コルピ王達が城の会議室で皆殺しにされた翌日――――イグノーラ城下町の北エリアには昨日まで華やかで立派なカーラン家の屋敷が複数建っていた。だが、今はもう見る影もなく瓦礫の山となっている。
自分なりの復讐を一段落させたディザールはイグノーラ北平原の街道でグラド達の到着を待ち続けている。表情からは緊張感が滲み出ていて、眉間には深い皺が刻み込まれている。そんなディザールをクローズは少し離れた位置から見守っていた。
記憶の水晶は時間を早送りで流し続け、夕方前になったところでディザールの前にグラドとリーファが瞬間移動で姿を現わした。アイ・テレポートを連発して息切れしているリーファを尻目にグラドが魔人状態のディザールへ問いかける。
「そこの青色の魔人、お前がカーラン家の人間を皆殺しにした例の魔人だな?」
「ああ、僕が……いや、私が兵士達の報告していた魔人だ。一応、グラド達が私のところへ来た理由を先に尋ねておこう」
やはりグラド達は魔人がディザールだということに気がついていないみたいだ。見た目が魔人になっているうえに声も低くなっているのだから気が付けないのも無理はないのだが。
グラドは鋭い目つきでディザールを睨むと、剣先を向ける。
「もちろん、お前を止める為だ。お前はイグノーラの人間を殺したのだからな」
「兵士から聞いていないのか? 私が殺したのはカーラン家の人間だけだ。それに政治的な欲や悪行に染まっていない女子供はカーラン家といえど殺していない。まぁ再興できないように自慢の屋敷は潰してやったがな。私は今からローブで全身を隠して魔人の姿が見えない状態にしてから北エリアに行く。お前達にも崩壊した屋敷を見せてやる、こっちにこい」
そう言うとディザールは崩壊した北エリアへ飛んでいった。グラドは消耗しているリーファを背負うとディザールを見失わないように素早く追いかける。
凄惨な光景となった北エリアを見たグラドとリーファは絶句していた。そんな2人を見て満足気に笑ったディザールは両手を広げて感想を語る。
「どうだ? 綺麗に掃除できたものだろう? これで私がカーラン家以外には攻撃していないことを証明できたはずだ。私は悪い奴を成敗しただけに過ぎない。お前が私に剣を向ける必要はないのだよ」
迷いなく言い切るディザール。しかし、グラドは震える手で剣の柄を握ると再び剣先をディザールへ向けた。再び敵意を向けられたディザールは舌打ちする。
「チッ、何の真似だグラド。まさかカーラン家の人間を殺した私が間違っているとでも言うつもりじゃないだろうな?」
「そのまさかだよ。お前はイグノーラの仲間であるカーラン家の人間を殺した。お前は立派な悪人であり罪人だ」
「何を言っている、明確に悪であるカーラン家を裁くことの何がいけな――――」
ディザールは言葉を途中で詰まらせてから1歩後ろへと下がった。その理由が俺には分かる、グラドの目があまりにも真っすぐで義憤の炎を燃やしていたからだ。
自分の行動を真っ向から否定されたからかディザールは慌ててリーファの方を見るが、リーファもグラドと同じ目をディザールに向けている。
「やめろ……そんな目で僕を見るな! グラドはカーラン家が悪じゃないとでも言うつもりか?」
動揺して自分の事を『僕』と言ってしまっているディザールに対し、グラドが持論を語る。
「カーラン家はコルピ王を筆頭に悪事を働いているから間違ってはいるさ。だから裁かれるべきだと思ってる。だけど、個人の感情と判断で私刑を加えては駄目だ、その時点で人の道を外れてしまう。俺達は法やルールを守る理性と義務があるんだからな。ここに来られなかったシルフィもディザールもシリウスも同じ答えを返すはずだ」
「だ、黙れ、お前に何が分かるんだ! お人好しのお前が友人の言動を勝手に願っているだけだろうが!」
「願っているだけか……中々痛いところを突いてくるな。正直なところ、今回の危機も5人で乗り越えたかった気持ちはある。皆にそれぞれ事情があることは分かっているが、それでも横に並んで共に戦ってほしかったとな。誰しも建前と本音があることぐらい分かってる。だから道から外れて殺しに手を染めたお前の気持ちも分からなくはないし、シルフィの気持ちも理解できる」
「シルフィの気持ち? 一体どういう事だ?」
この場にシルフィが居ない理由は俺も気になっていた。死の山で手紙を見た時に『2番目に現れた魔人と戦ったのはグラドとリーファだけ』と書いていたけれど詳しい事は書かれていなかった。
記憶の水晶のおかげでディザールが2番目の魔人であり、シリウスがアーティファクトを求めて旅に出ていて不在だという事も分かっているがシルフィに関しては何も知らない。
ディザールが詳細を尋ねるとグラドは悲哀に満ちた目で理由を語る。
「シルフィは仕事も地位も全て捨て、兵士の制止を振り切ってまで行方不明のディザールを探しに行ったんだ」