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第36話 陽血

 ジリジリとした夏の熱気が室内にこもる中、財前は話を続ける。


「確かに、俺たちは人狼族の血を探している。目的は、さらわれた仲間を救うためだ。人狼族の血を体に入れりゃあ力が手に入る。ミレニアと戦うためにその力が欲しい。だが、人狼族の陰の血は拒絶反応…自我の崩壊が起こるっていうじゃねえか。だから、俺たちは『陰の血』をじゃなく『陽の血』を探している。極めて珍しい、あの『ソルブラッド』をな」

「ソルブラッドだと?」


 財前の言葉を聞きながら、私はおばあちゃんの本に書かれていた内容を思い出していた。確か、人狼族の血は二種類あるが、陽の血…ソルブラッドは限りなく少ないと本には書かれていた。


「俺の調べによると、『ソルブラッド』の力は未知数らしい。珍し過ぎて研究が進んでいなかったみてえだが、人狼族以外の人間に直接与えても拒絶反応は起きない、なんて噂もあるらしいじゃねえか」


 そういえば、前に夢でおばあちゃんが…。


 ──陽の血は拒絶反応がない


 って言ってたっけ。あの夢が本当なら、彼の言う通り、ソルブラッドは拒絶反応が起きない…?いや、あれは夢だ。だけど、どこか現実味があったんだよなあ。


 だが、焔は冷静にこの財前の説を一蹴いっしゅうする。


「迷信だ。そんなデータは見たことも聞いたこともない。それにソルブラッドの者は、もうこの世にはいない。探すだけ無駄だ」


 苦笑いを浮かべながらハッキリとそう言い切る焔。だが、財前は焔の苦笑いをどう解釈したのか、なぜか楽しげにこう返す。


「だろ?笑っちまうだろ?人狼族でさえほぼ絶滅状態だってのに、さらに珍しいソルブラッドを持つヤツがマジでいるのかよってな」


 財前は再び酒瓶を手に取り、酒を飲む。酒瓶が口から離れた時、私は彼の顔がほんのり赤みを帯びていることに気付いた。財前は相槌を打ちながら、上半身を心地よさそうに軽く揺らしている。彼の様子を見て、私とヤトが思わず呟く。


「もしかして、もう財前さん…」

「完全に酔っぱらってるね」


 一瞬周囲を見渡すと、部屋の隅にはザッと見ただけでも十本以上の酒瓶がある。この人、どれだけお酒好きなんだろう。

 だが、財前はそんな私を気にも留めずに話を進める。


「…驚くべきことだが『ソルブラッド』は存在する。少なくとも、その可能性があると俺は睨んでいる」

「どういうことですか?」

「聞いてくれるか、ちんちくりん。実はな、紅牙組には三代に渡って贔屓ひいきにしている占星術のばあさんがいるんだけどよ」

「占星術?」

「そのばあさんが言うんだ。『ソルブラッドは確かにある』ってな」


 その言葉に場が凍りつく。陽の血が…!?焔でさえ驚きを隠せず、目を見開いている。だが、ヤトは翼をバタつかせながら声を上げた。


「占いなんて、非科学的だ!信じられるか!」

「俺から言わせりゃあ、お前の方がよっぽど非科学的だぜ、カラスの小僧」


 瞬時に言い返され、ヤトは悔しそうな表情を浮かべて黙る。


「まあ、信じる信じないは自由だがよ、このばあさんの予言は、俺が知る限り外れたことがねえ。今も組長が『ソルブラッド』の在処を探れないか、そのばあさんに相談しに行ってるくれえだ。賭ける価値はある。少なくとも、俺はそう思ってる」


 財前の話には妙な説得力があった。だが、焔は依然として疑いの色を隠せない。


「馬鹿な。あり得ん。陽の血…ソルブラッドが存在するなど…」

「そんなに珍しいんですか?」


 私は思わず口を挟んだ。焔は一瞬黙った後、こう言葉を続けた。


「…ソルブラッドの人狼族に、過去一人だけ会ったことがある。だが、その者ももういない。生き残りの人狼族は五人もいないし、その中にソルブラッドの者がいれば、SPTが把握しているはずだ」

「ソルブラッドの『人狼族』がいるとは限らねえぜ」


 財前は静かに言い返すと、座卓の上に散らばった書類を一枚取り、私たちに差し出した。そこに映し出されていたのは、なんとおばあちゃんだった。


 ど、どうして、おばあちゃんの写真が…?


