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第37話 真偽

「実は、花丸は家族から捜索願が出されている」

「捜索願ぃ~?」


 財前があからさまに顔をしかめる。


「単なる人探しってことか?そんなのSPTじゃなくて、警察の仕事じゃねえか」

「通常はそうなのだが、人手が足りないらしく協力を要請された。それに、この幸村凪はSPTに入隊したばかりでな。彼女の研修も兼ねて、比較的やりやすい人探しの任務が与えられたというわけだ」


 しれっと嘘をつく焔に私は思わず目を泳がせる。ふと前を見ると、財前が疑いの眼差しをこちらに向ける。私は反射的に、そうなんですよ、という風に作り笑顔を見せた。


「つまり、自分から姿をくらましたってことか?理由は?」

「…仕事がうまくいっていなかった、とか」

「仕事って?」

「マジシャンの見習いだったと聞いている。なかなか芽が出ず、悩んでいたそうだ」

「…ふーん」


 財前は訝しげに目を細め、焔を見据えたまま、顎に手を当てて何やら考え込んでいる。焔の言葉を疑っているようにも見えるが…。


「つまり?」

「花丸耕太とミレニアには、なんの関係もない」


 その言葉を聞いて、財前はゆっくりと息を吐き、安堵したような表情を浮かべた。


「そう…なのか。ま、そう聞いて安心したぜ」


 財前がバンッと膝を叩き、立ち上がる。


「そろそろ昼飯だ。時間を取らせて悪かったな。それに喧嘩も。試すようなことしてよ」

「いや…」


 焔もゆっくり立ち上がり、財前を見る。その目は心なしか、穏やかな光を纏っていた。


「次は、君の左手が治った時にでも」


 一瞬、驚きの表情を浮かべる財前。短い沈黙が流れた後、焔と財前は互いに無言で笑い合った。


-----


 部屋を出た私たちは、縁側を歩いていた。廊下は夏の日差しを受け、歩くたびにピリッとした熱さが足の裏から全身に伝わる。前を歩く焔を見ると、銀髪が太陽の光を反射して甘美な光を放っていた。そんな光景に一瞬目を奪われながら、私はおもむろに口を開く。


「…花丸さんを並行世界に連れて帰ろうとしていたこと、話さなくて良かったんですか?」


 焔は一度足を止めるが、すぐに歩みを進めながらこう答えた。


「並行世界のことは機密情報だ。そんな話をしたところで混乱させるだけだし、財前が知りたかったのは花丸がミレニアに関わっているかどうかだ。それさえクリアにしておけば問題ない」


 焔の言葉に私はゆっくりと頷く。確かにそうなのだけど、心の中で何かが引っかかっていた。さっきの焔の嘘を、財前があまりにもあっさり受け入れた気がしたのだ。


「ところで、凪。さっきの財前の話だが」

「はい?」

「幸村藍子がソルブラッドを隠していたという話。どうだ?思い当たる節はあるか?」

「思い当たる節…ですか?」


 足を止め、空を仰ぎながら考える。強い日差しを瞳で受けつつ、しばしの間考えるが…。


「見当もつきません…」


 すると、焔はスマホ画面を私に見せる。映し出されていたのは箱型の白い物体。焔が画面をスクロールすると、小さな冷蔵庫のような形状のタイプや、細長くガラス張りになっているタイプが次々と表示される。


 これは…?


