豪雨の中、私と花丸はヤトが呼んだカラスの背に乗せられたまま、地上から五メートル近く上空をひたすら前進していた。さっきの出来事が何度も頭を
嫌だ。ヤト。どうして…。
早く戻らないと!
そう思った私は、気づくとカラスたちを小突いて叫んでいた。
「お願い!戻って!」
だが、カラスたちはただ前へと進むだけで、私の言葉にまったく反応しない。
「凪ちゃん…」
花丸が心配そうに私に声をかける。
「花丸さん!お願い!一緒にカラスたちを止めて!」
必死の思いで頼み込むが、花丸は目を伏せ、諦めたように呟いた。
「…無理だよ。あんな強い敵。戻ったってやられちゃうよ」
花丸のひと言に、私は
「このまま逃げよう。そうして欲しくて、ヤト君もカラスを呼んだんじゃないの?」
花丸の言葉に、怒りと悲しみが一気に込み上げてきた。
何を言ってるの?
ヤトを放って逃げようだなんて。
心に湧きあがる絶望感と怒り。言葉にできない悲しみを抑えられなくて、私は唇を噛んだ。
冷静に考えれば、花丸が正しいのかもしれない。
だけど…。
俯く私の左手首に、ヤトがくれたお守りの赤いブレスレットが光る。
こっちの世界に来てから間もないけど、ヤトとの思い出はたくさんある。いつも笑顔にしてくれる、大切な存在。そんなヤトを失うなんて、それを黙って見過ごすなんて考えられない。
助けられるとしたら、今しかない!
私は腹を
「お願い!戻って!ヤトのところに!」
だが、相変わらず何の反応もない。花丸は私の肩を掴み、強い口調で言い放った。
「やめろって!もう無理だよ!君も死ぬぞ!」
この言葉で、私の中の何かが切れた。気づくと私は、思い切り花丸を平手打ちしていた。
「ヤトがもう死ぬみたいに言わないで!」
突然の平手打ちに驚いたのか、花丸は頬を押さえたまま呆然と私を見つめている。自分でも驚くほど感情が溢れ出していた。私はすぐさまカラスに目を向ける。話が通じないなら仕方がない。このカラスたちに恨みはないけど…。
私はおもむろに竹刀を構え、カラスたちの頭をゴンっと強く叩く。カラスたちはギャッと小さな鳴き声を上げ、連鎖的にバランスを崩していく。そのまま、私たちは重力に引かれるように地面に向かって急降下した。
──ドンッ!
地面に叩きつけられ、瞬間的に痛みを感じるが、すぐに体を起こす。
「花丸さん!大丈夫!?」
花丸は少し顔を歪ませた後、大丈夫という感じで頷く。私は安堵して竹刀袋を持ち、立ち上がる。すると、再び花丸が私の腕を掴んで引き留める。
「凪ちゃん!行っちゃだめだ!」
必死に伝える花丸。だが、私の心はもう決まっていた。
「今戻らなかったら、一生後悔する」
私は花丸を見据え、ポケットからSPTの手帳を取り、花丸に差し出した。
「ごめんなさい。護衛するように言われたけど、一緒に行けません。ここにSPT本部の住所が書かれてます。住所を頼りに向かってください」
そう言い残し、私は全速力で駆け出した。
ヤトがいる場所へ。
背後から花丸が私の名を呼ぶ声がかすかに聞こえる。だが、足を止めるわけにはいかない。雨は勢いを増し、地面を打つ音が激しく耳を叩く。走る度に泥が足に跳ねる。
ヤトは無事なのだろうか。
傷付いていないだろうか。
容赦なく襲い掛かる不安をかき消すように、私は一心不乱に走り続けた。
財前が教えてくれた「抜け道の穴」は、裏庭の外側からは目立っていて、すぐに見つけることができた。私は穴の中へ入り、裏庭へと飛び込んだ。顔を上げると、そこにはヤトも、敵の姿もなかった。
どこ?ヤト、どこにいるの?
私は半ば焦りながら、雨の降りしきる裏庭を見渡す。大雨で、相変わらず視界が悪い。すると、目の前に人が倒れているのが目に入った。息を飲んで駆け寄ると、それはミレニアの使徒の一人だった。ヤトが倒したのだろうか。ということは、きっとこの近くに…。そう思ってくまなく辺りを見渡すと、私の視線の先にある水たまりに、沈み込むように黒い塊が横たわっていた。
「ヤト!!!」
私は声を張り上げ、大急ぎで駆け寄った。人間に変化したヤトはカラスに戻っていた。雨で濡れた羽は痛々しく傷つき、よく見ると血も滲んでいる。私はヤトの体を抱き上げ、制服の袖で必死に水を拭う。
「ヤト!ヤト…」
何度も呼びかけるが、反応はない。羽の間から血が滲み出ていて、息をするたびに苦しそうに見える。
「早く手当しなきゃ…」
そう呟いた時、私の背後からあの不気味な声が響いた。
「見つけ…た。ユキ…ムラ、ナギ」
振り返ると、そこには塚田ともう一人のミレニアの使徒が立っていた。いい加減しつこいと、私は心の中で敵の執念深さにブチ切れていた。
しかし、その数秒後、塚田は驚きの行動に出た。横にいた仲間であるはずのミレニアの使徒の首を、自らの鋭い爪で切り裂いたのだ。