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第295話 疲弊




 グラドがリーファから離れて五英雄全員がバラバラになってしまってから数時間後、ディザールとクローズは死の山のアジトの上空を飛んでいた。


 念の為に周囲を見回し、誰にも見つからないようにマグマの滝の奥側に隠れている洞窟型アジトの入口に到着すると、突然クローズが歩みを止めてディザールを制止させる。


「待ってくれディザール。アジトの様子がおかしい。恐らく外部から侵入されているね」


「なに? いつもと変わらないように見えるが、どう違うのだ?」


「私が洞窟を出る時は常に魔力の糸を入口に張り巡らせているんだ。それが、人の背丈ぐらいの高さまで切れている形跡がある。だから陸上移動型の生物が侵入してきている可能性が高い。単に魔獣が迷い込んできただけだといいのだけどね」


「……とりあえず、中に入って確かめるぞ」


 2人は警戒しながらアジトの中を進んでいった。部屋を1つ1つ確認しながら侵入者の形跡を探し続けたが見つからず、とうとう1番奥の部屋を残すだけになった。


 2人は生唾を飲み込んで勢いよく扉を開けた。そこには以前よりやつれているシルフィの後ろ姿があった。まさか魔獣ではなくシルフィが居るとは思わなかったディザールは魔人の姿を見られる前に慌てて人間の姿に変化して、此処にいる理由を尋ねる。


「シ、シルフィ、どうしてここにいるんだ? どうやって隠れ家を見つけたんだ?」


「やっぱりここにいたんだね、ディザール。か、勝手に入ってしまってごめんなさい。実はディザールが行方不明になってからずっと私1人で探していたの。ディザールが消えたあの日、イグノーラ南の平原で不自然に強い魔力の光が上空へと伸びて雲を割っていたのを見つけたの。そして同じく昨日の夜に死の山の頂上で強い光が放たれているのを見つけた私は何か関連があると推測してここまできたの」


「ちょっと待ってくれ。ある程度あたりをつけられたのは理解したが、それでも1人で死の山を登れるとは思えないぞ。それに滝の奥に隠されたアジトを見つけられるとも思えない」


「その2つの困難を回避できたのには理由があるよ。私の光魔術とスキル『記憶の水晶』がたまたま適していたからなの。魔獣に見つかりそうになったら光の屈折魔術で姿を変えたり消したりしながら進んだの。そしてアジト周辺で見つかった戦闘の形跡に記憶の水晶を使ってディザール達の行動を映像で見てからアジトまでの道のりを見つけ出したの」


 光の屈折魔術は魔人ディアボロスとの戦闘でも使っていたから理解は出来る。だが、戦闘の形跡に『記憶の水晶』の力を使ったというのがよく分からない。クローズも俺と同じ疑問を抱いたらしく挨拶を兼ねてシルフィに尋ねる。


「遅れましたが、初めましてシルフィさん。私がこのアジトの持ち主であるクローズだ。早速だが教えてほしい。貴方のスキル『記憶の水晶』とは一体何ですか? 侵入したことを責めはしないから代わりに包み隠さず教えてくれるかい?」


「は、はい。ありがとうございます。記憶の水晶は人の記憶を提供してもらったり、盗み取ったりして、それを立体的な偶像で再生できるスキルです。そして、このスキルは人から記憶を貰うだけではなく特定のポイントと時間を指定して過去を見る事が出来るのです」


「なるほど、つまり戦闘の形跡から私達が戦闘訓練をしていた過去を見る事さえ出来ればいい訳か。あとは戦闘を終えてアジトへ帰っていく私達を追って場所を特定するだけということだね。それなら見つけ辛いアジトを見つけることも容易い。素晴らしいスキルだね」


「あ、ありがとうございます」


 クローズはディザールに接している時よりも物腰柔らかに接しているが、シルフィは全力で警戒していた。いくら丁寧に話していてもクローズの見た目が魔人だから怖がるのは当然だが。


 スキルの説明を終えた後、3人の間に長い沈黙が流れた。誰がこの沈黙を破るのかと固唾を呑んで見守っていると最初に口を開いたのはシルフィだった。


「ねぇ、聞かせてディザール。貴方はここで何をしていたの? ここにある沢山の怪しい書物を何冊か読ませてもらったし、大きなガラス容器に詰められていた他種族の肉体も見ちゃったよ。記憶の水晶でアジトの過去を見てもいいけど、できればディザールの口から教えて欲しいよ」


「ここまで知られたからには説明しない訳にはいかないよな。分かった、長くなるが聞いてくれ。そして、僕の事が許せなかったらその時は……殺してくれ」


「……」


 そしてディザールは魔人化した経緯、カーラン家を壊滅させたこと、グラドと戦ったことまで包み隠さず全てを話した。あまりに衝撃的な事実の連続にシルフィは座り込み、むせび泣いている。


 きっと寝る間も惜しんでディザールを探していたからこそシルフィの顔はやつれているのだろう。ここにきて精神的なダメージまで重ねらた彼女を直視するのは本当に辛い。


 シルフィは話を聞いている間ずっと落ち込んではいた。それでも1度たりともディザールを責める事はなかった。逆に諸悪の根源ともいえるクローズを度々睨みつけていた。しかし、クローズは全く動じず終始ニコニコとした顔を崩してはいない……どれだけ面の皮が厚いのだろうか。


 確か年老いたグラドが残した手紙にはシルフィがディザールのことを異性として好きだと思うと書いていたけれど、恋愛感情があるからディザールを責められないのだろうか? グラドの予想とはいえシルフィの本心が気になるところだ。


 一通り話を聞き終えたシルフィは緊張の糸が切れたのか突然その場に倒れ込んでしまった。ディザールが隣の寝室のベッドに寝かせるとシルフィは疲弊しきった顔で呟く。


「ごめんなさいディザール。心の弱い私には耐え難い事実だったみたい。勝手に侵入した私が頼める立場じゃないけど、今日はもう休ませて。そして、明日になったら私の話を聞いて欲しいの」


「こっちこそすまない。いくら謝っても謝りきれないぐらいに迷惑をかけちゃったな。ここはクローズのアジトだけど気にしないでいくらでも休んでくれ。あとで食事を持ってくるから、それを食べたらいっぱい寝て明日ゆっくりと話そう。おやすみシルフィ」


 ディザールはグノシス王が生きていた頃のような優しい笑顔でシルフィに休息を促し、部屋を後にする。


 明日になったらシルフィはディザールにどんな話をするのだろうか。記憶の水晶はその後、時間を早送りし、あっという間に翌日の朝が訪れた。





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