「実は私、ダリアでの任務中に足を怪我してしまったの」
スカートを捲って太腿の傷を見せたリーファは無理に作った笑顔で答えた。何か苦い思い出があるのだろうか。シルフィは俺と同じく傷の詳細が気になったようで早速尋ねていた。
「どういう経緯で傷ついちゃったの? まるで矢が刺さっているみたい。傷口ができたてのカサブタみたいになっていて痛々しいね」
「シルフィちゃんの言う通りで矢を刺されて出来た傷だよ。1年ほど前に帝国の近くの国で巨大な野盗組織がいるという情報を掴んでね、ダリアの面々は壊滅させる為に戦いを仕掛けたの。何とか壊滅させることは出来たのだけど、その時に今まで見た事がないような『奇妙な矢』を受けちゃったの」
「奇妙な矢? それのせいで傷口が今も治らないの? 矢を受けてから1年も経っているのに?」
「そう、刺さった矢は先端が紫色に光っていてね。恐らく何か特殊な物質が太腿の奥に入ったんだと思う。野盗組織は他にも高度な技術が用いられた破壊力の高い銃を撃ってきたり、変形する槍を使ってきたり、一介の野盗組織とは思えない強さだったの。シルフィちゃんから話を聞いた今となってはクローズって人が持ち込んだ技術なんじゃないかなって思ってる」
モンストル大陸には様々な武器が存在するが現状、遠距離武器で役に立つのは弓か投石機ぐらいしかないと言われている。今の技術だと高威力かつ高速で弾を飛ばす方法もなければ、小さな弾に魔力を纏わせるのも困難だからだ。
武器事情を考慮するにクローズが入れ知恵した可能性もなくはなさそうだ。もしかしたら
シルフィはリーファの傷に触れ、自分なりに傷の分析を始める。
「これは中々強い麻痺性の物質を刺されているみたいだね。しかも、刺された箇所から徐々に拡大しているんじゃないかな? さっきリーファちゃんが突進してきた時も右足を使いにくそうにしていたよね。相当厳しい状態なんじゃない?」
「あはは、流石は私と同じ治癒術使い、完璧な診断だね。この麻痺がどこまで広がるか分からないけど最悪戦えなくなる事も考えておかなくちゃね」
「リーファちゃん……」
「あ、でも、悪いことばかりでもないんだよ? 野盗組織との戦いでは私が1番活躍していたんだよ。だから仲間達が名誉の負傷だって称えてくれてね。それをきっかけにダリアの皆は私の傷と同じような刻印を体につけてダリアの証としてくれたの。怪我や麻痺は辛いけど、一層仲間との絆が強まったのは嬉しかったなぁ」
遠い目で語るリーファの言葉に嘘はなさそうだ。シルフィも本気の言葉だと感じ取っているようだ。それでもリーファの体を何とかしてあげたいようで傷口の分析を進めていた。
シルフィがリーファの太腿を触り続けて10分ほど経ったところで何かを突破口を掴めたらしく、珍しくシルフィがリーファにウインクする。
「大丈夫、この傷は治せるよ。毒性はともかく矢の特性自体は至ってシンプルだから」
「え! 本当に治してくれるの? 私にはどうすればいいか分からなかったのに」
「リーファちゃんが刺された矢は先端が紫色に光っていたんでしょ? つまり、先端にある謎の物質を体に埋め込ませるのが狙いだったんだよ。体内に埋め込ませる為だからか傷口も若干螺旋状になっているし、傷の奥から微弱な毒の魔力みたいなものが流れ続けているよ」
「毒を与える矢というより毒を出し続ける物質を埋め込ませる矢……だったわけだね。恐ろしい武器だね……。理屈は分かったけど、それだと太腿の中から毒の塊を取り出す手術をしなきゃいけないから治癒術じゃどうにもならないよね? お医者さんに太腿を切り開いて取り出してもらわないとだね。リスキーだし、ちょっと怖いなぁ……」
「普通ならそうだけど、私の後天スキルがあれば肌を切る必要はないよ」
「え? シルフィちゃんって後天スキルを持っていたの? 先天スキル『記憶の水晶』の事しか知らなかったよ。最近発現したの?」
「ううん、子供頃にディザールの目が見えなくなって少し経ってから発現したから、かなり昔から持っているスキルだよ。今、発動するから見ててね」
シルフィは両方の手のひらを胸の前で合わせると、体の周りに光の粒がとぐろを巻くように出現し始めた。その光の粒はフワフワと浮遊しながらゆっくりと動き、リーファの太腿にある傷口へと入っていった。
「これが私の後天スキル『
俺は自分の耳を疑った。粒の大きさや使い方に違いはあるが、あのスキルは間違いなく俺と同じスキルだ。シルフィは後天スキルとして
対して俺は先天スキルとして
死の山のアジトでシルフィの細胞を取り込んだ際、体に強い反応が現れたのも、きっと他の細胞より適応率が高かったのだろう。生みの親より育ての親の方が適合率が高いなんて皮肉な話だ。
とはいえ俺にとっては3人とも誇りを持てる素晴らしい親だ。彼らの子として生まれる事が出来て本当によかったと思う。
シルフィは針の穴に糸を通すかのように集中し、息を止めながら
小さい粒を動かしているとはいえ傷口や脚の内部をいじくられている以上、相当な痛みが発生しているはずだ。リーファはいつもの整った顔をまるで突進中のイノシシみたいな険しい顔に変えて、汗を大量に掻きながら耐え続けている。
記憶の水晶を見ているリリスがリーファの顔を見られないように両手足を広げてガードしている。死の海で嘔吐している姿を隠そうとしていた状況と重なって正直凄く面白い。
時間にして1分ほどだろうか。緊張と笑いが交錯するシルフィ流の手術が終わり、リーファの太腿から紫色の釘のような物が出てきた。これが継続的にリーファへ麻痺毒を放ち続けていた物体のようだ。
無事治療が終わって安堵したリーファはシルフィの両手を握り、上下へ激しく揺さぶりながら大声で礼を言う。
「ありがとうシルフィちゃん! これで少しずつ右足を回復させられるよ! いや、右足どころか下手すれば全身に麻痺が浸透していた可能性もあるよね、命の恩人と言ってもいいかも! ところで
俺も気になっていた疑問をリーファが投げかける。シルフィは遠い目をしながら過去を語り始めた。
「元々、