ジリジリとした夏の熱気が室内にこもる中、財前は話を続ける。
「確かに、俺たちは人狼族の血を探している。目的は、
「ソルブラッドだと?」
財前の言葉を聞きながら、私はおばあちゃんの本に書かれていた内容を思い出していた。確か、人狼族の血は二種類あるが、陽の血…ソルブラッドは限りなく少ないと本には書かれていた。
「俺の調べによると、『ソルブラッド』の力は未知数らしい。珍し過ぎて研究が進んでいなかったみてえだが、人狼族以外の人間に直接与えても拒絶反応は起きない、なんて噂もあるらしいじゃねえか」
そういえば、前に夢でおばあちゃんが…。
──陽の血は拒絶反応がない
って言ってたっけ。あの夢が本当なら、彼の言う通り、ソルブラッドは拒絶反応が起きない…?いや、あれは夢だ。だけど、どこか現実味があったんだよなあ。
だが、焔は冷静にこの財前の説を
「迷信だ。そんなデータは見たことも聞いたこともない。それにソルブラッドの者は、もうこの世にはいない。探すだけ無駄だ」
苦笑いを浮かべながらハッキリとそう言い切る焔。だが、財前は焔の苦笑いをどう解釈したのか、なぜか楽しげにこう返す。
「だろ?笑っちまうだろ?人狼族でさえほぼ絶滅状態だってのに、さらに珍しいソルブラッドを持つヤツがマジでいるのかよってな」
財前は再び酒瓶を手に取り、酒を飲む。酒瓶が口から離れた時、私は彼の顔がほんのり赤みを帯びていることに気付いた。財前は相槌を打ちながら、上半身を心地よさそうに軽く揺らしている。彼の様子を見て、私とヤトが思わず呟く。
「もしかして、もう財前さん…」
「完全に酔っぱらってるね」
一瞬周囲を見渡すと、部屋の隅にはザッと見ただけでも十本以上の酒瓶がある。この人、どれだけお酒好きなんだろう。
だが、財前はそんな私を気にも留めずに話を進める。
「…驚くべきことだが『ソルブラッド』は存在する。少なくとも、その可能性があると俺は睨んでいる」
「どういうことですか?」
「聞いてくれるか、ちんちくりん。実はな、紅牙組には三代に渡って
「占星術?」
「そのばあさんが言うんだ。『ソルブラッドは確かにある』ってな」
その言葉に場が凍りつく。陽の血が…!?焔でさえ驚きを隠せず、目を見開いている。だが、ヤトは翼をバタつかせながら声を上げた。
「占いなんて、非科学的だ!信じられるか!」
「俺から言わせりゃあ、お前の方がよっぽど非科学的だぜ、カラスの小僧」
瞬時に言い返され、ヤトは悔しそうな表情を浮かべて黙る。
「まあ、信じる信じないは自由だがよ、このばあさんの予言は、俺が知る限り外れたことがねえ。今も組長が『ソルブラッド』の在処を探れないか、そのばあさんに相談しに行ってるくれえだ。賭ける価値はある。少なくとも、俺はそう思ってる」
財前の話には妙な説得力があった。だが、焔は依然として疑いの色を隠せない。
「馬鹿な。あり得ん。陽の血…ソルブラッドが存在するなど…」
「そんなに珍しいんですか?」
私は思わず口を挟んだ。焔は一瞬黙った後、こう言葉を続けた。
「…ソルブラッドの人狼族に、過去一人だけ会ったことがある。だが、その者ももういない。生き残りの人狼族は五人もいないし、その中にソルブラッドの者がいれば、SPTが把握しているはずだ」
「ソルブラッドの『人狼族』がいるとは限らねえぜ」
財前は静かに言い返すと、座卓の上に散らばった書類を一枚取り、私たちに差し出した。そこに映し出されていたのは、なんとおばあちゃんだった。
ど、どうして、おばあちゃんの写真が…?
「大分昔の写真だが、この女は人狼族の研究をしていた中心人物だ。当然知ってるよなあ?お前らも」
焔とヤトが一瞬、様子を伺うかのように私を見た。突然のおばあちゃんの登場で、顔が強張った私を気にかけたのだろう。
「この女なら、ソルブラッドの希少性が十分わかっていたはずだ。採取した血を保管して、どこかに隠したかもしれねえ!」
おばあちゃんが…?
言われてみると、その可能性も現実味があるように思えてくる。今ソルブラッドを持つ人狼族がいなくても、血そのものを保管していたのかもしれない。
だけど、血を保管しているとしたら、一体どこに…?
「…というわけだ。話が長くなっちまったが、SPTならミレニアのこと、少しは知ってるだろ。組長と会ったら少し情報を教えてやってくれ。この件で一番心を痛めてるのは、組長なんだからよ」
「どういうことだ?」
焔の問いに、財前は一瞬目を伏せ、苦笑いを浮かべながらこう続けた。
「…ミレニアに拉致された六人のうちの一人は、組長の息子だ。まだ十五歳。クソ生意気なガキだが憎めないヤツでな。それに、他の五人も俺たちからしてみりゃあ家族同然だ。なんとしてもミレニアから奪い返す。それも、なるべく早く。そのためには、少しでも情報が欲しい。あんたらに迷惑はかけねえから、頼む!この通りだ」
そう言って財前はあぐらをかいた膝に両手を置き、深く頭を下げた。私とヤトは焔を見る。彼は財前から目を逸らすことなく、しばらく考え込んでいた。そうして、静かに息を吐き、ゆっくりと口を開く。
「言える範囲でいいなら」
「ほ、本当か!?」
財前は一瞬で顔を上げ、焔の肩をガシッと掴む。
「お前、いいとこあんじゃねえか!冷たい堅物だと思ってたけどよォ!」
財前は焔の肩を掴んだまま、笑顔全開で力任せに彼の上半身を勢いよく揺さぶる。焔はまったく抵抗せず、無表情のまま財前に振り回されている。二人の温度差に、私とヤトは思わず笑いを堪えた。
「ところで、話は変わるが…」
財前は一瞬間を置いてから、真剣な面持ちで口を開いた。
「お前ら、本当はどうしてここに来た?」
「え?」
「何言ってんだ?」
戸惑う私とヤト。だが、財前が私たちに向ける眼光は鋭い。まるで私たちの真意を見極めようとするかのように。
「耕太…。花丸に会いに来たって言ってたな。目的は?」
その言葉にギクリとした。花丸は私と同じ、この世界とは別の「並行世界」で暮らしていた。だから、花丸を連れて元の世界に戻るために、彼を迎えに来たのだ。とはいえ、並行世界の話なんて信じて貰えるはずがない。
「SPTはミレニア討伐の特殊部隊だ。まさかとは思うが、耕太とミレニア、何か関係があるんじゃねえだろうな?こっちは手の内を明かしたんだ。今度はそっちが本当のことを話す番だぜ」
ふと
「そうだな。本当のことを話そう」
へ、並行世界のこと、話すんですか!?焔さん!?
だが、この後焔から飛び出したのは、思いもよらない言葉だった。