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第49話 覚醒

 塚田から不意に攻撃されたミレニアの使徒は、血しぶきを上げながらのたうち回り、やがてゆっくりと地面に倒れ込んだ。仲間同士であるはずなのに、一体何が起きているのか、私は状況を飲み込めずに立ち尽くす。塚田は、私の方を向き直り、低く呟いた。


「一緒…に、来てもらう…。お前…を、迎えに来た」


 迎えに来た…?


 そういえば、前に襲撃された時も、同じことを言われた気がする。それに確か、ミレニアの使徒は人狼族の血を入れられて、自我が崩壊していると聞いていた。だが、塚田を見ているとある疑念が湧いてくる。私は意を決して尋ねた。


「塚田さん。私をどこへ連れて行くつもりなんですか?」


 その瞬間、塚田の眉が微かに動いたのを、確かに見た。自分の名前に反応している。塚田は、人狼の血を入れられながらも、自分が誰なのか覚えている。だが、塚田は私を睨んだまま、まったく別の話をし始めた。


「アイ、ツ…。いない。今、チャンスだ…。人狼、の男…。発信機付きの、スマ、ホを渡していた…銀髪の…」


 銀髪…?焔さんのこと?


 塚田が言っているのは、私が対の世界に来る前に焔から渡されたあのスマホのことか?焔はあのスマホに発信機をつけていた。それを塚田が察していたということは、やはり焔の読み通り、塚田がスマホの発信機のことをSPTに潜むスパイに伝えて、私の位置を探らせた…。


 …ちょっと待って。

 ということは今、この人が私たちの場所をわかったのも…。


「塚田さん、飛石ひせきで瞬間移動してきたってことは、私がここにいることわかっていたんですよね?誰からその情報を?」


 再び塚田の眉が動く。私は直感した。塚田はSPTに潜むスパイから私の居場所を知らされ、狙って来たのだ。だけど、任務のことは長官しか知らないはず。


 一体誰が?まさか長官がスパイなんてことあるわけないし。


 そう思った矢先、塚田は突然わなわなと唇を震わせ、狂気に満ちた目で焦点を合わせぬまま鋭い爪を私に向ける。私は咄嗟とっさに、抱えているヤトを制服の懐へ入れ、竹刀袋を握りしめる。


 ヤト、もうちょっとだからね。あと少し、待っててね。


 塚田が猛然もうぜんと駆け出す。相変わらずべらぼうに速い。私は竹刀袋から手探りで竹刀を──。

 そう思ってハッとした。慌てていたのか、私が掴んだのは使い慣れている竹刀ではなく、焔から借りた真剣だった。


 私は一瞬戸惑いながらも、柄を強く握りしめて抜刀した。刀は重く、剣先が微かに震える。目の前の塚田は、小刀すら持たず、鋭い爪を刃のように構えて私に襲いかかってくる。その姿はまるで獣だ。


 ──ガンッ!


 鋼鉄こうてつがぶつかるような音が響く中、私は信じられない光景を目の当たりにした。塚田は、私の刀の刃を素手で掴んでいるのだ。爪は禍々しく鋭く、刃をしっかりと食い止める。五本、いや十本の刃を同時に相手にしているような感覚が襲う。


 刃は塚田の手に食い込み、血が滲んでいたが、塚田は痛みを感じていないかのように強く握りしめたままだ。圧倒的な力。私は瞬時に悟った。力では勝てない。


 私は咄嗟に足を出し、塚田の腹に蹴りを入れて距離を取る。だが、塚田の右手が素早く動く。再び、あの糸のようなものが宙を舞い、私の足を絡め取った。


 ──バシャッ!


 再び地面に叩きつけられ、痛みが全身を駆け抜ける。慌てて刀を振り、糸を切る。胸を撫で下ろしたのも束の間、塚田は再び猛スピードで迫ってくる。私は刀を振り上げ、下ろす。再びとどろく衝撃音。塚田は刃を手で掴み、刃はギリギリと嫌な音を立てる。私は両手に力を込めてなんとか押しのけようとするが、足元が雨でぬかるんでいて、一瞬バランスを崩す。


 すると、塚田はさらに力を込めて私を押し込んで来る。私は立っていられず、膝を地面につき、屈む形になる。塚田の息遣いが耳元で響くたび、恐怖が押し寄せてくる。


「もう…終わり、だ…」


 圧倒的な力の前に私は顔を歪ませる。このままでは爪に引き裂かれる。もうダメだ。だが、塚田は声を上げ突然後ろに飛び、距離を取った。解放された私は、驚きながら刀を見る。

 すると、刀は金色の光をまとっていた。


 これは…?


 ヤトが詠唱えいしょうで力を与えてくれた時は赤い光だったが、今は違う。金色の光が刀全体をおおっている。まるでこの刀にも、何か特別な力が込められているようだ。

 塚田が雄叫びを上げ、再び突進してくる。私はすぐに刀を構え、振り抜き、すぐさま水平へと軌道を変えた。戸惑う塚田。私は付け入る隙を与えないよう、攻撃の手を止めない。

 すると、塚田は一旦私から距離を取り、大きく息を吸った。


 来る!!


