目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第257話 村の違和感




 カッツ達を拘束した翌日、記憶の水晶はシルフィとディザールを中心に映し出した。


 視力を得て初めての朝を迎えたディザールはいつもと同じように村の広場に集まり、守り人もりびと仲間であるグラド達を待っている。


 村の中心地でも広場は当然、雑談している人や歩行者が多い場所であり、映像としてみている俺でも少し落ち着かない場所でもあるのだが、この日は別の意味で落ち着けない雰囲気を放っていた。


 それは広場にいる人々がディザールをじろじろと見つめて、小声で話しているからだ。イジメとまでは言わないまでも気分のいいものではない。当のディザールもそれを感じているようだ。


 一晩で目の見えるようになったディザールを珍しがっているだけならいいのだが、周りの人間からは警戒や怯えの様なものを感じる。こんな雰囲気になっている理由が知りたいと思った矢先、煙人のシルフィが記憶の水晶を一時停止して当時の事を語りはじめる。


「映像を見ている皆さんも広場の異様な雰囲気を感じているでしょう。ディザールの左目が見えるようになった時から一部の村人に変化が起きました。それは今までディザールに対して冷たく当たっていた人、そして差別的な言動を取っていた人が報復を恐れていたからです。人間は自分より下の存在を求めてしまう生き物です。魔術に秀でているとはいえ、今までハンデを背負い、最下層の弱者に位置していたディザールが一晩で変貌を遂げたことが村人には相当大きな出来事だったようです」


 煙人のシルフィから説明を受けた後、俺は改めて村人をよく観察し、近くに寄って話を聞いてみることにした。するとシルフィの言う通り『ディザールに恨まれてたらどうしよう』『これからは顔を覚えられるから大変だわ』と口々に酷い事を言っていた。


 人によってディザールに対してとってきた言動は違うのだろうけど、これまでディザールは目の見えないのをいいことに色々されてきたようだ。


 それはきっとグラドやシルフィも把握できていない出来事が多かったのだろう。ましてやディザールの性格を考えればグラド達に愚痴ったり、悩みを打ち明けるとも思えない。


 もしかしたら昨晩広場でディザールの左目が治ったことを伝えた際、しばらく拍手がまばらだったのも、ディザールに当たってきた人々の動揺や思案が影響していたのかもしれない。


 異変に気がついたのはディザールだけではなかった。グラド達4人の仲間もまた、集合前に村人たちの違和感に気がつき、会話に聞き耳を立てて調査していたのだ。4人がほぼ同じタイミングで広場へ集まるとディザールは自嘲する。


「ハハッ、グラド達はもう気がついているか? 村に変化が起きている事に。どうやら僕の目の回復を望まない人間が沢山いたようだ。目が見えると見たくないものまで見てしまうものなんだな、勉強になったよ」


 ヤケになって笑うディザールに対して4人は何も言えなくなっていた。もしかしたら熱くなったグラドやリーファが村人に説教を始めてしまうかもしれないと不安になったが、2人はただただディザールの言葉を噛みしめて聞いている。


 騒ぎを大きくして目立ってしまう事がディザールにとって1番の苦痛になると分かっているのだろう。息をするのも苦しいぐらいに気まずい沈黙が流れる中、最初に動いたのはディザールだった。


 ディザールは杖を構えて南を指すと、無理やり笑顔を作って言った。


「明日はいよいよギテシンを採取してリーファとシリウスが帰る日だ。大陸北への航路が定まっていないから、しばらくイグノーラに滞在するのだろうけど、どっちにしてもペッコ村から2人がいなくなることに変わりない。つまり今日が5人で魔獣退治に励む最後の日だ。5人いるうちに南の洞窟に巣くう強力な魔獣を討伐しておくぞ」


 ディザールが空気を変えようと頑張っているのが俺にも伝わってくる。ディザールが急ぐように南に向かって歩き出すと、グラドがディザールの肩を掴んで止めた。


「待てディザール。無理に笑ったり平静を装おうとするな。少なくとも仲間の前ではな」


「別に無理なんか……それに魔獣退治は治安維持であると同時に村長から任せられた仕事でもあるんだ。どっちみち行かなきゃならないだろ?」


「いいや、行かなくていい」


「は? お前は何を言って――――」


 ディザールが言葉を言い切る前にグラドは4人の前で両手を大きく広げた。そして、360度ぐるりと周りを見渡して今度はシリウスとリーファの方を向いて話し始める。


「気分の優れない日に無理やり仕事をしたって碌なことがない。それにシリウス、リーファと一緒にいられる時間はもう僅かしか残ってないんだ。せっかくディザールの目が見えるようになった事だし今日は5人で思いっ切り遊ぶぞ!」


「はああぁぁ?」


 ディザールが今まで聞いたことのないような裏声で驚いている。それでもグラドはお構いなしに丘の方へ歩き出す。


「大丈夫大丈夫、村長には後で俺から言っておくからよ。俺たちは村に相当貢献したんだ、1日ぐらい休んでも叱られはしねぇよ。それより向こうには面白いものがあるんだ、4人ともついてこい!」


 後ろも振り返らずに進むグラドにディザールは肩をすくめて呆れている。しかし、他の3人、特にリーファは乗り気なようでディザールの手を引っ張って走り出す。


「ほら、早くしないとグラドに置いて行かれるよ。遊びに行こう、ディザール!」


「……フッ、馬鹿の考えは読めないな。まぁ、たまには付き合ってやるか」


 表情からすっかり陰りが消えて笑顔を浮かべるディザールの声は上擦っている。リーファとディザールの後ろを走るシリウスとシルフィもとびきり楽しそうな笑顔を浮かべていた。





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?