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第311話 シルフィが望むこと







「次は私がここにいる理由、そしてシルフィちゃんを見つけられたキッカケについて話すね」




 リーファは机の上に広げた地図を指差しながら話を続ける。




「実はダリアに在籍する人間は200名を超えていて、大陸北の各地に散らばって活動しているの。今いる場所も傍から見ればただの空き家だけど、ダリアの隠しアジトに使っていてね、ここには他にも仲間がいるの。その仲間がカンタービレの監視をしていた日のこと……死の山方面の上空に人影を目撃したらしいの。その情報を聞いた時、私は大陸南で起きた『雨雲が突如四散した事件』を思い出したの」




「雨雲が突如四散……もしかしてディザールが行方不明になった日に平原から光の筋が上がって雨雲を散らした現象について言っているのかな?」




「そう! それだよシルフィちゃん。私は腕の立つディザールが痕跡も無く消えた事実と人智を超えた現象が同日に起きた事がずっと気になっててね。もしかしたらディザールは強力な魔人に攫われたんじゃないかと思ったの。実際、私とグラドが2人で接触した青色の魔人みたいに桁違いの強さを持つ者が存在している訳だし」




「……だからリーファちゃんは飛翔能力のある魔人と空を駆ける人影を紐づけて調査したんだね」




「うん、私と仲間達で連日空を眺め続けたよ。その結果、約100日の間に数回カンタービレ近くの平原に降り立つローブを羽織った人影を目撃出来たの。私はディザールが拉致されているなら助けてあげたいと思って接触しようと思った。けど、相手が青の魔人級に強い可能性も考慮して監視だけにとどめておいたの。だけど、今日だけは例外だった。だって空から降りてきた人影はシルフィちゃんを乗せていたんだもの」




 リーファがシルフィを見つけ、アイ・テレポートを使ってまで慎重に空き家へ連れ去った理由に合点がいった。つまり、これまでカンタービレで買い物をしていたクローズやアスタロトの姿をダリアの面々は何度も目撃していた訳だ。




 そして今回、唯一の例外であるシルフィの1人歩きをチャンスと考え、リーファは追跡したわけだ。




 リーファはこれまでの話とシルフィを連れ込んだ理由を話し終えると今度はシルフィについて尋ねる。




「ざっくりとだけど私の話せる内容は伝えたよ。今度はこっちが質問させて。シルフィちゃんは行方不明になってからずっと何をしていたの? どうして空を駆ける人影と共にカンタービレへ降り立ったの?」




「…………」




 シルフィは猫背になって怯えた顔で黙り込んでしまう。これまでシルフィは本当に色々な事があった。連絡なしに行方をくらませた事とアスタロトの手伝いをしていた事はお世辞にも褒められた行動ではない。




 シルフィの震えを察したリーファは両手を広げてゆっくりとシルフィを抱きしめる。子供をなだめるような優しい声色で背中を撫でる。




「大丈夫、たとえシルフィちゃんがどんなに悪い事をしていても私は軽蔑しない、親友のままだよ。私だってイグノーラでの務めを放棄して自分の動きたいように動いたんだもの、褒められた人間じゃないよね。話せる部分だけでもいいから私に教えて?」




 狂気の学者クローズ、壊れていくディザールとずっと一緒にいたシルフィにとって久々に会った親友からの言葉は何よりも暖かったのだろう、次の瞬間シルフィはリーファの腕の中で子供のように泣きじゃくっていた。











 リーファが背中を撫で続け、ようやく気持ちを落ち着かせたシルフィは大きく深呼吸をして、これまでの事を話し始める。




「実はね、カンタービレに飛んできた人影はディザールとクローズさんっていう私達の仲間なの。私達3人はずっと死の山で暮らしていてね。今日はたまたまクローズさんと私が一緒になってカンタービレに来ただけなの」




「え? どういうこと? 2人はどうして死の山に?」




「ディザールはクローズさんのせいで半魔人化してしまったの……。それには色々と事情があって――――」




 シルフィはディザールが平原で魔人族の細胞を植え付けられた事、アジトでの研究、イグノーラで魔人になった状態でグラドとリーファに接触したこと、ディザールがずっとグラドに嫉妬していたこと、グラドの子供を攫ったこと、新しい命を生成しようとしていること、クローズの目的などなど、ディザールがリーファに好意を抱いているという情報を除き、知っている事の全てを伝えた。




 話を聞けば聞くほど顔色が悪くなっていくリーファを見続けるのは辛かった。特にグラドに関する話をしている時は相当精神的ダメージが大きかったようで涙を流しながら歯を食いしばって聞いていた。




 リーファとは対照的にシルフィは初めて親友に自分の抱えてきた苦労を話せた事もあってか晴れやかな表情を浮かべているように見える。今のシルフィに1番必要だったのは親友だったのかもしれない。




 全てを知ったリーファは情報を紙に記録し、これからリーファ自身が取っていく行動について意見を求める。




「色々教えてくれてありがとうシルフィちゃん。これから私は取得した情報をシリウスやダリアの面々に伝えて危機に備えさせてもらうね。ディザールの仲間であるシルフィちゃんは私を阻止しようとするのかな? シルフィちゃん自身は悪いことに手を出してないけど、それでもディザールにとって1番の味方でありたいよね?」




 リーファは覚悟を決めつつも不安そうにシルフィの顔を覗きこむ。互いに苦労話を出来たとはいえ立場はまるで正反対だ、この場で戦いが始まってもおかしくはないだろう。しかし、リーファの不安はシルフィが首を横に振ることで解消される。




「そんな事はしないから安心して。私は今も変わらずディザールが好き。それでも彼を止めたいと思ってる。絶対に今日リーファちゃんと会ったことは言わないし、逆にダリアの人達に情報を渡そうと思ってるよ。だから、お願い……どうかディザールとクローズさんを止めて欲しいの……。私の望みはディザールが昔の様な笑顔を取り戻して、ガラルドちゃんと平和に暮らすことだけだから……」




 心を込めて親友と息子に対する愛情を吐露するとシルフィ。リーファは椅子から崩れ落ちそうな程に脱力して安堵のため息を漏らす。




「はぁ……良かった。味方になってくれてありがとう。シルフィちゃんの望みは痛いほど伝わったよ。もし、今の私の状態でシルフィちゃんと戦いになったら確実に負けていたと思うから戦闘にならなくて本当に助かったよ」




「あはは、たとえ対立する立場になったとしても私は絶対にリーファちゃんと戦わないよ。で、少し気になったんだけど『今の私の状態で戦ったら確実に負ける』って言ってたよね? それってどういうことなの?」




 正直俺もリーファの言葉が引っ掛かっていた。言葉の真意を問われたリーファは羽織っていたローブを脱ぎ、下に履いていた長めのスカートをゆっくりと捲り上げて、右の太腿を1歩前へと突き出す。




 太腿にはリリスがジークフリートで見せてくれた硬貨程度の大きさの丸い痣が今よりも生々しい傷として残っていた。




「実は私、ダリアでの任務中に足を怪我してしまったの」







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