目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第268話 魔人族にとってのチャンス




「人間たちと一緒に暮らす……か。どこまでもお人好しで反吐が出る。私はお前達と手を取り合うつもりはない……。だが、馬鹿なグラドに免じて少しだけ我々魔人の話をしてやろう」


 真っすぐなグラドに心を打たれたのかディアボロスの顔から邪気が消え、おもむろに魔人についての話を始めた。


「人間のほとんどが今日まで魔人という存在すら知らなかったと思うが、知らないのも無理はない。そもそも現代に魔人は数える程しか残っていないのだからな。圧倒的な力を持つ魔人が何故これほどまでに数を減らし、こそこそと暮らしているのか、賢者と名高いディザールには想像がつくのではないか?」


 ディアボロスから話を振られたディザールは少し考えた後、持論を語る。


「大昔の時点で人間の数が増えて住む場所が無くなり、魔人の数を減らしたのではないか? もしくは別大陸から少数の魔人だけがモンストル大陸へ移住してきた可能性もありそうだな。羽があれば死の海だろうが外海だろうが越えられるだろうしな」


「我々魔人族もそのどちらか、もしくは両方と考えている。人間より魔人の方が長命とはいえ、それでも数千年レベルの歴史を記すものはほとんど残っていないし、私もよく分かっていない。だが、数千年前は魔人族が大陸内で猛威を振るっていたという話も聞いたことがある。私はそれがとても羨ましかった」


「羨ましい? 誇らしいじゃなくてか?」


 グラドが問いかけると、ディアボロスは自身のこぶしを見つめながらやるせない表情で語る。


「誇らしい気持ちもあるが、羨ましい気持ちの方が強かったな。現代の魔人族はとにかく人間に見つからないようにコソコソと暮らしていて、再起を図ろうとする者などほぼいない。あいつらは怠惰で臆病者なのだ。人間と戦うか、それが恐いならせめて大陸の外に出る方法を模索してほしいものなのだがな。グラドだってそう思うだろう?」


「……まぁ、俺がディアボロスと同じ立場なら滅びを受け入れるつもりはないな。どうにかして大陸の外に出ようと考えるだろう。それすら諦めているのもきっと何かしら理由があるんじゃないか?」


「……そうかもしれないな、負けた今となってはどうでもいいが。あぁ、あっけない最期だったな。生きている内に少しでもいいから魔人が支配するモンストル大陸を見てみたかった……。百年以上生きてきて、ようやくチャンスが舞い降りたと思っていたのだがな」


「チャンス? それはどういうことだ?」


 チャンスという意味深な言葉が引っ掛かったグラドはディアボロスに聞き返す。するとディアボロスはイグノーラを指差しながら言葉の意味を教えてくれた。


「魔人族には死の扇動クーレオンという先天スキルがあってな。このスキルは多くの魔獣に指令を送り、特定の相手や場所を襲わせることができるのだ。だが、命令が複雑になるほど1度に操れる魔獣の数が減ってしまい、今回の戦争のような使役はできなくなるのだ」


「……つまり、今回はイグノーラを襲わせる命令を送りやすくなるような『何か』があったって事か?」


「その通りだ。ちょうど半年ほど前からイグノーラの街全体がまるでヘイト魔術を纏っているかのような状態になっていてな。それ故に死の扇動クーレオンで魔獣を煽るのが簡単になったのだ。その状態がなければ今回の戦争で動かせる魔獣の数は恐らく1割以下になっていただろう」


 ディアボロスはザキールが言っていた死の扇動クーレオンの説明とほぼ同じことを言っている。どうやらこの頃には既にグラドが魔獣寄せを発現していたようだ。


 だが、当然この頃のグラドは魔獣寄せが自身に発現していることなんて知らないからディアボロスの言葉に困惑しているようだ。グラドはこの状況をもっと分析したいと思ったようで、ディアボロスに再び質問する。


「そのヘイト状態とやらの中心点は分からないのか? それとイグノーラ以外にヘイト状態になっている場所はなかったか? 教えてくれディアボロス」


「……確かイグノーラがヘイト状態になる前はもっと南の方の地域――――カリギュラの北西にある森林地帯あたりが魔獣を呼び寄せていたな。その時はまだ呼び寄せる力は弱かったが、徐々に強まっていたところで急に北へ移ったのだ」


「まさに故郷のペッコ村方面じゃないか。確かにあの辺りは異様に魔獣が多かったが……まるで俺達の移動に合わせているみたいじゃないか、どういうことだ?」


「私に聞かれても困る。まぁお前らは戦いの呪いにでもかかっているのかもしれないな。きっと一生魔獣に襲われ続ける宿命なんだろうよ、ハッハッハ!」


 ディアボロスはざまあみろと言わんばかりに笑っているが、未来を知っている俺からしたら最悪の皮肉だ。5人が得られた情報に困惑していると、ディアボロスが大きな溜息を吐いて、右手を自分の胸に当てた。


「私に勝ったお前らに与えてやる情報はここまでだ。これからお前らが魔人族を探して皆殺しにしようが、他の魔人が戦争を仕掛けようが知ったことではない。私はお前らも同胞も大嫌いだ。人間と魔人族が醜く殺し合う未来を死後の世界から祈っていよう。さらばだ」


 ディアボロスは言いたいことを言い切ると胸に当てた右手に灼熱の魔力を込めて、自らの体を燃やしてしまった。放出された高密度の魔力とは対照的に胴体にほとんど防御魔力を纏っていなかったディアボロスは鎮火する暇もなく、あっという間に灰になってしまう。


 地面に残った灰を掬いあげたグラドはしばらく俯いていた。こんな時になんて言えばいいのか分からず固まっているのだろう。そんなグラドの肩にディザールが手を当てると、まるでいつものグラドを真似るように前向きな言葉を掛ける。


「すっきりしない最期だったが、僕達はイグノーラを守り切り、魔人に勝ったんだ。分からないことだらけだが、逆に言えば自分達が無知だと知れたんだ。前向きにとらえて胸を張って報告に戻ろう、グラド」


「ああ、そうだな……」


 本来なら1番落ち込んでいてもおかしくないディザールが背中を押している。その事で逆にグラドはしっかりしなければ! とスイッチが入ったようだ。グラド達は魔人ディアボロスの灰を墓へ埋める為に袋へ入れ、イグノーラへと戻っていった。





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?