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22話 夏祭り2

「もうそろそろ花火上がるかな?」


「確かにもうそろそろ上がりそうだね。暗くなってきたし」


明るかった空は、もう暗くなっていた。

歩きすぎてもう足がくたくたである。


「花火見れる場所探さないとね」


「そうだね。どこか良い場所あるかなぁ」


「あそことか良さそうじゃない?」


俺が指差した先は、少し遠くにある海岸だ。


見る感じ、人も大して多くなさそうだ。


「確かに、人少ないね」


「それじゃ、行こっか」


「でもできればちょっと待ってほしいかも」


そう言って美咲さんはしゃがみ、草履を脱いでは履いて脱いでは履いてを繰り返している。


「どうしたの...って血出てるじゃん!」


美咲さんの指の間からは血が出ていた。


「ごめんね。草履履きなれてないから靴擦れしちゃって...でも大丈夫後ちょっとすれば治ると思うから」


「大丈夫じゃないよ。どうする?やっぱ花火ここらへんで見ようか?」


「うーーん。でもやっぱあっちで見たいかな。人少なそうだし。本当に私は大丈夫だから多分すぐ治るよ」


「うーーん。あっそうだ」


俺はあることを思いつき、早速実行に移す。


「ど、どうしたの?」


「俺が美咲のこと背負ってくよ」


「えっ、でも悪いよ。その...私重たいし」


「大丈夫大丈夫。見た感じ美咲軽そうだし」


「いやでも本当に悪いよ。きっとすぐ治るから」


「大丈夫だから。ほら乗って乗って」


「う~~ん。そこまでいうなら...失礼します」


背中と腕に美咲さんの体重を感じる。

俺はかなり頑張って立ち上がる。


「ごめん。やっぱ私重たいよね」


「いやいや全然。むしろ軽い位だよ」


そう言いながらも、俺の腕は限界に近づいていた。


多分美咲さんの体重は軽いほうだろう。

見た感じだから正確な所は言えないが、多分軽いほうだと思う。


だが、俺の身体が貧弱すぎたのだ。

まぁ運動をしてきてないので当然と言えば当然なのだが。


だが、一度言ってしまったので、ここでやっぱ降りてくださいもダサい。

俺は火事場の馬鹿力で一歩一歩確実に進んで行く。


「あのー健吾君」


「大丈夫だよ。全然重くないから」


「そうじゃないんだけど。うーん。あのね」


美咲さんが言いにくそうに小さく言う。


「ちょっと恥ずかしいかも」


「恥ずかしい?」


「うん。なんか周りの人に見られてるような気がして」


歩くのに必死すぎて気付いてなかったが、確かに人混みは少ないものの、周りを見渡してみるとちょくちょく周りの人たちの視線を感じるような気がする。


「確かに視線感じるね」


「そうなの」


「つまり...美咲の言いたいこと分かったよ」


「えっ」


俺は最後の力を振り絞って走り出す。


「走れってことでしょ?」


「ちがうよーーーー」


後ろから美咲さんの叫ぶ声が聞こえた気がしたが、それは俺の耳にまで届かなかった。


===


「ハァ...ハァ...ハァ...もう動けない...腕も足もパンパンだ...」


「無理して走るからそうなるんだよ?」


「ここまで走れたってことはギリギリ無理じゃなかったってことだ」


「そういうのを無理っていうんだよ」


美咲さんはふふっと笑う。


「でも健吾君のおかげで良い所来れた。ありがとね」


「こちらこそ一緒に来てくれてありがと」


「ふふっ、それ言うなら誘った私の方でしょ」


【まもなく、花火が上がります】


会場のアナウンスがここまで聞こえてくる。


「俺、家族以外の人と一緒に花火見るなんて初めてだよ」


「奇遇だね。私も初めて」


「初めて同士だね」


「ふふっ、そうだね」


俺たちの手は、繋がれていた。

座っている石の冷たい温度を感じる。


ざぁざぁと波の音が耳に心地良い。


「ねぇ美咲さん話があるんだけど...」


その瞬間、ひゅ~と音を立てながら花火が上がる。

そしてそれはちょっと後に鮮やかな色となって大きく散らばる。


ちょっとしたらドカンッと大きな音が耳に突き抜けた。


「どうしたの?健吾君」


「いや、何でもないや。花火、キレイだね」


「そうだね。私ここ最近はずっと家から見てたから余計にキレイ見えるよ」


「俺も一緒だよ。やっぱ違うね。近くで見るよ」


「うん。それに...」


「それに」


バンッと大きな音が響く。

この迫力のある音も、家じゃ聞けない。


隣を見ると美咲さんは体育座りをしていて、膝に顔を埋めている。


バンッと響いて花火の光で美咲さんの横顔が照らされる。

美咲さんの耳は少し赤い。


「健吾君と一緒に見れるから...もっと楽しい...」


「ありがと」


そう言われ、思わず顔が赤くなる。


「健吾君は?」


膝に埋めていた顔がこちらに向く。


「え?」


「だ~か~ら、健吾君は私と来て楽しい?」


バンッとピンクの花火が散る。


「うん...楽しいよ。超楽しい」


「ふふっ、なら良かった」


美咲さんの小さく笑った顔は、大きく響いた花火によって大きく照らされた。


===


「花火キレイだったね」


「超きれいだった。これまで見たことないぐらい」


「ふふっ、同感だね。私もだよ」


