魔人ディアボロス率いる魔獣群との戦争から一夜明け、イグノーラは勝利の宴で盛り上がっていた。民衆の大歓声は映像を見ている俺達すら耳を塞ぎたくなるほどのボリュームだ。ザキールに勝った日のことを鮮明に思い出す。
あまりに嬉しかったのかグノシス王は王族だというのに上裸でグラド達と踊っていて、民衆もそれを見て笑っている。王と民衆の距離が近いからこそできる宴の形なのかもしれない。
そんな宴はいつまで経っても収まる様子がなく、むしろ加速していくばかりだ。しまいには民衆の誰かが「五英雄の爆誕だぁぁ!」と叫び出して、五英雄のコールが止まらなくなっていた。
もしかしたら五英雄という呼び名は宴の席で出来たものなのかもしれない。そう考えるとお堅い称号ではなかったのか? と笑えてくる。
グラド達も王様も民衆も、そして記憶の水晶を見ている俺達も幸せな気分に浸っていたが、その状況でも大臣達一部のカーラン家の者だけは宴の席を渋い顔で見つめている。
いくらライバル関係とはいえ、国の大勝利ぐらい笑顔で祝ってほしいものだ。過去に行って説教してやりたいぐらいだ。
※
全員が喜んでいる訳ではないが、それでもイグノーラの宴は大いに盛り上がり、ようやく落ち着いた翌日の昼、グラド達は報告の為に謁見の間を訪れた。
グノシス王は昨晩呑み過ぎた影響で顔色が悪いものの、頑張って王様っぽく振舞っている。
「5人とも魔人ディアボロスとの戦闘、まことに大儀であった。お前達は民衆から五英雄と呼ばれる程の活躍をおさめ、我が国にとってかけがえのない存在となってくれた。五英雄には何か大きな褒美を与えたいと思っているが、希望はあるか……イタタ、頭が……」
言葉の最後で素を出してしまったグノシス王に対し、グラドが笑いながら言葉を返す。
「ハハッ、無理はしないでくださいね、グノシス王。褒美の話は出てくるかもしれないと思って俺達は事前に話し合ってきましたが、特に望むものはありません。強いて言えば帝国の船員達を無事帰してやってほしいことぐらいですね。それより俺達は王様にお伝えしたい情報があるのです。それは魔人ディアボロスが残した言葉です、奴は死の直前に――――」
グラドは
グラドの報告を聞いていたカーラン家の大臣は「まるで5人が魔獣を呼び寄せているようですな」と嫌味を吐いてきたが、グノシス王も5人も無視して、今後のことを考えていた。
情報を1つ1つ噛みしめながら分析していたグノシス王は自分なりの推測を5人へ伝える。
「強いボス的存在がイグノーラ付近にいて呼び寄せているのかもしれないな。もしくは魔獣を引き寄せる呪われたアーティファクトのような物が存在し、南からイグノーラへ移動した可能性もあるか。ワシにはその程度の推測しかできぬ。ディザールはどう考えておるのだ?」
「僕も同じ推測をしていました。もしグノシス王の分析を軸に調査するならとにかく必要なのは人手と戦力です。ボス魔獣のような存在がいたら戦わないといけないですし、また魔人が現れる可能性も0ではありません。兵士やハンター以外の者からも戦闘で役立つ人材がいるかもしれません。国を挙げてスキル鑑定を実施することを提案させていただきます」
未来を生きる俺達はグラドがスキル鑑定をされたことで悲劇が始まったことを知っている。だからディザールの言葉に悪気が無いのは分かっていても胸が痛くなる。
そんなディザールの提案を感心しながら聞き入れたグノシス王は早速、全員に指示を出す。
「ディザールの言う通りに動くのが良さそうじゃな。しばらくはその方向で行くとしよう。それと申し訳ないが、皆には出来るだけ早く事を進めて欲しいと思っておる。何故ならシリウスとリーファが近々帰ってしまうからな。2人にはすっきりとした気持ちで帰って欲しいと思っている」
仲間想いのグノシス王らしい気遣いだ。しかし、リーファとシリウスは互いの目を見て頷き合い、シリウスが王に言葉を返す。
「お心遣いありがとうございます。ですが、色々と話し合った結果、僕とリーファはもう少しイグノーラに留まろうと考えています。元々、僕とリーファの目的の為に死の海を越えてきた訳ですが、リーファの目的であるギテシンは既に採取できております。なので、ギテシンは僕の部下に運んでもらう事にして、僕とリーファは納得いくまでイグノーラに残って仕事をしたいと思っています」
「なんと……そう言ってくれるのはとてもありがたいが、帰りの船はどうするつもりだ? 一隻だけ残して他の船は帰るつもりか? 一隻だけで渡り切ろうとすれば大変な航海になると思うぞ?」
「グノシス王の言う通り、複数の船で連携しながら進んだ方が安全であることは承知しております。ですが、我々帝国の船員は優秀です、きっと一隻だけでも死の海を北上することが出来るはずです」
「帝国船団の代表であるシリウスに言われては口出すのも野暮かもしれぬな。分かった、ではお言葉に甘えるとしよう。これからもよろしく頼むぞ2人とも。それと、これは国営には関係ない話だがシリウスに聞いておきたいことがある。シリウスは大陸南で自身の目的を果たすことはできたのか?」
「……いえ、僕の目的は複数ありますので、正直まだ3割程度しか達成できていません。ですが、長い期間をかけて成し遂げるつもりなので、ご心配には及びません」
「そうか、お主が大丈夫だと言うなら大丈夫なのだろう。それと最後にもう1つだけ質問させてくれ。シリウスの目的とは一体何なのだ? 答えたくなければ答えなくてもよいが……」
正直それは俺も気になっていたことだ。シリウスは仲間達にもイグノーラ民にもかなり心を許しているようだが、旅の目的に関してだけは一言も聞いたことがない。
シリウスはしばらく言葉を考えた後、申し訳なさそうに答えを返す。
「詳しくは言えないのですが、我が帝国リングウォルドは政治的な意味でも組織的な意味でも腐敗しているところがありましてね。常々一石を投じたいと思っていたのですが、ずっときっかけを掴めずにいました。そんな時に帝国の書庫で『大陸南に存在する秘宝』について書かれた古文書を見つけました。僕の旅は秘宝を見つける事、そして見聞を広めるのが目的です」
「腐敗の詳細と秘宝とやらがどういったものなのか気になるところではあるが、シリウスはその点を伏せておきたいのだろう? 追及するのはやめておこう。ワシはシリウスを信頼しておるし、シリウスもワシを信用してくれていることは分かっておる。だからこそ、ここまで情報を明かしてくれたのだろうからな。そうでなければ他にいくらでも誤魔化しようがあったはずじゃ」
「ありがとうございます、グノシス王。秘宝を見つけた際には1度お見せに参りますし、我が国の内情についても、もう少し話したいと思います」
残念ながらシリウスの目的は細かいところまでは分からなかったが、優秀なうえに現代でも俺達に協力的なシリウスのことだからきっと大丈夫だったのだろう。後でシリウスに尋ねてみよう。
その後も5人とグノシス王は今後のことを話し合って解散となった。もし歴史を全く知らなければ彼等はこの先もきっと上手くやっていくと思えるのだろう。だが、これから先のイグノーラは第2の魔人に襲われることとなり、グラドが魔獣寄せ持っていることも発覚してしまうはずだ。
この先を見るのが恐くてたまらないが、そんな事などお構いなしに記憶の水晶は次々と過去のページを捲っていく。