「シルフィは仕事も地位も全て捨て、兵士の制止を振り切ってまで行方不明のディザールを探しに行ったんだ」
グラドから告げられた衝撃の事実にディザールは言葉を失っていた。魔獣寄せによる活性化で今まで以上に危険になった外を1人で歩いていると考えたら驚くのも無理はない。
自身の取った行動で大事な友を危険に晒してしまったディザールは益々頭を抱え始めてしまう。そんなディザールが心の整理も出来ていない内に突然事件が起きる。
――――魔獣が来たぞぉぉ!――――
大事な話をしている最中にイグノーラが騒がしさに包まれた。民衆の中で戦える者は弓を持って兵士達を援護しに行き、戦えない者は家や避難場所に走っている。
結果グラド達が話しているのを移動する多くの民衆に見つかる事となってしまう。久しぶりに見たグラドの姿に民衆は一層騒めいている。しかし、そんなことはお構いなしにグラドはディザールへ質問を投げかける。
「今来た魔獣群は俺の魔獣寄せか? それともお前の差し金か? いや、どっちにしても俺のやる事は1つ、お前を拘束することだ。お前はイグノーラの人間を殺したのだからな」
「ま、待て、僕は戦う気は――――」
ディザールが否定しきるよりも前にグラドが飛び出した。グラドは氷の剣を作り出し、最初から全力で斬りかかり、リーファも後方から魔術でサポートしている。以前よりも更に強くなったグラドの攻撃は剣を防御したディザールとの間で凄まじい衝撃波を生み出している。
きっとイグノーラを追い出された後も激しい特訓と魔獣討伐を続けてきたのだろう。人間離れした剣筋に民衆は魅入っているようだが、俺は別の理由で驚いていた。ディザールも俺と同じ理由で驚いていたようで寂しそうにぼそりと呟く。
「なんだ、この程度なのか……。いささか力を付け過ぎたようだな」
ディザールの腕へダメージを与えたと思ったグラドの斬撃は傷1つついていなかった。
事態を飲み込めないグラドに対し、ディザールは腰の入っていない雑な裏拳を打ち込む。辛うじて剣で防御したグラドだったが、剣は1発で折れ、自身の体は後ろへ大きく吹き飛ばされて民家の壁にめり込んでしまった。
死の山で俺とアスタロトが対峙した時の様な力量差だ。クローズとディザールの戦いを見てきたから歯が立たないのは分かっていたけれど、まさかこれほどまでに力の差があるとは。
ディザールはグラドを吹き飛ばした自身の拳を見つめ、グラドとリーファには聞こえない程に小さく呟く。
「ずっと越えたいと思っていた男がこんなに弱々しく見えてしまうなんてな……。もはや人間の姿になって僕が最強だと認めさせても虚しいだけだな……」
ディザールが本当の意味で勝利を実感する唯一の方法は合成の霧によってパワーアップして勝つのではなく、人間のまま努力を続けて超える事だったのだろう。呆気なさ過ぎる強さの逆転にディザールは泣きそうな笑みを浮かべている。
一方、1撃でダメージを負ったグラドは震える膝で何とか立ちあがり、不屈の闘志でディザールを睨み、再度攻撃を加える。ディザールは向かってくる攻撃を全て真正面から受け止め続け、反撃することはなかった。
ディザールの羽織っていたローブもグラドの激しい攻撃でフード部分が消滅し、魔人の素顔が周囲の民衆にも知れ渡たっていく。民衆は再び目にする魔人の顔に恐れをなし、ある者は膝から崩れ落ち、ある者はやけになって石を投げ、矢を放っている。
しかし、そんな攻撃が効くはずもなくディザールは呆然と立ち尽くしていた。ディザールの顔は形容しがたいほどに悲しい表情しており、グラドも思わず手を止めて尋ねてしまう。
「お前、何て顔をしてるんだよ……まるで今にも泣きそうじゃないか」
ディザールが何を考えているのか完璧に分かるわけではないが大体想像はつく。越えたいと思っていたグラドは今やちっぽけな存在となり、シルフィは自分のせいで行方をくらまし、リーファは真っすぐな目で敵意を向け、守ってきた民衆からは石を投げられている。
かつて英雄・賢者と呼ばれた者の成れの果てがこうなるなんて……神様はあまりにも理不尽だ。
喪失状態のディザールとグラド達との間に沈黙が流れること10秒、周りを取り囲む民衆の中から突然ローブを纏ったクローズが現れた。クローズはディザールの肩に手を置くと、優しい声色で囁く。
「君は色々あって疲れただろう? 少し休んでいるといい。その間、私は分からず屋の英雄様と話をしてくるよ」
そう囁くとクローズはゆっくりとグラドの前まで歩いて行った。顔と体を隠した奇妙な男を警戒しながらグラドは問いかける。
「何だお前は? そこの青色の魔人の仲間か? お前も魔人なのか?」
「こんにちは英雄グラド。私は青の魔人の友達であり、力の使い方を教えてあげた、只の一学者さ」
「……一学者が魔人に力の使い方を教えてあげられるとは思えないがな……まぁいい、お前は何故このタイミングで現れた? 何が目的だ?」
「ちょっと聞きたいことがあってね。突然だけどグラドは『人を殺す人間』についてどう思う?」