財前の言葉を受け、瓜生は暫く黙り込んだ。だが次の瞬間、財前を鋭く睨みつけると、彼女の右手から灰色の
…あれは!
私は反射的に駆け出し、財前を思いきり突き飛ばす。
「おわ!」
倒れ込む財前を横目に、私は雷閃刀を素早く構えた。それとほぼ同時に、瓜生が薙刀を振り下ろす。
「茶番はここまで。私は、とっくに覚悟を決めてるの」
私は後退しつつ間合いを図るが、隙がない。どうにかして飛石を奪わなければ…。
焦り始めた時、ヤトがふわりと宙を舞った。その眼差しは真っ直ぐ私に注がれている。まるで「気付いて」とでも言いたげに。
ヤトの意図を察した私は、小さく頷くと雷閃刀を横一閃に振る。
「ていや!」
瓜生はそれを軽やかにかわし、薙刀を上段に構えた。陰の気が薙刀を
私は踏み込み、勢いそのままに瓜生の足元へスライディングする。
──
闇夜を照らす 八咫の炎よ
我が魂の導きに従い
盟友なる者に力を宿せ
正しき意志で 刃を導け
──
次の瞬間、私の左手首にあるヤトのブレスレットが脈打つように輝く。それに呼応するかのように、全身が金色の光を放ち始めた。
ヤトの力とソルブラッドの力。
二つの力が宿った雷閃刀を、私は下段から思いきり振り上げた。
威力を増した稲妻は、雷鳴の如き轟音を伴いながら一直線に
勝負ありだ。
私は肩で息をしながら、瓜生を見据える。
「ひ…飛石を…渡してください。瓜生さん…!」
声を絞り出して一歩踏み出した、その時…。
ザッ──。
突如、殺気が走る。
瓜生が陰の気を一気に放出したのだ。
視界は灰色に染まり、突風が襲い掛かる。
「わ…!」
視界が曇る中、私はどうにか目を凝らす。
だが、視界に飛び込んで来たのは闇の中へ走り去る瓜生の姿だった。
「待て!」
すかさずヤトが羽の刃を放つ。だが、連続詠唱の疲れか、刃は勢いを失い地面にふわりと落ちた。瓜生が走り去った闇を見ながら、私はがくりと膝をつく。
──飛石を手に入れるチャンスだったのに。
どうして私はいつもこう役に立たないのだろう。悔しさが込み上げてうなだれていると、ポンっと肩に温かな手が触れた。
「…凪、そんな落ち込むなって」
顔を上げると、財前がいつもの調子で笑っていた。
彼は小さな木箱を私の前に差し出し、パカッと開けた。中には黒光りの石とコンパスのような器具が収まっている。
…これは…!
「…飛石だ!ど…どうして!?」
ヤトの問いに、財前はあっけらかんと笑った。
「さっきスッた。こいつが必要なんだろ?」
私は涙目のまま、財前を改めて見上げた。気付くと、私は彼の胸元に飛び込んでいた。
「おわ!」
「財前さん…!ありがとうっ!!」
続けざまに、ヤトも「ぼふっ」と音を立てて突撃してくる。
「凄いよ!見直しちゃった!」
両側から抱きつかれ、財前は一瞬戸惑いの表情を浮かべたものの、私たちの頭をポンポンと撫でる。
飛石が手に入った。
あとは焔と合流するだけ。
過去──聖所に行けば、磁場エネルギーを破壊できる。
胸を撫で下ろした、まさにその時──。
──カン。
何の前触れもなく、乾いた音が響く。上を見ると、錆びた螺旋階段に老人が佇んでいた。松葉杖をつき、長髪の銀髪を携えて。
だが、老人は何も言わずに踵を返し、螺旋階段の奥へ姿を消す。
あの人は…。
「…何者だ?あの銀髪ジジイ。人狼族か?」
私は財前に向き直り、静かに告げた。
「あの人…万丈です」
その名が出た途端、財前の顔が険しくなる。
万丈──。
焔の故郷をミレニアに売った裏切り者。今はミレニアの参謀だ。そして、桂木芙蓉がこの刑務所内のどこにいるか、その居場所を知るであろう重要人物でもある。
「ノコノコ姿を現すとはな。行くぞ」
財前の声に心臓が
今、あの男を捕えれば、戦況も有利になる。だが…。
「凪、天宮を待とう」
ヤトが静かに言う。その言葉に財前は眉をひそめた。
「なんだよ。追った方がいいに決まってんだろ」
「万丈はきっと俺たちを誘ってるんだ。何かある。天宮を待って、指示を仰ごう」
私は押し黙る。ヤトの言葉はもっともだ。
だけど…。
少し考えた後で、私はゆっくりとヤトに向き直った。
「ヤト。万丈ならきっと、桂木芙蓉の居場所も知ってるよ」
私は背後を振り返る。天宮も上木も、花丸の姿も見えない。三人が私たちに追いつくまで、まだ時間がかかるだろう。
「天宮さんが来るのを待ってたら、逃げられるかもしれない。万丈を逃したら、桂木芙蓉も見つけられないかもしれないよ」
ヤトは黙り込んだ。財前も少し考え、私とヤトを交互に見据える。
「同感だな。万丈とやら、松葉杖をついている時点で武闘派じゃねえ。どう考えても俺たちが有利。追わねえ手はねえだろ」
私たちの意見を受け、ヤトは小さく肩を落とした。そして天井を仰いで短く鳴く。その声に応じて、一羽のカラスが空間に舞い込んだ。
「友達のカラスだよ。凪、紙ある?今の状況を書いて、天宮に届けてもらおう」
私は頷き、SPTのメモ帳を一枚破ると手早く現状を書き留め、カラスの嘴に挟ませた。カラスは一度頭を垂れてから、ひらりと羽ばたき、来た道へと消えて行った。
それから、私たちは静かに螺旋階段を登り始めた。この先に、残酷な光景が待ち受けているとも知らずに。