気が付くと、私はベッド上で上半身を起こしていた。手は無意識に布団を力いっぱい握り締め、額にはじんわり汗が滲む。さっきの夢が、今も胸の奥でざわめいていた。
あの女の人は……。
すると──。
「凪!」
突然名前を呼ばれ、肩をビクつかせる。声の方を見ると、目に涙を浮かべたヤトがいた。
「うわあぁぁぴやあぁぁ!」
ヤトは私の胸へと勢いよく飛び込むと、すぐに頬ずりをする。私はそのままぎゅっとヤトを抱きしめた。
「おはよう、ヤト」
すると、ヤトがぴょこんと頭を上げ、クリクリおめめを私に向ける。
「へへへっ。もう夜だよ。凪、一日半寝てたんだから」
「………え!?」
一瞬言葉の意味が飲み込めず、私は目をぱちくりさせた。壁にかけられた時計を見ると、時刻は夜の六時半。そしてようやく、ここが焔の家だと気付いた。
決闘前は天宮の屋敷で寝泊まりしていたのだが、戦いの後ここへ運ばれたらしい。状況を理解した私は、フーっと息を吐く。
すると、ヤトがバサッと羽を広げ、私の腕から離れてホバリングするように宙を舞った。
「凪、すっごく格好良かった!やっぱり、凪は凄いよ!」
ヤトの真っ直ぐな言葉に、私は一気に照れて頭を掻く。
「それに…」
ヤトがぴょんっとベッド上に降り立ち、羽の先で私の左手首のブレスレットを指し示す。
「…このブレスレットも、凪の力になってくれたんだね」
その言葉に私はハッとした。
ヤトパパが私の心に宿っていること。
そして、焔との戦いで力を貸してくれたこと。
大切な話を、ヤトに伝えなければならない。
「ヤト。私、大事な話が…」
「大丈夫。わかってるから」
意外な返答に、私は言葉を失う。
──わかってる?
いつもの無邪気な表情から一転、ヤトは静かに微笑み、澄んだ表情をしていた。その雰囲気に、私は思わず息を呑む。
「八咫烏は進むべき者を導く存在。この子は必ずあなたを導く。だからあなたも、信じてあげてね」
──信じて……
私は猛烈な違和感に包まれる。言葉の選び方も口調も、今のヤトはヤトらしくない。
「……ヤト?」
混乱したまま問いかけるが、ヤトは何も答えず、ただじっと微笑みながら私を見つめていた。その時──。
「ふわあぁぁぁ」
ヤトは豪快に大あくびをして、何事もなかったかのようにぴょんぴょんと跳ねながら私の胸へ飛び込んで来る。
……???
何が何やら……??
ぐるぐるする私の頭。とりあえず、ヤトの小さな体をそっと支える。すると、ヤトが再び「ふわあぁ」とあくびをし、首をグーっと後ろに引いて伸びをした。
「…眠たいの?」
「うん」
小さな返事に私は微笑んで、ヤトの羽にそっと手を伸ばし、静かに体を撫でる。すると、五分も経たないうちに、ヤトはスヤスヤと寝息を立て始めた。
…疲れてたのかな?
私はヤトを起こさないように、そっと布団の上に乗せる。すると…。
コン、コン。
寝室の入口を見ると、焔が立っていた。突然の登場に胸がドクンと跳ねる。私は反射的に視線を逸らし、思わず顔を伏せてしまう。
「体調は?大丈夫か?」
私は息を整えて顔を上げ、小さく頷く。焔はわずかに表情を緩めて、真っすぐ私を見据えた。
「大事な話がある。一緒に来てくれないか」