グラド達5人とグノシス王を映していた記憶の水晶は話し合いを終えたタイミングで時間を加速し始めた。時間はみるみる流れていき、あっという間に魔人ディアボロスとの戦争から100日後になっていた。
戦争の熱も冷め、街を歩いている五英雄が民衆から揉みくちゃにされることもなくなり、表面上は平和な日々を過ごしているように見えるが、城内はピリッとした空気に包まれている。
それは魔人ディアボロスが残した情報を未だに解析できていないからだ。政に関わる者たちの間では徐々に不満の声があがり、ローラン家や五英雄に対する不信の動きも出始めている。
「まだローラン家は魔獣が寄ってくる原因を見つけられないのか……」
「五英雄も英雄と呼ばれているぐらいなのだから魔獣の親玉、もしくは新たな魔人ぐらい討伐してほしいものだねぇ」
「もしかしたら、あの戦争もグノシス王と五英雄と魔人側のマッチポンプなんじゃないのか?」
何もしていない人間が頑張っている人間を好き勝手に言うのはいつの時代も同じようだ。カーラン家の息がかかっている者達が5人にギリギリ聞こえるような声量でコソコソ話をしているのが見ていて凄く腹立たしい。しかし、5人はそんな言葉に反応せず無視している。
比較的気の弱いシルフィは少し堪えているように見える。似た類の虐めを村で受けてきたディザールはもっと敏感になっていて大変なのでは? と心配になったが、それは杞憂だった。ディザールは強がりではなく、迷いのない心からの言葉で4人を励ます。
「多くの人間が集まれば必ず敵になる人間と味方になる人間がいるものさ。それが全員敵になるようなら自分を省みなきゃいけない。だけど、僕達には多くの民衆とローラン家が味方している。あんな言葉は防ぎようのない雑音と思っておこう」
ペッコ村で暮らしていた時のディザールは村長とグラドとシルフィぐらいしか心を許せる人がいなかったから苦しかったはずだ。でも、今はイグノーラのほとんどの人間が自分の味方だから心を強く保てているようだ。
後にアスタロトになることを考えると気が重くなるが、逆に考えればアスタロトにも光り輝く時代があったんだと知ることが出来たわけだ。対話で分かり合う為の材料になるのでは? と思えてくる、気に留めておこう。
※
逞しくなったディザール達は、その後も順調に仕事を続けていると、ある日の朝、5人の元へ1人の兵士が慌てた様子で駆けこんできた。兵士は乱れた息を整えて伝令する。
「ご、ご報告です! イグノーラから100キード真東にある森林地帯で魔人を発見したとの知らせがありました。皆さまはすぐに兵を率いて捜索・討伐に赴いてほしいとのことです!」
この歴史は俺の知らない歴史だ。もしかしたら兵士の言っている魔人が2番目に現れたというディアボロスより強い『青の魔人』なのだろうか? 俺の認識では青の魔人もイグノーラへ直接来ていた気がするのだが……。
グラドは鞘を腰にかけると、直ぐに全員へ指示を出す。
「聞いての通りだ! みんな、直ぐに戦いの準備を整えつつ兵団へ伝達するんだ。中々遠い位置にいるから見失う恐れもある。各自集中して目を凝らしながら急いで東へ走るんだ」
10分とかからず準備を整えたイグノーラ兵団は何千人もの兵士を引き連れ、360度目を凝らしながら森林地帯への道を進む。針の隙間もない程に念入りに、それでいてスピーディーに探索を続けた兵団の先頭部隊は2時間後、森林地帯の中心地へ到達していた。
先頭部隊の指揮を執っていたグラドは全員へ指示をだす。
「森林地帯は木々が多いから当然隠れやすい。全員隈なく探すんだ。そして、森から不審な影が出ていないかもチェックするように。魔人発見の報告をくれた者と情報を擦り合わせながら、知恵を働かせて捜索するように!」
※
強く念を押したグラドを主軸に圧倒的なマンパワーで捜索を続けていた一行だったが、長時間の探索を以てしても魔人は見つからなかったようだ。
元々、発見報告があった場所が遠かったから移動の間に北か東か南のどこかへ逃げられてしまったのでは? と思えてくる。それと同時に俺は1つ違和感を覚えた。
その違和感は失敗した探索任務の映像をわざわざ記憶の水晶で見せているという点だ。この出来事がきっと後々何か影響してくるのでは? と予想していたら皮肉なことに現実のものとなってしまう。
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探索を終えてイグノーラ城へ帰ってきたグラド達は城内に漂う不穏な空気を感じ取っていた。探索に出ていた兵が多い事を差し引いても城内が静かすぎるうえに異様に灯りが少ない。それに加えて謁見の間の近くにあるカーペットが土の付いた靴で走ったかのように汚れているのだ。
グラド達は武器を構え、慎重に歩みを進めて謁見の間に繋がる扉をゆっくりと開いた。1番最初に中を確認したグラドは謁見の間に広がる光景を前にし、手に持った剣を落として震える声で呟く。
「み、みんな、落ち着いて聞いてくれ。グ、グノシス王が殺されてる……」