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第127話 花火

 突然の爆発音に、私たちはその場で凍りついた。音がしたのは、収容棟。江藤と丹後の部隊が向かった場所だ。


「丹後!江藤!無事!?」


 返ってきたのは無機質な電子音と「ザー」という雑音。どうやら、通信状況が乱れているようだ。数秒後、無線から僅かに声が聞こえた。


「──大丈…が、ミレ…多すぎる…」


 丹後だ。

 断片的な声を聞いた途端、焔の目が鋭く光る。


「想定以上の敵がいたようだな。やはり、こちらの動きが読まれていたか。どうする、天宮?」

「戦力を分散させよう」


 天宮がきっぱり返すと、上木がすかさず声を上げる。


「天宮隊長。例の爆破、ここで実行しますか?」


 SPTが用意していた爆弾は、頃合いを見計らって起爆させ、ミレニアの使徒と瓜生を陽動するためのものだった。上木の提案を聞いた天宮は、迷わず即答する。


「うん。ついでに屋上に設置した照明も最大に。この際とことん目立っちゃおう」

「了解です」


 上木はそう言うと、間髪入れずに屋上へ駆け上がる。

 そして次の瞬間──。


 ──バンッ!


 巨大な照明が点灯し、夜空が昼間のように照らされる。白光の中、上木は爆弾を仕込んだ大きなサイドバッグを空高く放り投げた。


 数秒後、頭上で空気を切り裂くような爆発音がとどろく。咄嗟とっさに焔が私とヤトを抱き寄せ、天宮も花丸の上に覆い被さる。鼓膜を揺らす衝撃と夜空を焼くかのような閃光。数秒後、爆炎の匂いが風に乗って漂ってきた。上木はすっと地上に舞い降り、すぐさま天宮に報告する。


「収容棟から煙が上がっています。やはり爆発物ですね。それと、人影が続々とこちらに向かってきます。数は、およそ二十」


 天宮は手元の時計に視線を落とす。


「…ここに来るまで、あと二分ってところかな」

「私に任せろ」


 焔が立ち上がるのと同時に、空気がピンと張りつめる。


「二十人なら、十分で倒せる」


 本気で言ってます…?焔さん…!?


 焔の発言に、天宮も肩をすくめ、笑みを漏らす。


「頼りになることこの上ないね。でも、油断は禁物だよ。僕が銃で援護する。暗闇の射撃は苦手だけど…照明もあるし。一応当たっても大丈夫なように人狼の気をまとっていてね。万が一当たったら、心苦しいから」


 天宮の軽口に頬を緩める焔。すると、上木が一歩前に進み、天宮に向き直った。


「天宮隊長。私が屋上から無線で敵の動き、方角を正確にお伝えします」


 上木の声は冷静で、揺るぎなかった。不意だったのか、天宮は一瞬目を見開く。彼の頬は、先ほどよりもほんの少しだけ赤らんでいた。


「…ありがとう。任せたよ、上木」

「はい」


 笑顔で頷く上木の背中を見届け、焔が静かに雷閃刀を抜く。照明の光を受けた刀身は、眩しく銀色に輝いていた。焔は柄を強く握りしめ、闇の向こうを鋭く見据える。


「先に行く」


 迷いのない言葉。気付くと私は走り出し、焔の袖を掴んでいた。


「私も…!」

「俺も!俺もォ~!」


 だが、焔は一歩も動かず、視線だけで私たちを制した。


「私だけで十分。ヤト、ちゃんと凪を守れよ」


 ヤトは「ううう」っと頭を垂れて小さく唸った後、胸を張るように翼を広げ、渋々頷いた。


「わ…私だって、守られてるだけじゃないですし!ちゃんと戦いますし!」


 抗議にも似た言葉に、焔はふっと口元を緩ませた。


「頼もしいな」


 すると、天宮の声が飛ぶ。


「焔!そろそろ出て!」

「ああ」


 焔は小さく頷くと、風のように駆け出した。地を蹴る音も、気配も残さず、影だけが疾走する。向かった先は人影が密集している広場だ。


 目を凝らして気付いた。敵──ミレニアの使徒が「人影」に見えたのは、黒装束を身にまとっていたからだ。一見人間のようにも見えるが、私は知っている。紅牙組でミレニアの襲撃を受けた時、敵の使徒と数人対峙した。彼らは元々人間ではあるが、人狼族の血を入れられ、歯は剥き出しとなり、爪も異様に尖っている。使徒は武器も所持しているが、あの爪そのものが鋭い刃物のようなものなのだ。


 それに、移動速度も尋常ではない。目をギラつかせて四足歩行で迫ってくる姿は、まるで血に飢えた狼そのものだ。


 焔は、そんな使徒に向かって躊躇ためらうことなく、真っ直ぐ駆け出した。だが次の瞬間、私は手で口を覆う。今使徒の数は、上木が報告した「二十」以上、増え続けていたからだ。


「ふ、増えてる!どんどん来ますよ!天宮さん!」

「大丈夫。僕たちもいるから」


 そう冷静に言いながら、天宮は視線を前方へ定め、静かに銃を構える。他の隊員たちも同様、無言で銃を構えながら、息を整え始めた。


 その時だった。


 ──ドンッ!


 先ほどの爆発とはまるで違う、地響きのような低音が夜の空気を揺らす。

 私たちは皆、音の方を振り返った。すると…。


 ──ぴゅるるるる…


 尾を引くような音の後、「パンッ」という乾いた音とともに、夜空に大輪の花が咲いた。花火だ。あまりの場違いな美しさに、誰もが言葉を失う。


 ひとつ、またひとつ。

 光の花々が次々と夜空に放たれていく。

 一瞬どこかの花火大会かと思ったが、それにしては近すぎる。


 花火が放たれた場所に目を凝らすと、うっすらと漂う煙の中に、花火に打ち上げ筒がずらりと並んでいた。火薬の匂いが風に乗ってくる頃、筒の列を背に花火の光を浴びながら、だらしなく和服を着こなした男が目に入った。


 男は不敵に笑い、持っていた刀──雷閃刀を抜くと、切っ先を頭上に掲げる。その瞬間、再び筒から「ドン」と音がして、夜空にパッと花が咲いた。


 男の顔を確かめようと目を細める私。それに気づいたのか、男は肩を揺らし、陽気に笑う。


「おいおいおいおいおい。俺のこと、もう忘れちまったのかァ、凪?」


 軽薄で、妙に耳の残る声。

 人を食ったような、ふざけた口調。


 間違いない、この人は──!


「………この紅牙組のイケメン若頭──財前光流ひかるをよォ!!」

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