「淀みに淀んだ素晴らしい魔力だ。君がディザールだな」
ディザールが慌てて振り返ると、空に青色の肌をした魔人が浮かんでいた。ザキールに少し似ている青の魔人は歴史書に書かれていた2番目にイグノーラを襲った魔人の人相書きにも似ている。
急な魔人の出現に兵は硬直し、ディザールは杖を構えている。だが、青の魔人は戦闘態勢に入らず隙だらけの落ち着いた様子で話を続ける。
「まぁ待っておくれ、私はディザールを攻撃するつもりはない。私はディアボロスほど好戦的ではないからね」
やはり魔人というだけあってディアボロスやザキールと同じく人の言葉を話すようだ。物腰穏やかではあるが、どこか不気味さと狂気を感じる。青の魔人を全力で警戒するディザールは杖に魔力を込めて問いかける。
「お前がどんな魔人だろうと関係ない。人里に姿を現わす魔人は全て悪だ。僕がここで殺してやるよ!」
「話が通じない奴だなぁ、これではどっちが人間か分からないよ。これは1度戦力差を味わってもらった方が話を聞いてもらえそうだな。よし、私に全力の魔術を放ってきなよディザール」
青の魔人は自分の中で何かを結論付けると地面に降り、その場で胡坐をかいて両手を広げた。肉体に魔力を強く纏っているものの、かなり隙だらけで避ける気なんてさらさらないと言わんばかりの態勢だ。
傲慢ともまた違う、まるで師匠が弟子の力をテストするかのような振る舞いに苛立つディザール。青の魔人の挑発に乗ったディザールは杖に全開の魔術を込める。
「だったらお望み通り最大火力を味合わせてやる……吹き飛べ! ブラック・テンペスト!」
ディザールは杖の先端から凄まじい風速の竜巻と闇のエネルギーを放出する。風属性と闇属性の合成魔術だ。恐らく風で物理的にダメージを与えて、闇のエネルギーで対象の魔量や耐久力を削るタイプの技で火力と能力低下効果を混ぜ合わせたものだろう。
2属性をこれほどまで高水準で同時に行使できる魔術師は見た事がない。ディザールが五英雄や賢者と呼ばれるのも納得だ。
青の魔人が座っていた場所はあっという間に暴風に削られ、闇に飲み込まれてしまう。余裕ぶっていた青の魔人が死んでしまったのではないかと被弾地点を見つめていると晴れてきた闇の中から微笑を浮かべた青の魔人が姿を現わした。青の魔人は削れた地面の上で何もなかったかのように変わらず胡坐をかいている。
あれだけの魔術を受けて平然としている青の魔人。手が震えだすディザールに対し、青の魔人は拍手を贈って褒めたたえる。
「いやはや、人間が放ったとは思えない素晴らしい魔術だったよ。おかげで体中がヒリヒリして痛いよ。これだけの強さがあれば十分だ。合格だよ、ディザール」
「なっ……ヒリヒリだと? 僕の全力を真正面から受けたというのに? ディアボロスより遥かに強いじゃないか、化け物かお前は……」
「別にこれくらいの強さならディザールでもすぐに到達できるさ、私についてこればね。どうだい? 私と一緒にモンストル大陸を使って遊ばないか? そうすれば強さが手に入るかもよ?」
「モンストル大陸を使って遊ぶ? お前は何を言っているんだ? そもそもお前の目的はなんだ? さっきはどうやって攻撃を防いだんだ? スキルか何かか?」
「質問は1つに絞って欲しいところだけど、とりあえず最後の質問に答えよう。君は全力の魔術を真正面から防御されたから『スキルで防がれた』と思いたいようだね。だが残念ながら間違っている。私はスキルなんか使っていない。単純に君と私とでは肉体と魔力の強さが違い過ぎるんだ、それを今から証明してあげよう」
青の魔人は呟くと、手のひらを上に向けて地属性魔術で小石を数粒出現させた。あれは確か地属性魔術の中でも初歩の初歩『ペボル・ブラスト』と呼ばれる小粒の石を飛ばす魔術だ。
しかし、初歩の魔術とは思えない程に小石1つ1つに高密度の魔力が込められている。青の魔人はそれを一斉に全方位へ放出してみせた。
「邪魔な外野には消えてもらおう。散れ、ペボル・ブラスト!」
次の瞬間、初速から最高速度かと思わされる勢いで小石がディザール達を襲う。
「ぐあああぁぁっっ!」
「うごああぁぁっ!」
「うぐっ! デ、ディザール様、お、お逃げくださ……い」
監視の兵士達のうめき声が一斉にあがった。
手練れであるディザールは何とか防げたものの、監視の兵士達にはとてもじゃないが防げるものではなかった。無残にも兵士達は全員ペボル・ブラストで心臓を貫かれてしまい、その場で倒れてしまう。
現代のアスタロトを思わせる圧倒的な魔力である。威力の出ない初級魔術で全ての兵士の心臓を寸分狂わず貫くなんて強さが桁違い過ぎる。
驚きのあまり声を失うディザールとは対称的に青の魔人は淡々と語り掛ける。
「魔人である私が人間をスカウトした事実を外野に知られたらまずいからね、兵士たちには死んでもらう事にしたよ。もちろんディザールも私の誘いを蹴るなら死んでもらう事になる。まぁ君なら脅しなんか使わなくても誘いに乗ってくれそうだけどね」
「な、何だと? 僕が人間を裏切ると言いたいのか? ふざけるな!」
震える声で否定するディザールを青の魔人は鼻で笑う。青の魔人はゆっくりとディザールへ近づくと肩に手を当て、囁くように誘いの言葉をかける。
「自分の心に嘘をつくのはよくないよ。君は既に魔人の力に惹かれ始めているはずだ、顔にそう書いてあるよ。まぁ仮にディザールが私に付いてこないと断言しても私には確実に勧誘できる手札があるのだけどね」