懸命に止めようとするシルフィを突き放し、グラドの住む村までやってきたディザールは人間の姿で上空に浮かんでいた。
時刻は夕方頃ということもあり村人は上空にいるディザールの存在には気づいていない。どうやら記憶の水晶はシルフィの視点ではなくディザールの視点を映し出してくれるようだ。
ディザールは村全体を見渡しながら次に取る行動を呟いていた。
「本当に小さな村だな。それに年季の入っている家がほとんどで新しい家は一軒しかない」
ディザールが見つめる新しい家からはちょうど医者らしき男性が出ていっているところだった。回診していたのかもしれない。
「恐らく、あそこの新しい家がグラドの家族が住む家なのだろうな。もう少し暗くなったら窓からグラドの姿が見えるか確かめてみるか」
更に2時間ほど経ったところでディザールはフードで顔を隠し、グラドの家に近づいた。家の中では楽しそうにエトルと会話し、我が子と遊びグラドの姿があった。
そんな姿を見たディザールは悲哀のこもった表情で呟く。
「魔獣寄せで苦しんでいた頃が嘘みたいに幸せそうだな。その顔をどうしてリーファに見せてやらなかった……どうしてリーファと共に旅してやらなかった? 僕とシルフィを探すと言っていたのにどうして村に居付いているんだ? リーファは今もお前を探しているかもしれないんだぞ? 教えてくれよ、グラド」
ディザールがまたしても狂気的な目で心情を吐き出している。当然誰にも見られていないし聞かれてもいない訳だが、過去を覗き見ている俺には恐怖と同時に痛ましさを感じる。
グラドの存在を確認したディザールは一旦、村から離れて夜を明かしていた。
※
グラドの家を突き止めた翌日の朝、ディザールは村はずれの森の木の上で寝そべりながらこれからの行動を考えているようだった。
するとディザールの寝ている木の下で突然10人程の人間が集まっていた。如何にも盗賊らしい恰好で現れた男達はディザールの存在に気がつかないまま地面に座って話し合いを始める。
「なぁ、次はどこを襲う? 街道で行商人を襲うか?」
「う~ん、行商人は意外と金を持っていない事が多いからな。かと言って売り物を奪おうにも運ぶのが大変なケースも多いからなぁ」
どうやら強奪の計画を話し合っているようだ。いつの時代もこういう輩は一定数いるものだから仕方がないとはいえ、耳を塞ぎたくなるような酷い話し合いだ。
悪人を嫌うディザールに今すぐ殺されてしまいそうな奴らだ。この時ディザールは何かを閃いたようで、木の上でニヤリと笑った後、すぐに盗賊たちの前に降り立った。
いきなり上から降ってきた人間に戸惑った盗賊たちは慌てて剣を向けて叫ぶ。
「な、何だお前は! 俺達を捕らえに来たのか?」
盗賊の問いに対し、首を横に振ったディザールは自分の考えを伝える。
「いいや、僕は君達に仕事を依頼しようと思ったんだ。君達は金が欲しいのだろう? 僕はこう見えてそれなりに金を持っているからな。このお金で赤ん坊を1人攫ってきて欲しいのさ」
ディザールはローブの中から小袋を取り出すと中から大量の金貨を出した。それを見た盗賊は涎の垂れそうな口を閉めて、言葉を返す。
「赤ん坊を? 何だかよく分からねぇが、今ここで金を見せちまったのは判断ミスだな。仕事をこなすよりお前から奪ってしまった方がよっぽど楽じゃないか。おい、お前ら! こいつを今すぐ囲め!」
リーダーと思わしき男が指示を出す。盗賊たちは一斉にディザールを囲んだ。しかし、ディザールは全く慌てる事なく、低く冷たい声で言い放つ。
「1度力の差を見せておくか、ヘヴィ・サークル!」
ディザールが指先に魔力を纏うと突然地面に直系10メードほどの灰色の円が出現し、同時に盗賊が一斉に地面へ倒れ込んで体を地面にめり込ませた。以前アスタロトが俺達に放ってきた体を重くさせる技と同じかもしれない。
一瞬にして動けなくなった盗賊は、すぐにディザールが化け物じみた力を持っている事を察して命乞いを始める。
「わ、悪かった! もう、あんたには一斉逆らわないし仕事だって受ける。だから殺さないでくれェェ!」
「最初からそう言ってくれれば楽だったのだがな。まぁいい、魔術を解いてやろう。早速だが仕事の内容を話すぞ。まず、お前達にはグラドという男の息子トルバートを攫ってきてもらう。そして――――」
それからディザールは拉致計画の全容を話した。
グラドが残した手紙に書いてあった事とほぼ同じようで盗賊がグラドのいない時間帯を狙って家に突入し、トルバートを攫うという計画みたいだ。
この計画ではトルバートの双子の兄弟であるグラハムの名は挙がっていないようだ。やはりグラドに息子が2人いて病弱な弟グラハムが診療所で寝泊まりしている事実をディザールは知らないようだ。
お金と命がかかっている盗賊たちは真剣にディザールの話を聞いて、頭に叩き込んでいる。ディザールは説明の最後にこう付け加えた。
「あと、忘れずにやって欲しい事がある。突入した際にエトルや近所の人間に聞こえるように『英雄を気取った悪魔が人並みに子供を持つな』と叫んでくれ。そうすることでグラドは再び魔獣寄せの呪いに苦しむはずだ」
グラドが残した手紙には『自分に恨みを持つ野盗に攫われただけ』と書いてあったが、まさか拉致から捨て台詞まで全て親友ディザールによって計画されたものだったとは……。ディザールの底知れぬ想いに背筋が凍る。
作戦の内容を理解した盗賊たちは実行に移る夜の時間まで森の中で準備を整えていた。
そして、遂にトルバート拉致計画の時間が訪れる。