「大分昔の写真だが、この女は人狼族の研究をしていた中心人物だ。当然知ってるよなあ?お前らも」


 焔とヤトが一瞬、様子を伺うかのように私を見た。突然のおばあちゃんの登場で、顔が強張った私を気にかけたのだろう。


「この女なら、ソルブラッドの希少性が十分わかっていたはずだ。採取した血を保管して、どこかに隠したかもしれねえ!」


 おばあちゃんが…?


 言われてみると、その可能性も現実味があるように思えてくる。今ソルブラッドを持つ人狼族がいなくても、血そのものを保管していたのかもしれない。


 だけど、血を保管しているとしたら、一体どこに…?


「…というわけだ。話が長くなっちまったが、SPTならミレニアのこと、少しは知ってるだろ。組長と会ったら少し情報を教えてやってくれ。この件で一番心を痛めてるのは、組長なんだからよ」

「どういうことだ?」


 焔の問いに、財前は一瞬目を伏せ、苦笑いを浮かべながらこう続けた。


「…ミレニアに拉致された六人のうちの一人は、組長の息子だ。まだ十五歳。クソ生意気なガキだが憎めないヤツでな。それに、他の五人も俺たちからしてみりゃあ家族同然だ。なんとしてもミレニアから奪い返す。それも、なるべく早く。そのためには、少しでも情報が欲しい。あんたらに迷惑はかけねえから、頼む!この通りだ」


 そう言って財前はあぐらをかいた膝に両手を置き、深く頭を下げた。私とヤトは焔を見る。彼は財前から目を逸らすことなく、しばらく考え込んでいた。そうして、静かに息を吐き、ゆっくりと口を開く。


「言える範囲でいいなら」

「ほ、本当か!?」


 財前は一瞬で顔を上げ、焔の肩をガシッと掴む。


「お前、いいとこあんじゃねえか!冷たい堅物だと思ってたけどよォ!」


 財前は焔の肩を掴んだまま、笑顔全開で力任せに彼の上半身を勢いよく揺さぶる。焔はまったく抵抗せず、無表情のまま財前に振り回されている。二人の温度差に、私とヤトは思わず笑いを堪えた。


「ところで、話は変わるが…」


 財前は一瞬間を置いてから、真剣な面持ちで口を開いた。


「お前ら、本当はどうしてここに来た?」

「え?」

「何言ってんだ?」


 戸惑う私とヤト。だが、財前が私たちに向ける眼光は鋭い。まるで私たちの真意を見極めようとするかのように。


「耕太…。花丸に会いに来たって言ってたな。目的は?」


 その言葉にギクリとした。花丸は私と同じ、この世界とは別の「並行世界」で暮らしていた。だから、花丸を連れて元の世界に戻るために、彼を迎えに来たのだ。とはいえ、並行世界の話なんて信じて貰えるはずがない。


「SPTはミレニア討伐の特殊部隊だ。まさかとは思うが、耕太とミレニア、何か関係があるんじゃねえだろうな?こっちは手の内を明かしたんだ。今度はそっちが本当のことを話す番だぜ」


 ふと脳裏のうりに、さっき拾った財前のパスケースが浮かんだ。そこに挟まれていたのは、花丸そっくりの男性の写真。もしかしたら、財前はその男性と花丸を重ねて、彼を気にかけているのか…?そんな思いを巡らせながら焔の顔色を伺うと、無表情で黙ったまま財前をじっと見ている。二人の視線が交差した後、焔は軽く咳払いをして静かに口を開いた。


「そうだな。本当のことを話そう」


 へ、並行世界のこと、話すんですか!?焔さん!?


 だが、この後焔から飛び出したのは、思いもよらない言葉だった。



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