青の魔人はディザールに対して仲間になるメリットを伝えると、今度はディザールが心の内に抱いている理想を推測して話し始めた。
「ディザール、君はとても優しくて割り切った思考のできる人間だ。だから君が私と同じぐらいの力を得たらきっとこう考える……『害のある者を間引きし、優しい人間だけの世界をつくろう』とね。手始めに君はカーラン家の人間を殺すはずだ。そしてローラン家主体のイグノーラを取り戻せたら次は死罪になるべき人間を消し始めるかな? カッツなんて格好の的だろうね」
「黙れ……もうお前は喋るな……頼む……喋らないでくれ……」
ディザールは強い口調を保てないほどに頭を抱えて心を消耗してしまう。圧倒的なパワーを見せつけられたうえにコンプレックスと古傷をえぐられているのだから無理はない。
しかし、ディザールのことなどお構いなしに青の魔人は「ほら、あいつらを見るといい」と促し、光魔術で作り出したコルピ達の方へ視線を誘導すると、指先から風の刃を飛ばし、偶像のコルピ達を切り裂いた。
光で作られた幻影だから血や声が出る事はないものの、それでも手足や首が千切れたコルピ達を見るのはキツイものがある。倒れた幻影のコルピ達を見て言葉を失うディザール。青の魔人は陰険な笑みを浮かべながら囁く。
「どうだいディザール? 幻とはいえ心がスッとしただろう? 魔人となった君自身の手でやればもっと気持ちがいいし、世の中の為にもなるんだ。最高の仕事だと思わないかい? 君がやるべき仕事は腐っている農作物を除去して他の農作物を守ることと何ら変わりないのだよ」
「…………」
もはやディザールは何も言えなくなってしまった。ディザールの表情から恐怖や怒りが消えている様子からも、この時には既に青の魔人の仲間になる決意をしていたように思える。そんなディザールへ青の魔人はダメ押しの口説き文句を呟く。
「君が魔人の力を取り込めば、人間の姿でも今までより何倍も強い力を得られる。つまり人間のディザールとしてグラドよりも遥かに強くなれるという事だ。グラドをずっと越えたいと思っていたのだろう? リーファを取られて悔しかったのだろう? あいつに認められたいのだろう? だったらもう君の選択肢は1つのはずだ」
ここでグラドとリーファの名を出してくるところが本当に狡猾だ……。ディザールは何も言葉を発さずに青の魔人を見つめている。青の魔人は小さく頷くと懐から針の様な物を取り出して言った。
「その眼を見る限り、答えはイエスのようだね。やっぱり私の見立てに間違いはなかった。君ほど綺麗で淀んだ魔力を持っている者は見た事がないからね。これから君には数日に分けて私と同じ力を取り込んでいってもらうのだけれど、まずは最初の1回だ。私が手に持っている針を君の腕に刺させてもらうよ」
そう告げると青の魔人は先端が緑に光っている針をディザールの腕に刺した。すると、ディザールの体から濁流のように魔力が溢れ出し、目の色が黒から青、青から黒と交互に変色し、肌の色も同じように青になったり元に戻ったりと激しく変異している。
溢れ出る魔力はディザール本人のものもあれば全く別の魔力も混じっている。まさしく力を取り込んだと言っていい様相だ。力を取り込んだ当のディザールは頭を抱えて膝から崩れ落ち、うめき声をあげながら苦しんでいる。
「ぐあああぁぁっっ! あ、頭がぁぁ!」
記憶を刺激された時のリリスとは比較にならない程にディザールは苦しんでいる。自分の中に別のものを取り込むことはそれだけ大変な事なんだ、と2人の頭痛を見てきて実感させられる。
呻き声をあげ続けること1分、突然ディザールは叫びを止めた。顔からは一切苦痛は感じられず、肉体も顔もディザールとザキールを足して割った様な半人半魔人へと変貌していてディザール本人も驚いている。
「い、痛みが急に消えたぞ? それに声も低くなっている。僕は魔人化の第一段階を終えたのか?」
「その通りだよ。まだ第一段階だけど、この時点で君は遥かにパワーアップしているはずだ。それを今から実感させてあげよう」
そう呟くと青の魔人は拳に魔力を込め始めた。見ているだけで鳥肌が立つほどの高密度の魔力は一撃喰らうだけで死んでしまうレベルに強力だ。だが、ディザールは焦っておらず冷静に自身も手に魔力を込めて迎撃の準備を整える。
そして、青の魔人とディザールは同時に正拳を繰り出す。高密度の魔力を纏った両者の拳は凄まじい空気振動を生み出し、両者の足元と後方の土を大きく吹き飛ばす。
全力の俺とザキールがぶつかっても、これほどの衝撃は生み出さないだろう。まだ完全ではないにもかかわらずディザールがとんでもない強さを手にしたことが伺える。
ディザールは自分の拳を見つめると「これが新しい力か……」と感情を抑えた声で呟いた。
一方、青の魔人は衝撃波の規模を確認しながら満足そうに呟く。
「うんうん、上出来だ。これなら私を超える日も遠くなさそうだ。私の『サラスヴァ計画』も順調に進みそうだ」
「これで僕は後戻りが出来なくなったわけだな。魔人よ、教えてくれ。僕はこれからお前についていって何をやらされるんだ? 世界征服……いや、人類殲滅の手伝いでもさせられるのか?」
「それも悪くないけど私の目的はもっと個人的で小さいものだよ。さっきも言ったけど私には『サラスヴァ計画』という目標がある。それが何なのかを説明する為にも、まずは私の研究所、いや、アジトへ招待しよう。新しく得た魔人の力で羽を作り出し、私の後をついてくるといい」
「羽を作るだと?」
動揺していたディザールだったが取り込んだ力の影響なのか、それとも本能的に青の魔人が言っていたことが理解できたのかアスタロトの時と同じように魔力の羽を瞬時に作り出す事に成功する。
「ふむ、飲み込みの早さも大したものだ、流石は賢者と呼ばれるだけのことはある。では、いくよ!」
2人は目にも止まらぬスピードで空を駆け、死の山の方へと飛んでいってしまった。