美咲さんは笑うが、俺にその表情は見えない。


「ごめんね。帰りもおんぶしてもらっちゃって」


「しょうがないよ怪我したんだし」


「やっぱ履きなれないもの履いてきちゃだめだね」


「でも似合ってたよ。凄く」


「ふふっ、なら怪我したかいもあったかも」


「まぁ怪我はして欲しくないけどね」


「確かにその通りかも」


「「ふふっ、ははは」」


美咲さんが笑う振動を感じながら、俺も笑う。


「今日は誘ってくれてありがとね。健吾君が来てくれなかったら私こんな楽しい思い出来なかったよ」


「それはこっちもだよ。美咲さんが誘ってくれなかったら俺が誘おうと思ってたぐらいだし」


「ほんと!?なら良かったぁ」


美咲さんの笑い声を聞くと、腕の疲れも無くなってくる感じがする。

まぁ実際は疲れで感覚が無くなっているだけなのだろうが。


「ねぇちょっと止まってもらってもいい?」


「うんいいけど。どうしたの?」


俺は美咲さんに言われた通りに足を止める。


「目、瞑って欲しいな」


「わ、分かった」


俺は言われた通りに目を瞑る。

一体、俺はこれから何をされるのだろうか。


背中の美咲さんが動く気配を感じる。


「ほんとに目瞑ってるよね?」


「瞑ってるよ」


「ほんとのほんとに?」


「ほんとのほんとだよ」


「目瞑ってなかったら針千本飲ますからね」


肩に重みを感じて、美咲さんが身を乗り出している事が分かる。


その瞬間、俺の頬に柔らかい何かが触れた。


「えっ」


思わず目を開けそうになる。


「絶対に目開けないで」


そう耳元で言われ、慌てて目をきゅっと瞑る。


少しすると、後ろから声がした。


「もう目開けていいよ」


俺はゆっくりと目を開ける。

景色は変わっていない。夜の町中だ。


周りに人は居ない。


俺はゆっくりと振り向こうとする。


「やめて、絶対にこっち見ないで」


慌てて前を向く。


俺の心臓はドクドクしっぱなしだ。

あの柔らかい感触、触ったことは無いが間違いない。


頬にキスされたのだ。俺。


そう考えると急に顔が熱くなる。


「もう歩いていいよ」


「あ、分かった」


そう言われ、俺は小さく歩き出す。


俺と美咲さんの間に会話はない。

だが、俺は思い切って聞いてみる。


「美咲さん、さっきのって」


「さっきのって...?」


「あの止まってって言った時、もしかして...」


「あー!あれね!あれわね...そう!健吾君の頬っぺたに蚊が止まってたから払ったの!」


美咲さんは声が上擦りながらも早口で言う。


「なるほどね。ありがと」


「こちらこそ」


そうは言ったものの、確実にあれは蚊を払ったという感じではない。

俺は美咲さんの嘘は見抜けない。

だが、さっきのが嘘だというのは分かる。


あれが伊達にいう照れ隠しというものなのだろうか。俺には分からない。


「着いたよ」


「あれ、もう?ありがとね健吾君。ここまでおんぶしてくれて」


「いやいや、大したことないよ」


美咲さんを下ろすと、どっと腕に感覚が戻る。

美咲さんは足を気にしながら家に戻っていく。俺は手を振りながら見送っていた。


そして玄関のドアを開ける寸前、声をかけられた。


「健吾くーん!」


「どうしたの?」


「あのね...あのね...」


美咲さんは手をもじもじさせ、顔を赤くさせる。


「私、初めてだから!」


「えっ」


「じゃあ!またね!」


そう言って美咲さんはとてつもない速さでドアを開け、家の中に入っていく。


「初めてって...」


===


帰路に就きながら、俺の頭は美咲さんがさっき言った初めてという言葉と、さっきの頬の感触の二つが脳のほとんどを支配していた。


俺は半ば無意識で家の前に着き、ドアを開ける。


「おかえりー。兄ちゃん遅かったね」


「ああ、そうか?」


明衣の言葉を聞きながらも、まだ脳はさっきの事でいっぱいいっぱいだ。


明衣が階段から降りてくる。


「兄ちゃんよ!驚いて私を崇め奉るがよい!...ってあれ!?兄ちゃんその頬っぺたのやつどうしたの!?」


「頬っぺたのやつって、一体俺の頬がどうしたというんだ」


「どうしたもなにも、兄ちゃん何か思い当たる節ないの?」


思い当たる節も何も、頬に思い当たる節...ある!滅茶苦茶ある!ていうか俺の脳のリソースほぼそれで支配されてる。


俺はダッシュで洗面台にへと向かう。


急いで電気をつけ、鏡の前に立つ。


自分の右頬を確認すると、小さく、だが赤く唇の後が残っていた。

収まりそうになっていた心臓が再度バクバクと勢いよく動き出す。


どうすればいいか分からず、俺はスマホを取り出すと、頬の写真を撮った。

俺の後に続いて妹も洗面所に来る。


「兄ちゃん...もしかして彼女出来たの...?」


「いや、出来てない」


「彼女じゃないのにどうやってそれ出来るのさ」


「分からない...」


「俺の頭はもうパンク寸前だった」


つまり、いや確実に美咲さんは俺のことが好きだと再度確認する。

頬に残っているこれが確実な証拠だ。


告白しよう。俺はそう決心した。


「兄ちゃん...冷凍庫のアイス二つの内一つ私のだったけど二つともあげるね」

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