「……私はディザールという男が選ぶ行動を見届けたいだけさ。さぁ、君はどちらを選ぶ? 人類の未来の為に私を消しておくか。それとも甘ちゃんのグラドと同じ不殺を貫くか?」
クローズは自身がボロボロになっているにも関わらず、ディザールを追い詰めるように2択を問いかける。
ディザールは手を震わせ、眉間に深い皺を刻みながら唸り続けている。そんなディザールを見つめていたクローズは鼻で笑い揶揄っている。
俺にはクローズの行動がただの挑発なのか、それともディザールに決意を促す為の誘導なのか分からない。だが、クローズの挑発的な笑みに対してディザールは苛立つ様子は見せていない。
むしろ、深呼吸をして冷静になっている様にも見える。ディザールは覚悟を決めたのかゆっくりと目を閉じると、手のひらに魔力を込めて礼を述べる。
「クローズ、お前は悪人だし好きなところなんて1つもないが、腐っていた僕に力と歩みを与えてくれたことだけは感謝する……。まぁ、歩みと言っても黒への道だがな。お前の研究を上手く引き継げるかどうかは分からないが、この命が尽きるまでやれるだけのことはやってやる。あの世でまた会おう」
そう宣言したディザールは渾身の魔力をクローズへ解き放つ。強大なエネルギーは地面に円柱状の穴を開け、大気を揺らし、土煙をあげた。
遂にディザールは黒の覚悟を得てしまった。土煙で見えないから今のディザールの表情を想像してしまって辛くなる。
だけど、俺達は現代にワンが……クローズが生きている事を知っている。奴がこの状況をどうやって生き延びたのだろうかと考えていると土煙が晴れたことで答えを知ることができた。なんとクローズが空中に浮かんで被弾を避けていたのだ。
クローズは満面の笑みに拍手を合わせて語り始める。
「おめでとうディザール。引き金を引いた君は今この瞬間、黒側へと進化した。私がスキルによって窮地を脱したから実際に命を殺めた訳ではない……が、意思を持って殺めようとした経歴が君の心に残った訳だ」
「ク、クローズ、生きてきたのか! 僕は全力を込めて確実にお前を殺したはずだ……。お前は今まで手を抜いていたのか? お前のスキルとは一体何なんだ?」
「さっきも言った通り強さはディザールの方が上だよ。だけど、私のもう1つのスキルは汎用性が高くてね、多少小賢しい真似が出来るというだけさ。私は君がどういう選択をとるのか見てみたくて一芝居打たせてもらったわけさ」
「ク、クソったれ! お前はここまで僕を愚弄して何がしたいんだ? お前の最終目的は一体何なんだ?」
血が出そうな程に拳を握りしめ、歯を食いしばっているディザールとは対照的にクローズはニヤつきながらイグノーラの方を指差す。
「私の最終目的? そんなもの変わらずサラスヴァ計画の達成と真の友達を作ることだよ。そして、ディザールの心を揺さぶったのだって君の事が嫌いだからじゃない。君には義理とか義務とか常識とか全部取っ払って、ありのままをさらけ出せる存在になって欲しいのさ。そうすれば私達はもっと仲良くなれる。その為の準備として私は今からイグノーラに行ってくるよ」
「お前は何を言ってるんだ? それにイグノーラに行く事がどうして僕と仲良くなることに繋がるんだ?」
「さあ? 何でだろうね? 答えが知りたければついてきなよ。その時、君はもう1つ上のステージに行けるはずだ」
クローズは詳細を語らないまま、全身を隠すようにローブを被り、凄まじいスピードでイグノーラへ飛んでいってしまった。
さっきまで激しい戦いを繰り広げ、消耗していたはずなのに飛行スピードがそれを感じさせない。まるで本気を出していなかったかのようだ。クローズの動きも気になるところだが、俺が1番気になったのは大きなローブを着ていた事だ。
あれは恐らく魔人の姿を隠すために着ているのだと思うが、魔人であることを隠すということは人のフリをして誰かに近づくことを意味する。
ディザールもそれは分かっているようで疲れた体に鞭を打ち、空を駆けるクローズの後ろを懸命に追いかけた。だが、何故か肉体面で劣るクローズの方が空を飛ぶスピードが速く、徐々に2人の距離が開いていく。
ディザールがイグノーラ上空に着いた頃にはクローズの姿はなく、ディザールは空からイグノーラを眺めてクローズを探していた。
「クソッ! クローズは何処に行ったんだ。ついてこいと言いながら逃げるように飛んでいきやがって……」
ディザールは拳と拳をぶつけながら苛立っている。気がつけば俺も過去の映像だという事を忘れてクローズを探し続けていた。すると城の会議室の辺りから突然、細くて輝きの強い光線が垂直に迸った。
あれは恐らくクローズが自分の位置を知らせる為にわざと出した光だ。ディザールはクローズと同じようにローブで全身を隠してから魔人化して会議室へ突入する。そこには尻もちを付いて震えているカーラン家の人達、そしてカーラン家の人たちに魔術を放とうとしているクローズの姿があった。
「ちゃんと光の目印に気付いてくれたみたいだね、我が友よ。これから私はこいつらを殺そうと思うのだけど、よかったら君も一緒にどうだい?」