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第38話 確信

 夕方。私は白い割烹着に身を包み、再び縁側で廊下の拭き掃除をしていた。さっき財前とひと悶着あったせいで進められなかった掃除の続きをしていたのだ。せっせと廊下を拭きながら、さっき話していた「ソルブラッド」について考えていた。


 焔は「ソルブラッドに拒絶反応がないなんて迷信」と言っていたけど、夢の中のおばあちゃんは、ソルブラッドには拒絶反応がないと言っていた。普通に考えたらあれは夢なのだが、不思議と「ただの夢」と割り切ることができなかった。


 それにしても、ソルブラッドがどんな血なのか全然知られていないなんて。言い換えれば、データが集まらないくらい珍しいということか。


「珍しい血液型、かあ」


 茜色に染まった空を見上げて、私は昔のことを思い出していた。

 それってまるで──。


「おい、ちんちくりん」


 突然話しかけられて、私は体をビクつかせる。恐る恐る振り向くと、柱の影から財前がじっとこちらを見据えていた。財前は私を睨みながらゆっくりとこちらに近づいてくる。


 ど、どうしよう!

 今は近くに焔さんもヤトもいない…!


 財前は私の腕をグイッと力強く引っ張り、近くの部屋の襖を乱暴に開けて、部屋の中へと押し込んだ。


「ちょっちょっと!何するんですか!」


 突然の行動に、私は思わず大声を上げる。すると、彼は人差し指を口に当て、シーッと息を漏らす。


 一体これは何事…!?


 財前は一瞬廊下の人通りを気にしながら、こう囁くように告げた。


「騒ぐんじゃねえよ。お前、本当のこと知ってんだろ?」

「ほ、本当のこと?」

「耕太のことだよ。捜索願なんて嘘だろ?あいつをどうする気だ?正直に言え」


 私はギクリとして顔を強張らせる。財前はさっきの焔の嘘を見抜いていたのだ。


「あんにゃろう。俺が酔っ払いだからって、しれっと嘘つきやがって腹立つぜ。俺はな、嘘をついているヤツを見ると、昔からピンときちまうのよ。さて、ちんちくりん。残念だが焔の野郎は今ごろ台所だ。舎弟たちにしっかり捕まえとけって頼んでおいたからな。さっきみたいな邪魔はさせねえ」

「う、嘘じゃないです!本当に私たちは花丸さんを探しにきて…」

「だから、探しにきただけじゃねえんだろ。あいつがマジシャンだと?研修医だろ。本当は」


 私は驚き、つい目を大きく見開く。財前は花丸が元研修医だと知っていたのか。


「それによ。耕太もお前らから別の話されたって言ってたぜ」


 別の話…?もしかして花丸さんは並行世界のことを…?


「…ほ、本当に?喋っちゃったんですか?花丸さん」


 反射的にそう尋ねると、次の瞬間財前はにやりと笑い、私を自らの方へと強く引き寄せる。私は察した。財前がまたカマをかけたのだと。


「お前、SPT向いてねえな。今のでハッキリしたぜ。さあ言え。お前らあいつをどうする気だ?」


 顔面スレスレで私を問い詰める財前。

 だから、近いって…!


「い、言えません!」


 花丸を探しに来たのは、私と一緒に元の世界に帰るため。彼が「帰らない」と言っていて、ちょっと事態がややこしくなってるけど。そんなこと説明したところで信じて貰えるわけ…。


「しょうがねえなあ、ちんちくりん」


 そう言うと、財前はバンッと勢いよく壁に手をついた。

 これは、いわゆる壁ドン…!?


「…言わねえとどうなるか、今から俺がじっくりわからせてやろうか?」


 言い終わるのと同時に、財前がゆっくりと顔を近づけてくる。私の脳裏のうりに昼間の屈辱が蘇る。


 この人、一度ならず二度までも…!


 頭に血が上った私は、気づくと右足で財前の股間を勢いよく蹴り上げていた。


「──っ!?」


 目と口を大きく明け、言葉にならない苦痛に顔を歪ませる財前。一瞬ひるんだ隙に、私は思いっきり跳ね上がる。


 くらえ、私の石頭を──!


 ゴンッという鈍い音と同時に、財前は仰け反り尻もちをついた。


「うごおぉ!」


 や、やった!決まった!


 私の渾身の頭突きが見事にさく裂した。体から湧きあがる爽快感。これまでの鬱憤うっぷんを払しょくできたのが嬉しくて、思わず笑みがこぼれる。


「いってえな!ちんちくりん…!」

「ずっと思ってたんですけど、顔近いんですよ!いつもいつも!」


 私は勢いに任せて人差し指を財前に突きつけ、強い口調で続けた。


「それに!私の名前は幸・村・凪です!!もう二度と『ちんちくりん』なんて呼ばないでください!!」


 数秒間、財前はポカンとした顔をしていたが、一気に彼は表情を緩めた。


「あっはっは!」


 清々しいほどの笑い声に、私は一気に恥ずかしくなって、慌てて手を下ろす。


「さっきも思ったけどよ、お前…一見オドオド系に見えて、結構強情だな」


 財前は笑いながら立ち上がり、和服についたホコリを払う。


「悪かった、凪。もうしねえし、ちんちくりんなんて呼ばねえ。約束する。それに…」


 財前は三歩ほど私に近づく。警戒して思わずファイティングポーズを取る私だが、財前は満面の笑みを携えながら、意外な言葉を口にした。


「…俺は本当に、気の強え女が嫌いじゃねえんだぜ」


 優しげな表情に私は一瞬気を取られ、つい構えた拳が緩む。

 なんだか、調子狂うな…。


 戸惑う私をよそに、財前の表情は一転して真剣さを帯びる。


「頼む。耕太のこと教えてくれ。お前にしか頼めねえんだよ」


 …本当に知りたいんだ。だけど…。


「信じて貰えるわけ…」

「信じるさ」


 間髪入れずにそう言い切る財前。驚いてふと顔を上げると、財前の瞳が真っすぐ私を見据えていた。


「お前は、嘘はつかねえ」


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