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第296話 願いと想い




 シルフィがクローズのアジトを訪れた翌日の朝。栄養のある食事と長めの睡眠を取ったシルフィは昨日よりも随分と顔色が良くなっていた。しかし、衝撃の事実を知ってしまったこともあり表情は険しいままだ。


 アジトの研究室で話し合いをしているディザールとクローズの元へシルフィが入室し、朝の挨拶を交わす。


「おはようディザール。おはようございますクローズさん。昨日は食事と寝床を用意してくださりありがとうございました」


「おはようシルフィさん。食事の味とベッドの寝心地はいかがだったかな?」


「食事も美味しくて、ベッドも寝心地が良かったです。ですけど、貴方のせいでディザールが変わってしまったわけですから夢見は最悪ですけどね」


 シルフィは今までに見せた事の無い殺意すら感じる目でクローズを睨んでいる。友人を変貌させた張本人だから睨まれても仕方ないのだが。ディザールは2人の間に立ってクローズを庇う。


「シルフィ、悪いのは僕だ。あまりクローズを睨まないでやってくれ。僕が力を望み、僕が恨みを晴らしたいと思ったからこそ今がある。きっと刃物と同じようなものなんだ、使い手が悪人だったら武器として使うし、悪人じゃなければ木や食べ物を切る道具として使うように」


「優しくて真面目なディザールなら自責の言葉を口にすると思ってたよ。だけど、落ち込んでいるディザールの心の隙間に滑り込んで、自分の目的の為に後押ししたのはクローズさんでしょ? 私はなんて言われようと許せないよ」


「……」


 昨日以上に気まずい沈黙がこの場を支配する。ディザールは何とか沈黙を解消したいと思ったのか慌てた様子で別の話題を振る。


「そ、そういえばシルフィは昨日『明日になったら私の話を聞いて欲しい』と言っていたよな? 体も元気になったようだし話してくれないか?」


 シルフィはごくりと生唾を飲み込み、1度クローズの方をチラッと見た後、自分の想いを語る。


「凄まじく強いクローズさんがいるこの場所で話したら殺されちゃうかもしれないけど、それでも勇気を持って言わせてもらうよ。私の望みは至ってシンプル……ディザールに戻ってきて欲しいの。イグノーラやペッコ村が嫌だったら別の所でもいい。私やリーファちゃんと一緒に世界を自由に旅しようよ」


 シルフィは両手でディザールの手を握り、曇りの無い瞳で頼み込んだ。しかし、ディザールはシルフィとは目を合わせずに首を横に振る。


「昔の僕なら手を握り返せたかもしれないが、血で汚れた今の僕には無理だ。僕は自分の感情を優先するようなクズだし、親友に嫉妬する駄目な男だ。もう仲間達……特にグラドとリーファには会いたくない」


「……ディザールがグラドの強さと器の大きさに憧れつつも嫉妬していたことを私は知ってるし、リーファちゃんの事が好きだったことも知ってるよ。全部踏まえたうえで、それでも私はディザールと一緒にいたいの。だって……だって、私はディザールの事が好きだから!」


 小さくも力強い声でシルフィが内に秘め続けていた想いを伝えた。頬を赤くし唇に力を込め、肩を震わせているシルフィを見て、今の言葉が恋愛感情を伝えたものだとディザールはすぐに理解したようだ。


 眉尻を下げた笑みを浮かべたディザールはまるで子供を諭すような優しい声で言葉を返す。


「ありがとうシルフィ。だけど、僕は応えられない。それはリーファが好きだったからとか、そういうことじゃない。僕にはやるべきことが出来たし黒に染まった以上、今更後戻りは出来ないんだ」


「そんな答えが返ってきそうな気はしてたよ。その答えが返ってきた以上、私は恋人になる望みを捨てるよ。だけど、最後に1つ私のお願いを聞いて欲しいの」


「お願い?」


「数日だけでいいからペッコ村に帰って村長と話をしてきて欲しいの。それでも人間の暮らしに戻りたい気持ちが湧かなかったら私の負けでいいから」


 幼馴染でも親友でもリーファでもディザールを止められなかった以上、親代わりである村長に頼るしかないとシルフィは考えたようだ。本当に辛いときに親の顔を見るのは良い考えだと思う。


「分かった、それだけ真剣に言ってくれたシルフィのお願いだから行ってくるよ。空を飛んでいってもそれなりに時間がかかるはずだから暫くアジトを開ける事になると思う。すまないな、クローズ」


「ああ、構わないよ、時間はたっぷりあるんだからね。でも、シルフィさんを私と2人っきりにさせるのは可哀想だから一緒に連れて行ってあげるといい。今の君なら人間1人背中に乗せて飛んでも問題なく移動できるはずだ」


「そうだな、じゃあ一緒に行こうかシルフィ」


 ディザールとシルフィはクローズに別れの挨拶をすると、アジトから出て南方向にあるペッコ村へと飛んでいった。ディザールがシルフィをおんぶする形で飛行している間、シルフィの目にはうっすらと涙が溜まっていた。


 ディザールに見られない位置にいるからこそ抑えていた感情を涙という形でアウトプット出来たのだろう。シルフィは本当に心が強い女性だ。


 記憶の水晶はその後、空の上で雑談を続ける2人をしばらく映してから時間を早送りし、ペッコ村の手前へと場面を移す。





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