「…何かの機械ですか?」

「血液を保管できる医療用の装置だ。これに似たようなものを、家で見たことは?」


 私は少し考える。おばあちゃんはおじいちゃんと一緒に北海道で暮らしていた。おじいちゃんが亡くなった翌年におばあちゃんは東京に来て、私が六歳の時から約二年間同じ家で過ごした。


 北海道のおばあちゃんの家の居間には木目のテーブルと、いつも温かい湯気を立てるお茶のポットが置かれていた。壁には古い掛け時計があり、それを見ながらよく「大きな古時計」を歌ってたっけ。


 そして東京の家。おばあちゃんの部屋には小さなソファと机があったけど、机の上に置かれていたのは編み物や古い本ばかり。見慣れた光景を頭に思い描くが、画像の機械に似た装置なんて見たことがなかった。


「なかった…と、思います」

「そうか。ちなみに、気を悪くしないで欲しいのだが…」


 焔が少し言いにくそうに目を伏せる。


「どうしました?」

「実は、君の世界に移った後の幸村藍子の動向をSPTが数回調査していた。それで、私も彼女がどう過ごしていたのか、大まかなことは知っているんだ。報告書を読んでいたから」


 言われて私は驚きつつも、すぐに納得した。こっちの世界ではおばあちゃんは重要人物みたいだから、SPTが行動を調べていたのだろう。


「それによると、彼女の夫、要は君の祖父も医者で、北海道に診療所があったそうだな」

「え!そうなの!?」


 ヤトが驚きの眼差しで私を見る。実はそうなのだ。おじいちゃんは北海道の田舎で「幸村診療所」をしていた。陽気な性格で近所の人たちとも仲が良く、その地域では医者が珍しいこともあって、ちょっとした有名人だった。


「そうです。だけど、おばあちゃんは特に手伝ったりもしてなかったですよ」


 そう、おばあちゃんが北海道でしていたことといえば、家庭菜園と犬の散歩、読書、それに編み物くらい。おじいちゃんの診療所には他に看護師がいたし、おばあちゃんは結婚してから医者を辞めたはず。もちろん、診療所を手伝っていたなんて話は聞いたことがなかった。


「その診療所に行ったことは?隠せる可能性があるとしたら、そこかと思ったのだが」


 ハッとして私は思い浮かべるが、診療所に最後に行ったのは確か五歳くらいの時。まったく記憶になかった。


「…すみません。まったく覚えてないです。小さかったから。それに、おじいちゃんは私が五歳の時に死んじゃって、その後診療所を閉鎖して医療設備や器具は全部売ったって聞きました」


 大事なことを思い出せず、申し訳ない気持ちで焔を見るが、意外にも彼は安心したような様子だった。


「可能性はあるんでしょうか?おばあちゃんが『ソルブラッド』を隠して、今もどこかにあるっていう話は…」


「いや、恐らく財前の読み違いだ」

「え?なんで?」


 ヤトがおもむろに尋ねる。


「血液を保管できる装置は小型のものもあるが、十年以上保管するなら大型の専用装置でなければまず無理だ。だが、そんな大型の装置が彼女の生活エリアにあれば凪や家族が当然気づくし、それでも保管できるのはせいぜい二十年。四十年以上前から君の世界で暮らしていた幸村藍子が、仮に夫の診療所にソルブラッドを隠していたとしても、他の医療設備と一緒に売却されるころには、もう期限切れだ」


 話を聞き、私はゆっくり頷く。じゃあ、やっぱりソルブラッドはもうこの世にはない、ということか。


「ああ~ビックリした。ソルブラッドがあるなんて。それに、凪のおばあさんまで登場するなんてさ」

「ね、私もビックリした」

「何はともあれ、この件に関しては安心だ」

「安心?」


 不思議に思って焔の顔を伺うと、彼は静かに微笑んでいた。


「君の祖母が本当にソルブラッドを隠していて、それがミレニアの耳に入るなんてことがあれば、今以上に君が危険に晒される」


 言われてみれば確かに…。


 ただでさえ、私はおばあちゃんから磁場エネルギーの場所を知らされているせいで狙われている。相変わらず、全然思い出せないのだけど…。これ以上情報を知っているとなったら、もっと厄介なことになるに違いない。そんな思いが頭を巡りながら、私はヤトを抱きかかえ、焔とともに廊下を歩いていた。


 この時、ソルブラッドの話で頭がいっぱいだった私には気づきようがなかった。遥か後方で、財前が柱の影からこちらをじっと見つめていたことに。



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