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第289話 本当の友達




「ちゃんと光の目印に気付いてくれたみたいだね、我が友よ。これから私はこいつらを殺そうと思うのだけど、よかったら君も一緒にどうだい?」


 クローズはディザールの名前を出さないように配慮しつつも、とんでもない誘いをかけてきた。あまりに突拍子もない出来事に言葉を失っていたディザールだったが、何とか平静を取り戻して真意を尋ねる。


「どうしてお前がカーラン家の人間を殺すんだ? カーラン家に恨みなんかないだろ?」


「そうだね、恨みはないよ。だけど邪魔ではあるんだよね。君も知っての通りサラスヴァ計画には争いを誘発して進化を促す目的がある。いつの時代も戦争こそが技術や知恵を発展させてきたからね。だが、戦争にも最低限品位がなければならない。カーラン家にはそれがないのさ」


「戦争に品位? 何を言っているんだ?」


「戦争ってのは自分が正しいと思っている者同士がぶつかり合うものなんだよ。正しいことを成し遂げる為だから『犠牲はやむを得ない』とか『卑劣な手段を使わざるを得ない』とかね。だけどカーラン家は嫉妬心や私欲を満たす為だけにローラン家を攻撃するような連中だからね、そんな奴らに進化は望めないよ」


 クローズはカーラン家のことをよく分かっているような口ぶりだ。だが何故今、このタイミングで殺しに来たのかが分からない。


 クローズを前にして完全に逃げ切る事を諦めて震えているだけのカーラン一族をディザールは何とも言えない表情で見つめている。ディザールは少し考えこんだ後、首を横に振ってクローズに反論する。


「お前の理屈は理解したが別に殺さなくてもいいじゃないか。適当に監禁か軟禁でもしておけばいい」


 ディザールは殺し自体は否定しているものの、俺は妙な違和感を覚えた。それが何なのかは分からなかったが、クローズが突然高笑いを始め、違和感の答え合わせをするように言葉を返す。


「ハッハッハ、今の君の表情と言い方をそのまま見せてあげたいよ。今の君の言葉は全く心が入っていなかった。瞳からは殺しを止めようとする熱意を微塵も感じられなかった。もう君は殺してしまってもいいと思っているはずだ。だけど、一応止めようとしたのは頭の中にグラドの生き様がこびりついているからだろう?」


「……お前は決めつけが得意だな、勝手にしろ」


「じゃあ、勝手にさせてもらおうかな」


 そう呟くとクローズはディザールの近くで尻もちをついていたカーラン家の人間に向けて火球を放った。火球は速度こそ遅いもののとんでもない熱量を纏っており、カーラン家の人間を1人、跡形も無く消失させてしまった。


 クローズは火が城に燃え移らないように火球を消滅させると笑いながら再びディザールを刺激する。


「ほら、私の思った通りだ。放った火球と標的の位置関係なら君に守る意思さえあれば守れたはずだよ。やっぱり君は黒色に染まったようだ。救える命を放置する事は殺すことと変わらない。君はようやく私と同じステージに立った訳だ」


「…………」


「沈黙は肯定と取らせてもらうよ。さあ、僕は今から更にカーラン家の人間を殺していくよ。自分が黒色側じゃないと証明したいなら止めに入るといい」


 煽りに煽られてもディザールは微塵も動かず守ろうとはしなかった。カーラン家の人間が1人また1人と死んでいく度にディザールが今のアスタロトに近づいていくのを感じる。


 既に会議室では10人以上が殺され、辺りには死体と血が満遍なく広がっている。残るはコルピ王1人になったところでクローズは手を止め、ディザールの肩に手を回す。


「さあ、最後の仕上げは君がやるんだ。君は死の山で私を殺す意思を持ち、ここでは見殺しにする判断も出来た。黒を漆黒に染めるには自分の手で死を作り出せなきゃいけない。君は今この瞬間生まれ変わり、私と本当の友達になるんだ」


 洗脳するかのように優しくも威圧的に語り掛けるクローズ。ディザールは何も言い返さなかった……とっくに後戻りできないところまできていたようだ。


 ディザールはコルピ王に手のひらを向けると、あえて魔人の姿から人間の姿に戻って問いかける。


「黙っていて悪かったが、僕は魔人化の力を得たディザールだ。コルピ王よ、最後に言い残した事はあるか?」


「き、貴様はディザールだったのか……クソッ、最後の最後まで貴様ら5人は私に楯突くのか、平民風情のくせに……。魔人の力にまで手を染めおって! 貴様らは私にとって疫病神だった……早めに殺しておくべきだった!」


「1つ訂正しておく。魔人の力を手にしたのは僕だけだ、グラド達4人は関係ない」


「例えそうであっても私にとっては全員害虫以下の存在だ! あいつらがいなければカーラン家はもっと繁栄していた。グラドがいなければイグノーラはここまで魔獣に苦しんでいなかった! さっきは5人のことを疫病神と言ったが訂正する。ディザールとグラドはそれを超える死神だ、クソったれ!」


 コルピ王がそう吐き捨てた瞬間、会議室の空気が一瞬で冷たく重くなった。それはディザールの顔色と魔力の流れが変わったからだ。コルピ王は越えてはいけないラインを越えてしまったようだ。


 ディザールは人1人殺すには大きすぎる魔力を手に溜め、クローズですら後ずさりする程の形相で声を荒げ、魔術を解き放つ。


「何も分かっていないお前がグラドを語るなァッ! 地獄で皆に……グノシス王に謝れッ!」


 ディザールは死の山でクローズにトドメを刺そうとした時以上の膨大な魔力を解き放ち、城の地下に馬鹿デカい穴を開ける。当然コルピ王は跡形も無く消滅し、会議室に人間は1人もいなくなってしまった。


 初めて人の命を奪った感触とコルピ王への怒りでディザールの瞳孔は大きく開き、息を荒げ、汗が噴き出している。そんなディザールを見て口角を上げたクローズは拍手しながら近づいていく。


「おめでとう、これでディザールは正真正銘黒側に立ったと言えるね。どうだい? いざ殺してみればあっけないものだろう? 最初の1人さえ殺せれば、この先何千人でも何万人でも殺せるようになる。真に強い心を手に入れたのだから、これからは君の望むがままに力を振るっていくといい」


「……ああ、クローズの言う通りあっけないものだったよ。罪悪感はあるけれど、それ以上に心が晴れやかだ。こんなことなら、あの時カッツを殺しておけばよかったな」


「フフフ、学びはいつだって後悔と共にあるものさ。それに君の一生はまだまだ残っているし、合成の霧の研究が上手くいけば永遠の命も手に入る。殺したい奴がいるなら、これからじっくり殺していけばいいさ。それより、そろそろ爆音を聞きつけて他の人間がここを訪れるはずだ。ディザールはどうするつもりだい?」


「とりあえず、僕は魔人の姿になって他の人間が駆け付けてくるのを待つことにしよう。そうすることで魔人がカーラン家の人間を殺したと周知できるからな。これでもし僕が隠れてしまったらローラン家が疑われてしまうからな」


「ディザールの言う通りだね。優しいローラン家はしっかり守ってあげないと。それじゃあ私はひとまず姿を消そう。イグノーラ城真上の遥か上空で君が来るのを待っているよ、そこなら人目にはつかないからね」


 クローズは窓から一瞬で外へ出て行った。あと少ししたらディザールは人間に見つかることになる。その時、ディザールはどんな反応をするのだろうか?


 闇に落ちてしまったディザールを見るのは辛いものがある。それでも俺はディザールの敵として最後まで見届けなければならない。





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