カッツ達が殺されてから2日後。ディザールとシルフィが死の山のアジトへ戻るとクローズは子供の様な笑顔で帰還を喜んでいた。ディザールが自暴自棄になっていた事には触れず、何事もなかったかのように会話を交わしている。
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それから記憶の水晶は時間を大きく早送りして数年分の時を進める。ディザール、クローズ、シルフィの3人は死の山のアジトで暮らしていた。
クローズは魔力砲の元となった知識を持つサウザンドの事を定期的に監視しつつ、赤・緑・黒で構成された『変化の霧』『合成の霧』『吸収の霧』の研究を進めている。
一方、ディザールは大陸の北端から南端まで自身の羽で飛び回り、大陸の情勢を調べつつ、腐敗した組織や人間がいれば、その都度破壊していた。彼らの言う『掃除』を着々と進めている様だ。
殺しに対しての抵抗が日毎に無くなり、表情が険しくなっていくディザール。シルフィは心配しながらも影で支えていた。こんな生活をしていればいつかディザールだけではなくシルフィの心も壊れてしまうのではないだろうかと心配だ。
そんなある日のこと。外からアジトへ帰ってきたクローズが意地悪な笑みを浮かべながらディザールに話しかける。
「聞いてくれディザール。実は南の方を1人で旅しているうちに面白い情報を仕入れてね。どうやらグラドが南方の小さな村で暮らしているらしい。しかもエトルという名の妻がいて、もうすぐ子供も生まれるそうだ」
「な……何だと? でたらめを言うな! 人に迷惑を掛けることが誰よりも嫌いなグラドだぞ? 魔獣寄せを持つ身で人里にいるはずがないだろう! ましてや妻子なんて……」
「私の予想だけど妻エトルが無理やり追いかけたんじゃないだろうか? 少しだけエトルを見てきたけど彼女はいかにも村娘らしい恰好をしていた。きっと山奥かどこかで出会ったのだろう。そうなったら魔獣寄せを持つグラドから距離を離すわけにはいかなくなる。移動している魔獣が単身のエトルと遭遇してしまう可能性があるからね。だからグラドは仕方なく同行を許したのではないかな?」
「エトルと距離を取れない理屈は分かる。だが、現在村で暮らしている理由はどう説明するんだ?」
「村がかなり小さいのがポイントだと思うよ。小さければそれだけ守る対象が少なくて済むし、英雄グラドの事も認知されていないだろうからね。自給自足が成り立っているような場所なら寄ってくる魔獣をグラドが単身で撃破し続けることさえ出来れば村人に危険はない。それにエトルは何かの病に犯されているようだったからね。妻を守るためにはどうしても村の力を借りるしかなかったのだろうさ」
分かってはいた事だが、クローズの推察力は相当なものだ。グラドが残した手紙に書かれていた事実を完璧に言い当てている……恐ろしい男だ。
クローズの予想を聞いて納得のいったディザールは椅子に座って暫く考え込んでいた。その様子を見たクローズは悪戯な笑みを浮かべながら問いかける。
「ずっと探していたグラドが見つかったからかな? 随分と真剣な表情になったね。私の与えた情報をきっかけにグラドに対して何か苦痛を与える方法でも思いついたのかな?」
「まぁそんなところだ。僕はもうグラドの敵になると決めたからな。苦痛を与える方法は常日頃から考えていた。クローズが持ち帰った情報のおかげでグラドに大きなダメージを与える方法を思いついた。グラドは奴自身にダメージを与えるより、周りの人間を巻き込んだ方が堪えるはずだとな」
ディザールは口角を片方だけ上げた邪悪な笑みで語る。彼の言葉を聞いたシルフィは慌てて前に立ち、両手を広げて制止する。
「駄目だよ、ディザール! もうグラドは充分過ぎるぐらい苦しんだんだよ? これ以上グラドが傷つくなんて認められない。グラドの友達として止めさせてもらうよ」
「シルフィは何があっても僕の味方と言ったじゃないか……。それなのに僕の邪魔をするのか?」
ディザールは焦点の合ってない危ない目と震えた声でシルフィに尋ねる。そんな危険な雰囲気を纏っている彼に対し、シルフィは怯むことなく想いを語る。
「ディザールが大事だから止めるんだよ。例えこの先、ディザールがグラドやグラドの家族を皆殺しにしたところで絶対に気持ちが晴れる事はないよ。ディザールが真の意味でグラドの幻影を打ち払える方法は2つしかないよ。1つは強さじゃなくて心でグラドを超えること、もう1つはどんな自分でも好きになれるようにディザール自身が変わるか……それしかないと断言できる」
「ずっとグラドに嫉妬し続けてきた僕がグラドを超えられる訳ないだろッ! 僕はずっとグラドと自分を比較し続けてきた人間なんだぞ? 今さら自分を好きになれる訳ないだろッ! もうシルフィは黙っててくれ!」
「ディザール……」
「すまない、少し言い過ぎた。だが、これだけは約束する。僕はグラドもグラドの妻子も殺しはしない。僕はグラドを世界で1番憎んでいるが、同時に大切に思う気持ちもあるんだ」
「それじゃあ、ディザールのやろうとしている周囲を巻き込む復讐って何なの? ディザールのグラドに向けている感情があまりにも歪み過ぎていて訳が分からないよ……。もう、私はどうしたらいいの……」
堕ちるに堕ちきったディザールを前にシルフィは膝から崩れて泣き出してしまった。彼女に対して眉を八の字にした顔を向けたディザールは視線をクローズへ移す。
「すまない、何と言われても僕はグラドのところへ行く。クローズ、悪いが留守番とシルフィのケアを頼む」
「ああ、任せておくれ。それに君がアジトへ帰ってきた後、どんな事をするのか私には大体予想がついている。だから『そっちの準備』も進めておくよ。いってらっしゃい」
クローズは見透かすような笑みを浮かべているが、俺にはディザールがやろうとしている事を全く予想できない。これから先、俺達がワンとアスタロトに対峙する事になった時、頭のキレる2人と渡り合う事が出来るのだろうか?
俺は不安を抱えながら南の空へ飛んでいくディザールを見つめていた。