数分後、私は焔に抱きしめられたまま戸惑っていた。
それは、この後のこと。
もしや、この先待ち受けているのは、チューというロマンス展開では…!?
そんな妄想がよぎり、心臓がバッタのようにバタバタ跳ねる。
この後の展開に、果たして私の心臓は持つのか──!?
そんな思いが頭をせわしく駆け巡った、まさにその時…。
──ぐる…
突然のマヌケな音に、私はハッと顔を赤らめた。お腹の音だ。さっきサンドイッチを一口食べたけど、それだけじゃ空腹は到底満たせない。
今最も気にするべきことは、心臓が持つかどうかじゃない。
このマヌケなお腹の音だったんだ──。
──ぐるるるる!
今度はさらに盛大な音が響く。私は誤魔化すように焔の懐に思いきり顔を埋めた。だが、時すでに遅し。焔は肩を震わせてぷっと笑うと、ゆっくり私を離して楽しげに言った。
「失礼。食事の途中だったな」
私は顔を真っ赤にして俯いた。すると、家の窓の方からバサッと羽ばたく音が聞こえた。
この音は──。
「あああ!ずっるーい!二人でサンドイッチ食べてるう!」
寝ていたはずのヤトが、目を覚ましたらしい。
こっそりサンドイッチを食べていると思ったのか、ヤトはプク顔で羽をばたつかせている。
「大丈夫、ほら」
焔はヤトにそう告げると、ミニマルサイズのサンドイッチを掴んだ。どうやら彼は、ヤト用のサンドイッチもちゃんと用意していたらしい。
サンドイッチを見るなり、ヤトはぱあっと顔を明るくさせ、「うわぁーい」と軽快な声を上げながら、一直線に焔の胸元へ飛び込む。
「どうしたの?二人で屋根に登ったりしてさ!サンドイッチまで!」
「ちょっとな」
ヤトは少し首を傾げた後、ふと夜空を見上げて楽しそうな声を上げる。
「へへへっ」
「どうしたの?」
「見てよ、お星さま!すっごく綺麗だよ!」
ヤトに促されて、私たちも夜空を見上げる。満天の星。輝く光が夜空いっぱいに広がっている。その時──。
──パンッ。
夜空に大輪の光が咲いた。どこかの花火大会だろうか。色とりどりの花火が空を彩っていく。
「宝石箱みたいだね!偶然見られるなんて、ラッキー」
ヤトがぽつりと呟いた言葉に、思わず表情が緩む。
「それに、大好きな二人と一緒だもん!きっと神様がくれたご褒美だね。ね、凪?」
「うん!私も大好きな二人と見れて幸せ──」
言った途端、ハッとした。ヤトに便乗して「大好きな人」と思わず口にしてしまったのだ。もちろん、焔だけじゃなくてヤトも大好きなわけだが、さっき「好き」という言葉を必死に抑え込んだ分、一気に恥ずかしさが込み上げる。
私はそっと、焔を見る。すると、彼は今までに見せたことがないくらい、にっこりと微笑んでいた。柔らかくてあたたかくて、少し照れたような真っ直ぐな笑顔。その表情に見惚れる間もなく、次の瞬間、焔はヤトごと私をグイっと抱き寄せた。
「私も」
耳元で焔の声が響く。私は顔を赤らめたまま、彼の胸元に再び顔を埋める。
今の言葉は一体…?
一瞬考えを巡らせるが、抱きしめられた驚きが勝る。私の疑念はあっという間に星空へと溶けていった。
今、確かなのは、彼が私とヤトの傍にいたいと思ってくれていること。それだけで十分、胸がじんわりと温かくなる。私は小さく笑って、ゆっくりと目を閉じた。…だが、数秒後。
──ぐるるるる!
再び鳴き渡るマヌケな音。
私は「ヒッ」と情けない声を上げ、慌てて焔から離れたのだった。