目次
ブックマーク
応援する
13
コメント
シェア
通報

第46話 詠唱

 竹刀を振り下ろしたのと同時に、塚田は苦痛の声を上げて地面に倒れ込んだ。私は竹刀を再び構えようとするが、足がぐらついて膝をつく。息苦しい。どうやら軽い酸欠を起こしているようだ。


「凪!」


 ヤトが心配そうに駆け寄り、俯く私に慌てて話しかける。


「無理しないで!この力、慣れないと体力の消耗が激しいんだ。しっかり息吸って~~しっかり吐いて~~」


 目の前で、ヤトが羽を動かしながら深呼吸のジェスチャーをする。いつものヤトの調子に、苦しいながらも私はちょっとだけ顔がほころぶ。リズムに合わせて呼吸を整えてから、私はヤトの頭をそっと撫でた。


「ヤト、凄い。魔法使いみたい…ありがとう」


 ヤトは嬉しそうに鳴き、すり寄って頬ずりをする。安心感に包まれる私。だが、気を抜くわけにはいかない。目の前を見ると、塚田は倒れたままだ。気を失っているのだろうか。一方、ヤトは塚田を見て驚愕の声を上げる。


飛石ひせきだ!首のところ、見て!」


 塚田の首元に目を向けると、そこには鎖で繋がれた石が黒く光っていた。

 これが飛石…。確か「瞬間移動ができる石」だったっけ。塚田は、瞬間移動してここへ来たのか。


「だから突然現れたんだ。でもおかしい…。飛石の数は凄く少ないのに、どうしてミレニアの一端いったんがこんなものを…」


 ヤトの言葉に応えようとした次の瞬間、しゃがみ込んでいた私はバンっと地面に倒れた。軽く頭を打ち、思わず声が出る。


 突然のことで驚きながら足を見ると、足に頑丈な太い糸のようなものが括りつけられ、気づくと私は思い切り引きずられていた。糸の先は…塚田の右手だ。塚田は起き上がり、綱を引くように糸を思いきり引く。


 弾力性があるのか、糸はまるでゴムのように伸縮し、私の体は三メートルほどの高さに舞い上がる。そして、勢いを速めながらそのまま地面へと向かっていた。


「凪!!」


 このままだと地面に叩きつけられる。だが、幸いなことに両手は自由だ。私は敢えて頭を下に向け、逆さまの状態になる。そのまま両手を伸ばし、受け身の体勢を取った。バンッと勢いよく地面に叩き落された私だが、ギリギリ受け身が成功した。それに、地面が雨で濡れてクッションのようになり、思った以上に痛みはない。


 安心したのも束の間、再び塚田の放った糸は私の両足に絡みつき、強く引っ張ってくる。手で何とか引きちぎろうとするが、かなり硬い。焦る私の前で突如とつじょ、白い閃光が走った。はらりと、糸が切れていく。


 今のは、ヤトの爪だ。私は立ち上がろうとするが、そうはさせまいと塚田が真正面から向かってくる。


 だが、そんな塚田の動きを止めるかのように、ヤトが塚田の顔に攻撃を食らわせた。塚田は顔を隠しながらブン、ブンと手を振るが、ヤトが素早く飛び回るので一向に当たらない。


 ヤト、凄い!


 一方の私は、ようやく竹刀を構える。これからどうやって倒せば…。そう思った時、空からまた得体の知れない気配を感じた。


 上を見ると、また別の影が五つほどこちらに向かっている。そして最悪なことに、皆刃物のようなものを持っているのがわかる。狙いは、あからさまに私だ。私はキッと前を見据えて竹刀を構える。一対五なんて経験ないし、出来たら経験もしたくない。


 でも、もうやるしか──。


 そう思った次の瞬間、ヤトが私の前に降り立ち、再び呪文のような言葉を唱える。


 バシッという鋭い音とともに、赤い光を放つバリアが私たちの前に現れた。そのバリアに触れた影たちは、苦しそうにもだえている。影の動きが止まって、やっとしっかり姿が確認できる。この人たちも塚田と同じように、鋭い歯と爪を携えて獣のように私を睨みつけている。ミレニアの使徒だ。


「凪!大丈夫?」

「う、うん」


 すると、目の前のバリアが少しずつ薄れていく。どうやら、これは短時間だけ出せるものらしい。


「追手が多過ぎる!凪、焔に知らせるんだ!」


 そうだ。追手に遭遇したら押すよう彼からネックレスを預かっていた。私はスイッチを押そうと慌てて首にかけたネックレスの蓋を開ける。だが、敵の一人が私の顔面目掛けて刃物を振り上げる。反射的に竹刀で防ぐが、その拍子にネックレスの鎖が切れて、地面へと落とされてしまった。


「凪!」


 ヤトが私の前の敵に足蹴りを食らわせ、すぐさまネックレスをくちばしで掴もうとするが、別の敵がヤトに狙いを定める。ヤトは素早くかわし、隙を見て足蹴りを食らわせる。二人の敵を相手にしているヤトは、防戦一方だ。


「ヤト!」


 私は叫びながら軽く足を動かす。さっきよりも動く。

 これなら走れる!


 ヤトの助太刀に行こうと思った時、目の前を得体の知れない物体がビュンという音を立てて横切った。あれは石だ。石は一人の敵の顔面に見事に命中、不意な攻撃に驚いたのか、敵はよろめいている。

 私は石が飛んできた場所を見る。そこには花丸が仁王立におうだちしていた。


「凪ちゃん!ヤト君!早く!こっちだ!」


 花丸は声を震わせながら叫ぶ。強張った表情を浮かべ足も震えているが、精一杯勇気を出しているのがわかる。花丸の頼もしさに救われた私だが、思わぬ展開が待ち受けていた。敵たちの視線が一斉に花丸に集まる。殺気を感じ取ったのか、花丸は石を持ったままその場にペタリと座り込んだ。


 まずい!


 私は竹刀を握りしめながら、大急ぎで花丸に向かって駆け出す。数秒後、敵も花丸に向かって駆け出しているのが、背中から伝わる。さっきの石で、敵は標的を花丸に変えたのだ。


「花丸さん!立って!逃げてえ!!」


 私は叫びながら走る。だが、花丸は立てないまま、目を大きく見開いて顔を引きつらせている。

 聞こえてくる足音からして追ってくる敵は五、六人。花丸のところまで走り、振り返って敵を迎え撃つ…。そんな神業かみわざみたいなことが私にできるのか?


 でも、やるしかない!


 そう腹をくくった私の耳に、再びヤトの言葉が響いた。だが、その言葉は今まで以上に確かな力と決意が込められていた。


──


八咫やたの力よ 我が身に宿れ

千の翼よ 闇を斬り裂け

焔の如き 黒き影

天命を超え 姿を現せ


──


 瞬間、すさまじい轟音とともに土埃が舞い、強い竜巻のような風が私と花丸を覆う。思わぬ強風に私は目を閉じて、その場に立ち尽くす。が、奇妙だ。さっきまで地面に立っている感触があったのに、今はそれがない。土埃が消えていくに従い、私は自分が宙に浮いていることがわかった。


「え!?う、浮いてる!?」


 声が聞こえて横を見ると、そこには花丸がいた。彼も宙に浮いている。私たちは抱きかかえられた状態で空を飛んでいた。


「あ、危なかったあ~。さすがに間一髪だったよ、凪」

「ヤ…」


 馴染みのある声にホッとして振り向く。だが、その姿を見て私は目を丸くした。


 私たちを抱えていたのは、見覚えのある漆黒しっこくの瞳と翼を持った、ひとりの少年だった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?