところの坊ちゃんだから公園での遊びなんてしたことないだろ? 存分に楽しんでくれよな」


「ハァ……誘うのが10年遅いのだよ。僕達は全員あと2~4年すれば20歳になる年頃だぞ。こんなところに来たって……」


「うおおおぉぉぉぉ! 全力でブランコを動かすと恐いなぁぁっっ!」


 シリウスのぼやきを全く聞かずにグラドは早速遊具を堪能していた。その光景を見てディザールとシリウスは互いに目を合わせ、溜息を吐いて肩をすくめている。


 しかし、リーファとシルフィが呆れる2人の背中を押し、5人の大きな子供による全力の遊びが始まった。リーファは一直線に砂場へ向かうと忙しなく砂を固め始める。


「私の後天スキル『砂遊び』を使う時がきたね。崩すのが勿体なくなるような城を作ってあげるよ! 帝国の城を改装する時は参考にしてね、シリウス」


「待て待て、建築・絵画問わず芸術に秀でているのは帝国第二皇子の僕だ。リーファの造形なんて僕のセンスでねじ伏せてやる! 視力を取り戻したディザールが最初に見る芸術は僕の城になることだろう」


 ディザールは砂の上ではしゃぐリーファとシリウスをジットリした目で見つめながらぼやく。


「帝国って馬鹿が生まれる国なのか? シルフィ、砂馬鹿コンビとブランコ野郎は放置して僕らは木陰で読書でもしよう」


「フフフ、でも3人を見ている時、ディザールはずっとニヤついてたよ? ほら、一緒に遊ぼ!」


「お、おい! 手を引っ張るな!」


 そして、5人は年甲斐もなくはしゃぎながら全力で遊んでいた。顔を泥で汚し、服に草をつけ、手足に擦り傷が出来た彼らは間違いなく青春していたと言えるだろう。


 記憶の水晶が映し出す光景をずっと無言で眺めていたリリスは頬に一筋の涙を流す。それは過去が楽し過ぎたからなのか、もう戻ってこない関係性が辛いからなのか、俺には分からない。


 記憶の水晶は過去の時間を常に等倍速で流している訳ではなくダイジェストで流しているところもある。だから5人の時間を余すことなく見られた訳ではないけれど、彼らが凄く仲良くて、強固な絆で結ばれているのは充分すぎるほど感じることができる。


 気がつけば公園は夜になっていたようで5人は焚き火を用意し、地属性魔術で簡易的な寝床を作った。シルフィが池の魚と野草で晩御飯を作り、全員が美味しそうに頬張っている。どうやらシルフィは料理が上手らしい。


 いっぱい遊んで、たらふく食べた5人は一息つく為に池の傍で横になり、綺麗な星空を眺めていた。しばらく星を眺めていると、ずっと無邪気な笑顔を浮かべっぱなしだったグラドが急に父親の様な大人びた表情を浮かべてディザールに問いかける。


「なぁディザール。ペッコ村は好きか?」


「なんだよいきなり。まぁ自然や動物は好きだから田舎自体は好きかもな。視力を得て、綺麗な自然を見ていて益々そう思えたよ。それに今日の馬鹿騒ぎも何だかんだで楽しかったからな」


「それはよかった、誘って正解だったな。だけど、その言い方だと俺達5人と自然だけが好きって聞こえるな。村の人達のことはどうなんだ?」


「……分かりきった事を聞くなよ、好きな訳ないじゃないか。村長みたいに一部優しい人もいるけど、大半の人間が僕のことを嫌っていたり、厄介者だと思っているのは分かっているさ。いや、正確には今日確信が持てたと言うべきかな。声だけじゃなく人の視線も感じられるようになったからこそ確証がもてたよ」


 苦笑いを浮かべながら語るディザールの横顔をリーファは悲しそうに見つめている。暴走するディザールを止める為とはいえ左目の視力を与えたのは彼女だ、責任を感じているのだろう。


 ディザールも言葉を発した後にリーファを傷つけてしまったのではないかと気づき、慌てて訂正する。


「ち、違うんだリーファ。君を責めている訳じゃない! ただ、僕が元々嫌われていただけなんだ。不愛想で突っ張っていて、そのくせ魔術だけは人並み以上だからな、周りからしたら可愛げの欠片もないのだと思う。そんな人間だからグラドとシルフィぐらいしか友達がいなかったんだ。そんな僕にすら優しくしてくれて左目まで恵んでくれたリーファには言葉では表せられないぐらい感謝しているんだ、信じてくれ」


 ディザールは早口なうえに声も裏返っている。これまでで1番の焦りを見せるディザールを見て、リーファはクスッと笑う。


「ふふふ、そんなに焦らなくても大丈夫だよ、十分伝わったから。ディザールは本当に優しいね」


 まるで姉のように褒めるリーファに照れくさくなったのか、ディザールは反対側に向いて顔を見せないようにしている。しかし、反対側に向くとグラドが寝っ転がっているからディザールは居心地が悪そうだ。


 素直じゃないけど仲の良いやりとりを見ていたグラドは何かを確信したかのように小さく頷き、ディザールへ声をかける。


「なぁディザール。俺から1つ提案があるんだ。俺とディザールの人生がガラッと変わってしまうような提案なんだが聞いてくれるか?」





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