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第290話 不可逆




 カーラン族の死体が無造作に転がる会議室でディザールは1人立ち尽くしていた。爆音を聞き、駆け付けてくる兵士達を迎える為だ。


 クローズが消えてから30秒ほど経ったところで大勢の兵士が駆け付け、その中でもリーダーと思わしき兵士が弓を構えたままディザールに命令する。


「動くな魔人! そして、質問に答えろ! お前が……カーラン家の面々を殺したのか?」


「まぁそんなところだ。僕はカーラン家の人間は存在するだけで罪だと思っているからな。権力の前に何も出来ない貴様らの代わりに消しておいてやったよ」


「ま、魔人風情が何を言っている! カーラン家がどうだの大層な事を言っているが、お前ら魔人は先の戦争で貴族・平民関係なく襲ってきたではないか!」


「一応説明しておくが、ディアボロスと僕は無関係だ。ディアボロスは人間全てを殺そうとしていたが僕はそんなことに興味はない。嫌いな奴と邪魔な奴を殺すだけだ」


「何を滅茶苦茶なことを言っているんだ……どっちも正義なく人を殺しているのだから同じではないか。皆の者、こいつの言葉に耳を傾けるな、一斉に矢を放て!」


 リーダーの言葉を皮切りに大勢の兵士が一斉にディザールへ向けて矢を放つ。しかし、ディザールは全く慌てる事なく無詠唱で竜巻魔術を発動し、難なく全ての矢を弾き飛ばす。


 格の違いを見せつけられて後ずさりする兵士たち。鼻で笑ったディザールはリーダーに質問を投げかける。


「お前達に1つ聞きたいことがある。答えてくれればカーラン家の人間以外は殺さないことを約束しよう。五英雄はそれぞれ今どこにいるんだ? 僕は少し話がしたい」


「お前が自ら出向かなくても勝手に向こうから来るはずだ。何故なら既に救援要請をかけているからな。いくら魔人といえど英雄の彼らにかかればお前は終わりだ! 観念するんだな」


「フン、強がってはいるが5人全員が来るわけではないことぐらい分かっているぞ。シリウスは旅に出て、ディザールは行方不明、グラドとリーファは魔獣寄せの為に北方で半隔離状態だろ? 来られるのはシルフィぐらいじゃないのか?」


「……魔人の癖に随分とイグノーラの内情に詳しいようだな。確かにお前の言う通りシリウスさんとディザールさんは来られないだろうな。だが、半隔離状態とはいえ緊急事態だ、グラドさん達を招集する許可は出ている。イグノーラ最強の剣士にかかればお前なんて……!」


 リーダーの男は精一杯強がって劣勢であることを隠そうとしている。部下の兵士達を不安にさせたくない気持ちもあるのだろう。そんな男の心情に敬意を払ってかディザールはそれ以上追及しなかった。


 それにしても、ディザールがグラド達に会いたがる理由は何なのだろうか? 魔人の姿で会えば仲間としては話せないし、人間の姿で会えば行方不明扱いされていたディザールが見つかったことになって騒ぎが大きくなる。これまでのことを説明するにも嘘をつかない限りは対立してしまうはずだ。


 そんな俺の疑問をよそにディザールはグラド達と会えることを確認できて満足そうだ。ディザールは会議室から離れる前に兵士に伝言を残す。


「なら僕はイグノーラ北門の辺りで待ち続ける事にしよう。グラド達は遅くても明日の夕方までには着くだろう。先に言っておくが僕はディアボロスよりもずっと強い。雑魚のお前達が手を出す事はお勧めしない、グラド達がくるまでジッとしているのだな。それまでは残りのカーラン家の人間を殺しつつ屋敷を破壊して回るとするか。では、さらばだ」


「お、おい! 待て!」


 恐ろしい言葉を吐き捨てたディザールをリーダーの男は慌てて止めようとしたが、当然掴まえられる訳もなく、一瞬でディザールは窓から外へ出て行ってしまう。


 ディザールはクローズの待つ上空へ飛んでいくと、そこには呑気に本を読んでいるクローズの姿があった。


「ん? おかえりディザール、待ちくたびれたよ。兵士達にはちゃんと魔人が襲撃したと伝わったかい?」


「ああ、問題ない。それより聞いて欲しいことがある。僕は明日、魔人の姿でグラド達と会うことにした」


「一体何が目的だい? 強くなった力を見せつけたいのかな?」


「そんな理由ではないさ。僕が会いたい理由は……まぁ色々だ。だから先にアジトへ帰っておいてくれ。手に入れた力をどう使うかは帰ってから考えることにする」


「ふーん、色々ねぇ。まぁいいや、君達が出会う事になったら色々と面白そうだから私は離れた位置から見学させてもらう事にするよ。それまでは空でのんびり読書でも楽しむよ。君は明日までどう時間を潰すつもりだい?」


「グラド達が来るまでに掃除を終わらせておくことにするよ。カーラン家の人間も屋敷もまだ残っているからな」


 もはや、人を殺めることに何の躊躇も無くなったディザールは無機質に宣言する。そこからは直視するのも辛くなる破壊の時間が続いた。



 ディザールは女・子供以外のカーラン家の人間を順番に殺しまわり、富と名誉の象徴とも言える立派な屋敷の数々を次々と破壊して回った。



「ハハハハハ! 死ぬべき者が死んでいくのは気持ちの良いものだなァッ!」



 狂乱の笑い声をあげるディザールの顔は笑いと同時に哀しみを内包している様に見えた。復讐を達成できた気持ちよさの陰で後戻りできなくなっていく自分の心に気付いているのかもしれない。


 カーラン家の人間はディザールなりの気遣いなのか、死体は血が出て無惨な状態にならないように全て氷漬けになって殺されていた。カーランの各家庭に残された妻子は命を散らしていった男たちの遺体を見て泣き叫んでいる。


 破壊と悲鳴と泣き声は長い間とどまることはなく、両手で塞いでいた俺の耳にも容赦なく悲しい音が飛び込み続けた。





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