 そう思った矢先、私は仰天した。塚田の姿が消えた。いや、違う。消えたのではない。もの凄い速さで移動している。目では捉えられないほどの速さで。


 そのすぐ後、背後から寒気に似た薄気味悪さを感じて、私は反射的に体をひねる。しかし、肩に鋭い痛みが走り、血が噴き出した。私は肩を押さえながら周囲を見渡すが、塚田の姿を見つけられない。


 攻撃されている。

 でも、どこから攻撃されるのかわからない。

 移動速度が速すぎるのだ。

 刀を再び構えようとした瞬間、太もも、頬、そして背中を次々と切り裂かれ、鋭い痛みが全身を襲う。耐えきれずに膝をつくと、さっき刃を覆っていた金色の光も消えていた。

 膝をついた私の目の前に、今度はハッキリと塚田が姿を現し、手を振り上げる。


「い…一緒に…、来ても、らう」


 私は痛みを堪えながら刀を頭の上に掲げる。

 力と力の拮抗。

 渾身こんしんの力を込めるが、やはり及ばない。


 刃に目を向けると、ヒビが入り始めていた。このままだと刀が折れてしまう。私は一か八か、片手を離し、石を掴んで塚田に投げる。

 塚田が一瞬ひるんだ隙に、転がりながら距離を取った。竹刀袋を握り、今度は竹刀を手に取る。竹刀を掴んだ途端、塚田が猛スピードで私に迫る。私が思いきり竹刀を振り上げたまさにその時──。


 ──バシッ!


 鋭い音が響いたのと同時に、再び塚田が仰け反った。今度は竹刀から金色の光が放たれている。


 どういうこと…?

 この光、刀からじゃなくて、私から出てるの…?


 そういえば、この光。見覚えがある。

 確か、対の世界に来たその日、初めて塚田に襲われた時だ。攻撃されて身を守ろうとしたのだが、竹刀から閃光のようなものが飛び出したように見えたのだ。あの時は見間違いだと思ったけど、まさかあれも私の体から…?


 塚田は息を大きく吸ったかと思うと、再び目にもとまらぬ速さで移動を始める。またさっきの技だ。私は血が滲む両手でギュッと竹刀の柄を握って目を閉じた。

 塚田の動きはもう目では追えない。攻撃を避けるには、気配を感じ取るしかない。


 私は目を閉じ、息を整えた。雨は地面に激しく打ち付け、風が体を冷たく撫でる。激しい雨音、風の音、そして自分の心臓の鼓動こどう…。


 音に捉われるな。集中しろ。

 大丈夫。できる。

 この人を倒して、ヤトを助ける。

 そのために、気配を感じ取れ。


 私は心に耳を澄ませるように、ゆっくりと息を吸って吐く。それまで聞こえていた音が、次第に小さくなる。


 そうして感じ取った。右斜め上に、禍々しい殺気を。


 私は目を見開いて足を大きく踏み込み、思い切り竹刀を斜め上に振り上げる。竹刀は金色の光を纏い、一直線に伸びる。光はそのまま塚田の体へと伸び、肩を貫いていた。


 大きな叫び声が轟き、塚田がその場に崩れ落ちた。だが、私も酷い酸欠に襲われ、視界がぐるぐると揺れる。さっきの赤い光もそうだったけれど、この金色の光も、かなり精神力を消耗するらしい。目の前がかすみ、頭が掻き回されるような感覚が押し寄せる。やがて、猛烈な吐き気が込み上げ、私は堪らず膝と手をついて地面に倒れ込んだ。


 吐きながら、私はとにかく必死に呼吸を整える。

 早く立たないと。早く構えないと。また塚田が来る。

 だが、体に力が入らない。


 考える間もなく、またしても私の足に糸が巻き付き、地面に叩きつけられる。

 またあの糸だ!私は必死に糸を掴み、引きちぎろうとするが、塚田は物凄い速さで爪を構えながら私に迫ってくる。今、手元に竹刀はない。


 今度こそ、もう──。


 ぎゅっと目を閉じたまさにその時、ザッと風が吹き抜けるのを感じた。同時に、ふわりとした何かが私を優しく抱きかかえる。

 恐る恐る目を開けると、目に映ったのは、美しい銀髪に降り注ぐ雨粒。銀の雫がひとつ、丸い形のまま風に揺られて滑り落ちていた。


「ほ…」


 私は思わず呟いた。だが、その刹那、塚田が猛スピードで迫ってくる。


 ──危ない!


 だが、次の瞬間、焔は私を強く抱き締めたまま、素早く抜刀した。


 一閃。

 水平に放たれた一太刀。


 その太刀筋は雨も、風も、周囲に響くすべての音を切り裂くかのように、美しい弧を描いた。


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