「おいおいおい、俺を忘れてもらっちゃ困るぜ、巨乳の姉ちゃんよォ…」
財前を見るなり、瓜生は臭い物でも見るような目で見下した。
「…誰?あんた」
財前はバンッと薙刀を払い、胸を張って高らかに名乗る。
「紅牙組、財前
「財前?若頭の…?イメージ通り、チャラい男」
「なかなか正直じゃねえの。まあ聞け。俺は紅牙組を代表して、あんたに提案がある。それを飲んでくれたら、この場から逃してやってもいい」
「提案?」
すると、ヤトがバサバサと羽を広げ、財前に猛抗議を始めた。
「な、何言い出すんだ!瓜生を逃がすなんて……ふごっ!」
ヤトが言い切る前に、財前が素早くその
それを見た私は、すかさず負けじと身を乗り出した。
「財前さん!勝手なことしたら、SPTの隊員として私が……ふがっ!」
今度は私の口がガシッと塞がれる。
「そっちの事情なんざ知るか。それに、あの天宮と上木…焔に負けず劣らずの堅物と見た。あいつらの前じゃこんな話できねえからな。どうだ、姉ちゃん。話だけでも聞いてみねえか?あんたにとっても損はねえはずだ」
瓜生はゆっくり首を傾げる。あからさまに拒否しないところを見ると、どうやら話だけでも聞くつもりらしい。
にやりと笑う財前。ゴクリと息を呑む私とヤト。
一体彼は何の話を…?
…そう思った瞬間、財前は照れくさそうに頬をポリポリと搔き、こう呟いた。
「……実は、あんたに紹介したい男がいるんだ。花丸耕太っていうんだけどよォ……」
……………。
ズコーーーッ!!
私とヤトは盛大にズッコケた。話ってそれかい!
瓜生も呆れたように肩を落とし、顔をしかめる。
「……誰?」
「凪と戦った時にいた医者だよ。半人前の」
瓜生は一瞬考えた後、ハッと顔を上げる。どうやらうっすら思い出したらしい。だが、瓜生は鼻で笑うと、きっぱりこう言い放った。
「悪いけど、全く興味ない」
「そう言わずによ。一度食事でもどうだ。あいつの性格の良さは、俺が保証する」
薙刀を振るい上げる瓜生。
「興味ないって言ってるでしょ!」
雷閃刀で受け止める財前。
「マジでいい奴なんだって!」
いつになく必死の財前。それを見て、不覚にも私は心の中でこう思った。
──あなたがいい人ですよ、財前さん…。
ヤトも同じことを思ったのか、苦笑いを浮かべている。
「それによォ、あんたずっと逃げ回ってんだろ?もうこんな生活やめにしねえか。辛えだろ。SPTに捕まるのが怖えならよ、うちに来ればいい。匿ってやるからよ」
財前が穏やかに伝えるが、瓜生は豪快に薙刀を財前目がけて振り下ろす。
「ごちゃごちゃうるさい!」
「おわっ!」
「大体、そいつはSPTにいるんでしょ!私はSPTを裏切った。何をどう考えたらそんな発想になんのよ!」
珍しく言葉を荒げる瓜生。苛立っているせいか薙刀の動きが荒い。一方の財前は、それをひらり、ひらりと受け流すだけ。どうやら自分から攻めるつもりはないらしい。
「仕方ねえ。こうなったら、俺が掴んだとっておきのネタを教えてやる」
その言葉に、私とヤトは顔を見合わせる。
「とっておきの…」
「ネタ…?」
財前は感傷を帯びた笑みを浮かべ、ゆっくりと語り出した。
「…高校の時、あいつの初恋の相手がいじめられてて、その子はよく弁当を隠されていた。心配になった耕太は、隠されてもちゃんと飯が食えるように、毎日その子の分まで余分に弁当を作って、一緒に食った。周りに冷やかされても、ずーっとな」
すると、次の瞬間、瓜生の手がふっと止まった。
「そんでもって、卒業式の日に意を決して告白したんだが、こっぴどく振られたらしい。理由は…」
「…理由は?」
「弁当がまずかったから。その子にしてみりゃ、ありがた迷惑だったみてえだな」
財前の言葉が落ちた瞬間、私たちは一瞬押し黙る。数秒後、ヤトがバサッと羽を広げた。
「なんだよ、そいつ!花丸は心配して毎日お弁当作ってたのに!」
私も頷く。そんな振り方、酷すぎる。あの優しい花丸なら、絶対に傷付いたはずだ。胸の奥に沸々と怒りが湧く中、不意に視線を向けた先で、驚いた。
瓜生が僅かに目を伏せていたのだ。財前の話、そしてこのヤトの言葉に、少なからず心が揺れている──?
「そんな奴、こっちから願い下げだい!花丸もビシッと言ってやるべきだ!」
私の横で思いきり感情移入したヤトの怒声が飛ぶ。いつになくプリプリのヤトを見ながら、財前は口元を緩めた。
「…話はここからだぜ、カラスの小僧。こんなフラれ方したら、流石にどんな優男でもキレると思うだろ?でもよォ、耕太はこう言ったんだ。『好きになれて幸せでした。ありがとう』ってな」
瓜生の瞳が、一瞬硬さを失った。
私も、ヤトも、財前の言葉に思わず息を呑む。
花丸さん…お人好しとは思っていたけど、お人好しなんてレベルじゃない。天使だ。
すると、すぐ横でバサッと羽音が聞こえた。ヤトが両翼で目を覆い、小刻みに震えている。どうやら、もらい泣きをしているらしい。
「ううう…俺、花丸のこと、もっと好きになっちゃいそう」
「へっ。わかってるじゃねえの。なかなか健気だろ?なあ、姉ちゃんよォ…」
ふと瓜生を見ると、彼女の表情が一瞬揺らいだ。その小さな揺らぎを、財前は見逃さず、静かに言葉を投げた。
「ようやく少し見せやがったな」
「……は?」
「本音だよ。あんたは今、耕太のことを『バカみたいなお人好し』と思った。そうだろ?」
瓜生はうんざりした顔でため息をつく。だが、財前は確信めいた笑みを浮かべていた。
「俺はよォ…極道だからってのもあるが、今まで色んな人間を見てきた。それこそ『闇堕ち』した奴も腐るほどな。だからわかる」
財前は瓜生に向き直る。その表情はいつになく、とても柔らかかった。
「あんたは、そこまで堕ちちゃいねえ。随分気張ってるけどよ、ほんとはこの状況辛えんじゃねえのかよ」
「…さっきから何?知ったようなこと、言わないでくれる?」
瓜生はそう言うと、財前を冷たく睨みつけた。だが、財前は不敵に笑う。
「言っとくが、これを最初に言い出したのは、俺じゃねえ」
瓜生は小さく首を傾げる。財前は胸を張り、言葉を続けた。まるで花丸の優しさを誇るようなそんな眼差しで。
「耕太だよ。あいつは、あんたの本音に気付いた。だから惚れた。強情なあんたに必要なのは、耕太みてえなちょっと勘の鋭い、お人好しなんだよ」