「自分の心に嘘をつくのはよくないよ。君は既に魔人の力に惹かれ始めているはずだ、顔にそう書いてあるよ。まぁ仮にディザールが私に付いてこないと断言しても私には確実に勧誘できる手札があるのだけどね」
「利点だと? どんなことを言われようが僕は付いていくつもりはないぞ!」
この時のディザールの本心はどっちなのか分からない。だが、少なくとも言葉の上では強く言い切っている。ディザールの肩に手を置いて囁いていた青の魔人は肩から手を離すと、今度は自分の手のひらを空へと向けた。
「利点その1 圧倒的な強さ――――それを今からお見せしよう。これを見たら君はこの場から逃げられるなんて思わないだろうし、一層私に強い憧れを抱くはずだ」
そう呟くと青の魔人は手のひらから火族魔術なのか光属性魔術なのか判別できない極太のエネルギーを真上に放った。すると上空を覆っていた暗雲がまるで隕石でも降ってきたかのように全方位へ散り、周囲一帯は雲一つない晴天と化した。
こんな状況でなければとても綺麗な空だと感動できるところだが、強引に天候すら変えてしまう程の魔力を持つ青の魔人が作り出した景色だ。明るい空も暗く見えてしまうぐらい絶望的だ。
青の魔人に降り注ぐ太陽の光はもはや神々しさすら感じるほどだ。力を見せつけた青の魔人は悪戯な笑みをディザールに向ける。
「フフフ、恐がらせてしまったなら申し訳ない。これで君には勝ち目も無ければ逃げる手もないと分かってもらえたと思う。そんな君に朗報あらため利点その2を伝えよう。それは力の付与だ。君が私に付いてくると言えば数日後には私に近い強さを手に入れられると約束しよう」
「数日後だと? ふざけるな! 魔力も魔量もたゆまぬ努力と長い年月によって得られるものだ。それを数日で手に入れられるはずがないだろ。魔人みたいに寿命が長くて魔力適性の高い種族だからこそ圧倒的な力を手に入れられたはずだ。悔しいが今の僕にはお前と張り合う資格は無い」
「ディザールの言っている事は概ね正しいよ。だが、それは『普通や平凡』にカテゴライズされた者の限界だ。私の『サラスヴァ計画』に乗れば人間という矮小な枠を打ち破ることが出来る」
「そのサラスヴァ計画とやらで何をしようとしているのかは分からないが、力を得られたとしても人間でいられなくなったら意味がない。僕はお前の誘いに乗らないぞ、殺したければ殺すがいい……」
「う~ん、思ったより頑固だなぁ。だがサラスヴァ計画に関しては今ここで説明するのは難しい。だからひとまず置いておこう。とりあえず誘いに乗りさえすれば直ぐに力を得られるとだけ覚えておいてくれ。それよりも1番聞いてほしい利点は次だ。利点その3 君は魔人と人間の力を両方手に入れられて、両方の姿を手に入れられる……だ。どうだい? とても大きなメリットだろう? これで君は五英雄ディザールとは別の姿で復讐を果たす事ができる」
「姿を変えられるのは理解できたが、復讐とはどういうことだ? お前は僕の何を知っているんだ?」
傍から見ている俺も青の魔人が発した言葉が気になった。辛い人生を歩んできたディザールなら村でもイグノーラでも恨みを持っている相手はいるだろうが、それを青の魔人が理解しているとしたら不気味だ。
ディザールの問いに対してどのように返すのか固唾を呑んで見守っていると、青の魔人は手に粒状の光の魔力を溜めて、周囲にばら撒いた。すると光の粒は人の形となり、30人を超える光る人間が2人を囲んだ。
光属性魔術の中には囮や牽制の為に実体のない偽物の人間を作り出す魔術があるにはある。だが、青の魔人が放った魔術は本物の人間と見間違えそうなほどに良く出来ているうえに数が多い。
それだけでも充分に驚きだが、1番驚いたのは光の粒が作り出した面々だ。俺はほとんどの人間を知らないけれど、中にはペッコ村のカッツやコルピ王やカーラン家の人間がいるのだ。
青の魔人は光で作られたカッツ達を指差しながら邪悪な笑みを浮かべて囁く。
「ディザールにとってこいつらはとても憎いだろう? この中には君にとって大切な友人であるグノシスを殺したコルピ王がいる。それに取り巻きであるカーラン家の人間やディザールを殺そうとしたカッツだっている。他にも、目が見えないことをいいことに物を隠したり、水をかけて虐めてきた村人もいれば五英雄と呼ばれる君を嫉んで無視したり、食事に毒を入れたりしてきた兵団の人間だっている。こいつらを殺せたらさぞ気持ちいいと思わないかい?」
「……殺したいと思ったことは何度もあるさ……だが、1度殺しに手を染めてしまったら後戻りできなくなる。カッツの時もリーファが止めてくれたから堪える事が出来たんだ」
「その大事な大事なリーファも今はグラドに付きっきりなのだろう? 絵に描いたような聖人かと思った彼女も結局は自分の想いを優先して動いてしまった。人間なんてそんなもんさ、所詮は本能で動く生き物だ。だったらディザールも本能で動けばいい。君が魔人の姿で力を振るえば、人間のディザールとしての評価は下がらないし、理想の世界だって作れると思うよ?」
「理想の世界だと? まるで僕の理想を知っているかのような口ぶりだが、でたらめを言うのも大概にしろ!」
「もちろん私にはディザールの本心を100%理解する能力なんてない。だが、君は賢いけど分かりやすい人間だからね、大体予想がつくよ。今から私が言い当ててあげようじゃないか」
青の魔人は全てを見透かしているかのように自信満々に言い切り、自分の予想を語り始める。